里の中心で愛を叫ぶ



里の中心で愛を叫ぶ

コウ様



9.わたしだけに聴かせて



10月10日 火影就任式





此の日より、木の葉隠れの里に於いて暦上の名称は正式に替わることになった。
追悼の日から、終戦記念日へ。
そして、今を生きる『里の英雄』がこの地の長へと就任する日とも定められていた。



長きにわたる歴史が、塗り替えられた日。



彼の者の演説は、それはそれは予測通りのものであったという。
彼らしい、という意味で。



手元の巻物を握りしめる。
おそらく有能な補佐官による校正を経て、何度も赤ペンチェックを被ったのだろう。
清書する暇も無かったのか、それとも握り締めるほど何度も練習を重ねたのか。

広げてもなお皺の寄る巻物を両手で持ち、音声拡張器へ声を発する。
思いを発する。

これまでの人生で抱えて来た、積み重ねてきた夢を。
小さくて大きな、幸せや未来を。

たどたどしく、「えーっと…」などという間を挟むことも多々あったが。
それでも、心から思う大切なものを確かに感じ取る事が出来た。


彼は、新しい火影は、まっすぐ民を見渡していた。
そしてただの一度も、手元へと目を落とすことは無かった。





***





群衆ががやがやと同じ方向へと向かっていく。



サクラは、先程までその中のひとりだった。
だが今は、人の流れに逆らうように真っ直ぐ火影塔、正確には後方にそびえる岩山へと向かっている。



今朝、自室の窓を叩く者があった。


『あら、おはよう。誕生日おめでとう』
『へへっ、最初のオメデトがサクラちゃんでよかった!』


勿論ナルトだ。
正直、昨日の今日でぎょっとしたのは言うまでもない。


『…なに、どうしたの?』
『スピーチが終わったらさ、ちょっと時間くれってばよ』

『…なによ、だってあんた忙しいでしょ』
『でも、オレは待ってる』


そうして、小さな紙切れを押し付けられる。


『じゃあ、後でな!』


護衛の者に急かされていたのだろう、笑顔こそ自然で余裕すら感じられるが、立ち去るのは実に機敏だった。
時間が押しているのに、無理を言って立ち寄ったに違いない。

まったく…、苦笑しながら、手の中の小さな手紙を広げた。
それを目で追った途端、サクラの表情に緊張が走る。


―――サクラちゃんに会いたい
―――伝えたいことがある
―――火影岩の前で待つ


手紙から顔を上げた瞬間、それは炎に包まれて塵となった。
驚き、サクラは暫くその場に固まる。

初めて受け取った恋文だったのに、跡形もなく消えてしまった。
まるで、証拠を残さないかのように。

選択をサクラに委ねているという事を、示しているかのようでもあった。






***






居るわけない。



だって、アイツはもう、火影様だ。
誰もが手の届かないと思っていた場所まで、夢を叶えて昇っていったんだ。

わたしは…。

サクラは一歩一歩踏みしめるように、階段を上る。
まるで最初から期待などしていないかのように、言い聞かせながら。

妙に義理堅い奴だから、という懸念もあった。

職場や家まで来られても困る。
きっと暗部まで引き連れてきて、ちょっとした騒ぎになってしまうだろう。
そんなのは御免だ。
だから、一応行ってやるだけだ。


里長たちの顔岩が眼前に広がる。


近くでみるとあまり把握は出来ないが、これは四代目のものだ。
精悍なその顔立ちを、戦争に於いて一度だけ見た。

似てきたと思う。

サクラは最後の踊り場から手すりに捕まりながら、階段をゆっくりと登っていった。




「セーフ!サクラちゃんよりも先に着いていてよかったってばよ…!」




昇り切ったところでは、白い羽織がはためいていた。
笑って、額の汗を袖で拭う。

その子供のような笑顔に、サクラは言いようもなく胸がつまる。
何で居るの…、呆けたように呟きながらも、ちゃんと温かさを感じる。


「…ねえ」


だから先に口を開いた。
この胸の内を外へと吐き出して、少しでも軽くしたい。

それに、彼が息を整えるまでに、もう少し時間が掛かるかと思ったからでもある。
今日の空のような、蒼い色の瞳が此方へと向いた。


「…あんたが、子供の頃から見てた夢と願い事を聴かせて」


ナルトは意外そうに目を丸くした。
構わずにサクラは、もう一度言う。


「…サクラちゃん?」
「もう一度、わたしだけに、聴かせて」


意図を察したのか、彼は口を引き結んだ。
顔が真剣なものになる。


「……オレは、ずっと…認められたかった。振り向いて欲しかったんだ、皆に」


声を発さずに相槌を打つ。
彼は途端に笑顔になった。


「だからずっと、火影になるって決めてた。なりたくてがむしゃらに突っ走っていたら、皆が支えてくれていた。
 だから今度は、里を、里の皆を護るために火影になりたいって…。そう、思えたんだ」


サクラは目元を緩めて、力強く頷く。


「…おめでとう…!誕生日も、火影就任も!」


気付けば目頭が熱くなり、視界はぼやけていた。
鼻を啜って、涙を腕でごしごしと拭う。

ずっと傍で見守ってきたのだ。
守られていたのは、自分の方だったのに。
泣くつもりなんてなかったのに。


「ありがとう…」


気付けば彼は、目の前に立っていた。
サクラは、たった今の涙の痕が残っているであろう頬を引き結び、笑顔で見上げる。
随分、背の高さに差がついてしまったものだ、しみじみと思う。


「サクラちゃんが居てくれたおかげだってばよ!」


不意に両手を取られ、そっと握ってくる。
満面の笑みを惜しげなく向けてくる人物は、数時間前に里の民衆の前で決意表明をしていたとはとても思えない。

しかしその笑顔の奥の本質は同じだ、サクラはそう思える。
彼は、いつだって、大切なものや人のために戦う。
失う事は絶対にさせずに、護り抜く人だ。


「サクラちゃん。あともう一つ、聴いて欲しい事がある」


ナルトがおもむろに口を開く。
覗き込まれて、知らず首を竦める。


「な、なによ…」


一度口元を緩ませてから、彼は小さく息を吸った。
サクラは彼から目を逸らさないよう、肩を張り背筋を伸ばした。
喩え、その顔が赤くても決して目を逸らさないように。


「オレ……」
「……うん」


いつになく真剣な彼の表情に、こっちまで赤くなってくる。
だが今はどうでもいいことだ。


「オレさ…」
「…何なのよ…っ?言いたい事あるなら、ちゃんとキメなさいよ…っ」


思わず焦れるふうを装ってしまう。
その先を急かしてしまう。

判っている、昨日の今日だ。
ナルトが何を言おうとしているのか、サクラには十分伝わっている。


「……ははっ。オレってば、人生一大決意表明さえ、ダメ出しされてら…」
「決意…って…」


まるで火影になった時みたいだとも思う。
それと同じく「人生一大」として並べてくれている事に、また胸がいっぱいになった。


「サクラちゃん、前に、1人で生きていくっていったよな。あれって、今も同じ!?」
「――――はぁ?何で質問になってんの」


「もう、誰の事も好きになんないって、出家した尼さんみたいになるって、今でも思ってるのか?」
「……何なのよ、尼さんって…バカ?」


大袈裟に肩を落として見せ、あからさまに溜息を吐く。
こうでもしないと、その蒼い目から逃れられそうにないからだ。


「……答えて、サクラちゃん…」
「………」


静かに、ナルトが投げ掛ける。

自分はいつでも、彼の想いに甘えて来たのだろう。
彼が自分を見つめてくれていると自惚れていたのは、いつからか。


今度は一緒に隣に立って。
お互いを見つめなければならない。

そのためには。

わたしの、本当の想いを。
伝えなければいけない。


「――――私が」


傍に居たいと思った人へ。


「誰の事も好きにならないって言ったのは……あんたに向けて言ったのよ」


恋文ならば、もう少しマシな内容を綴れたのだろうか。
なんとも可愛げのない台詞に、膝を抱えたくなる。


「――――え?」
「もう…っ!ついでにぶっちゃけるけど、私好きな男なら居るわよ」


でも、それでも、伝えたい。
どんなに情けなくても、在りのままを綴りたい。


「――――えぇ!?」


見るからに情けなく力の抜けていくナルトに、思わず苦笑する。
同時に心の何処かで酷く安堵する。
情けないことだが、まだ彼の中に自分の居場所があったことが単純に嬉しかった。


「ど、どんなやつ!?」


切羽詰まったように訊いてくるのには、緩みきった頬で笑い掛ける事しか出来ない。
こんなことで喜んでいる、ああ私ったらかっこ悪い。


「……すっごく」
「すっごく…?」






「ばか」



「……え?」





目も口も開き、ぽかんとしたまま固まるナルトを他所に、サクラは口早に捲し立てる。


「ばかで、考えなしで突っ走って、かっこ悪くて…」


何だその男、全然いい評価が無いじゃないか。
ナルトの顔には、そう書いてあるようだった。
サクラは構わずに続ける。


「皆に好かれていて、皆の為に1人で重荷を全部抱えていて、でも全然平気で笑っていて…」


何か言われる前に、言い切ってしまいたい。
この想いを。
次第にサクラ自身も、何を言ってるのかわからなくなってきていた。


「本当は寂しいのに隠すのヘッタクソで、いっつも笑ってて、バカで、ストレートで…」
「あ、あの〜、サクラちゃん…?」

「最初は!なにコイツ、バカなの?つきまとってうるさいし、って思ってたのに、こんなはずじゃなかったのに…」
「………」

「いつの間にか、すっごくカッコよくなってて、おまけに英雄とか呼ばれちゃってて」


手を取られて、引き寄せられる。
それでもこの告白だけは、聴いて貰いたかった。


「もう私なんか、手が届かないくらい――――最高の男よ…っ」


言い切ると同時に、抱きしめられた。
彼の首や肩越しの視界に、白い羽織の長い裾がはためくのが見える。
サクラはまた泣きそうになった。


「………なぁ」
「………なによっ」

「ホントにそう思うの?」
「……なにがよっ」


耳元に響く低い声に、男になったなぁと場違いながらも感慨深く思う。
サクラの子供っぽい反応は、羞恥を隠すため最早自棄だ。

一呼吸置いて囁かれた低い声に、全身が固まった。



「手が届かないのは、オレの方かと思ってた」
「―――――っ」




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