里の中心で愛を叫ぶ
コウ様
10.一緒に生きてくれ
「サクラちゃん」
「……なに」
「サクラちゃん、オレ、今度はちゃんと言うから聴いて」
―――さっきも言ったじゃない。聴いてやるから、さっさと言いなさいよ。
そう返すのが、いつものサクラだ。
だがそれも叶わぬまま、ナルトはスッと離れて背を向ける。
そのまま眼下に広がる里を見渡せるように、数歩進んだ。
一度だけ、サクラの方へと振り向く。
その微笑みが、彼の瞳が、立ち姿が。
彼の視線が、彼の見る視界が、総て吸い込まれるほど魅力的だった。
再び里へと向き直る。
これから常に見守っていく、大事なふるさとを一望して。
ナルトは大きく息を吸った。
「――春野サクラぁっ!」
思いもよらぬ大声に、サクラは驚き全身を緊張させた。
突然の事に、彼の背を凝視する。
「だいすきだぁっ!!」
羽織の背にある『火影』の文字へと焦点を合わせる。
決して消えない彼の想いを、しっかりと目に焼き付けようとした。
その途端。
視界がぼやけて、はらり、と熱いものが流れた。
「一生大事にするから!!」
「オレ…!幸せにするから…!!」
「オレと…!」
どれもが、嘘偽りの無い言葉で、真っ直ぐに響き渡る。
胸が熱くなってくる。
ナルトは、この上なく真剣な表情で振り向いた。
かつてないほどに必死である様子が、訳も無く愛しいと感じる。
この人に、ずっと見守られてきたのだ、本当に。
「……オレと一緒に生きてくれ」
いいの?わたしでいいの?
心を震わせる、そんな表現しか見当たらない。
人生において、幸せだと思う時がある。
美味しいものを食べた時だとか、欲しかったものを買えた時。
友人と喋っているとき、仕事で評価された時。
だが、それらのどれとも違う。
サクラは、足場の際に立つ人の元へと、ゆっくり歩み寄る。
そして…。
ベシンっ!
「ばかっ!ほっんとばかっ!こんな大声で、恥ずかしいじゃない…!」
「え、えぇ〜?」
予想だにしていなかった事に、はたかれた頭を押さえながらナルトは目を丸くする。
だが、睨みつけてくるサクラの表情に、頬を緩ませにかっと笑った。
「…あんたみたいな、ばかでカッコ悪い男」
もうこの際、どうでもいい。
真っ赤でぐしゃぐしゃに歪ませて泣きじゃっている顔だろうが、どうでもいい。
これまでだってあんたは、いつも淋しさを隠して。
暗く重い孤独を隠して、どんな時でも笑ってきたんでしょ。
「私が、幸せにしてやるわ…っ」
怒鳴りつけて、再び肩を震わせて泣いた。
ナルトは口元を引き伸ばし、目尻を下げて笑う。
黙って腕を差し出せば、迷わずサクラは飛び込んできた。
後ろの崖に落ちないように、崩れたバランスを保つために一回転して腕の中へ収める。
隙間などあってはならないと、きつく抱きしめた。
「あんたの、これからの夢も私が叶えてあげる…!」
思ったよりも広い背中に手を廻すと、羽織をぎゅっと握りしめた。
「先に死んだら許さないんだから…っ」
「な、なんだよそれ〜…」
「私を独りにする気!?」
「……しねぇよ」
情けない声色から一呼吸置いて、ナルトはやや掠れた低い声で応える。
「しねぇよ、絶対。サクラちゃんを置いてなんか逝けねぇよ」
もう一度、今度はしっかりと地を踏むように淀みなく応えた。
―――孤独はもう、たくさんだ。
そんな想いが、ひしひしと伝わってくる。
覗き込まれ真摯な眼差しを向けられて、サクラは唇をへの字にした。
「―――わかれば、よろしい」
ぶっきらぼうに答える。
途端に破顔させたナルトは、突拍子もない質問を寄こしたのだった。
「んじゃ、サクラちゃん。つまりオレと付き合ってくれるってことで、いいの?」
「え…!?」
サクラは固まった。
話の流れもぴたりと止まる。
何だこの男は、どこまで察しが悪いのだ。
「―――ば、ばかねっ!ちゃんと私の言った事聴いてなかったの!?」
「サクラちゃんが幸せにしてくれるってのは、聴いてた。でもそれはオレだって一緒なんだってばよ」
「……だからっ」
―――プロポーズをしてくれた。
そう勘違いしたのは、わたしだけだったのか。
「サクラちゃん」目の前の人物が再び蒼い目を細める。
唇を引き伸ばして、薄く開いた。
「好きだ」
この男と己の想いが交錯していたのは、紛れもない事実。
例えそれが、随分時間を置いてから自覚したのだとしても。
「オレの傍に居てくれ、ずっと。大切にする…、絶対に泣かせないから――」
皆まで終わらぬ内に、サクラは自ら抱き付いていた。
バランスを崩しながらも、笑って受け止めてくれる。
そんなナルトに、いつからか惹かれていたのだ。
「……うん、……うんっ!」
大きく頷き何度目かの涙を堪えるサクラを、しっかりと抱きしめる。
「―――大好き、ナルト。私も、あんただけなの…っ」
ずっと私だけを見ていてくれて、ありがとう。
あんたが居て、よかった。
心からそう思える。
正直に言える。
けれども、今少し恥ずかしさから抜けられない己は、小さく囁く事しか出来ない。
「……離さないでいてくれる?」
「離すもんかってばよ」
もっと早く素直になれたらよかった。
サクラの胸に、小さな後悔がよぎる。
それでも、それさえも払拭させられるようだ。
しっかりと包み込んでくれる力は、酷く安堵する。
ナルトが、ねぇ、と紡ぎ出す。
「…オレ、もっといい男になるから」
耳元で、まるで秘密を囁くかのように言われて、サクラは思わず吹き出した。
これではムードも何もない。
だが不思議と胸が温かくなる。
「別にいいわよ、期待してないし」
「え、えぇ〜?」
「それ以上いい男にならなくてもよろしいって言ってんのよ!」
キョトンと呆けるナルトの様子から、早口でわからなかったのだろうと推察する。
だが、もう二度と言ってやるつもりは無い。
サクラはわざと身体を離そうとした。
だが、それは許されない。
「へへ〜。あ、でも、泣きたい時はちゃんと泣けよ?」
「…泣かせないんじゃなかったの?」
「その何倍も、笑わせるから」
せっかく離れかけたのに。
表情を隠す為に、記憶よりもずっと広い胸に勢いよく顔を埋めた。
「えっ、サクラちゃん!?」
ばか。
早速泣かせるんじゃない。
やがて髪が梳かれ。
耳を撫でるように髪が掛けられ。
サクラはゆっくりと顔を上げる。
そっと頬を包まれて。
瞼を閉じる。
不器用に唇が重ねられた。
いつも前だけを見ている。
未来を信じている、そんな純粋なあんたの隣に立ちたいと思っていた。
あんたの見ている未来を、一緒に目指したかった。
あんたが見ている夢と願い事を、聴かせて。
私も一緒に叶えたい。
あんたと居ると、未来が見える。
霞んで曲がった見えた道も、真っ直ぐに見える。
あんたが居て、よかった。
その隣に居るのが、私でよかった。