里の中心で愛を叫ぶ
コウ様
11.出逢えてよかった
あれから1年後―――――。
火影室には、忙しそうに任務を裁いている里の長の姿があった。
わしわしと金の髪を掻き、時折う〜ん、と悩ましげに首を捻る。
目の前に立つ忍が、机の上の書類を指でトン、と叩いた。
「じゃあ次、これは中忍1人で十分な任務だろ?火影サマよ」
「いや、危ない事はさせねぇってばよ。3人若しくは1人を上忍に変更!」
「…随分潤沢な人材だな。じゃあ、こっちは下忍だけで大丈夫だろ」
「いつも言ってんだろ。コストが掛かっても、下忍は極力学ばせたいんだってばよ。手本となる上官は絶対に必要!両方にもメリットがある!」
「へいへい…」
任務振り分けに於ける、定期的な報告に訪れたシカマルは肩を竦める。
現状が、現火影の基本方針からやや外れてきているとに懸念は抱いていた。
だがやはり、しっかりと修正を要求され思わず苦笑する。
下忍以下の育成、それは未来の里を担う子供たちへ寄せる、信頼の証である。
また、多大な期待を寄せているのだ、という若い意識に対するモチベーションアップにもつながる。
現にこれまで取られていた方法、つまり、実践を通して個々人で差をつけて伸びていくという方針が、少しずつ変えられて芽吹き始めていた。
平等な教育現場。
出来ない者を置いてゆくのではなく、手厚く支持し、全体の実力を底上げするという考え方である。
「おい火影サマ、あと30分でアカデミーの講義だぜ」
後方から、別の男が声を掛けた。
黒髪で妖面を付けた出で立ちの、暗部の者だ。
まるで「メシの時間だけど、どうする?」と聞き違えそうになる対等な物言いである。
「わかってる!…なぁサスケ、代わりに行ってやって来てくれってばよ…」
「誰が行くかよ、このウスラトンカチが」
普段は火影付の護衛であるその男は、フンと顔を逸らせた。
オレは確かに知らせたぞ、と冷たく言い放つ。
そこへ、女性の声が降ってきた。
「そうよ。アンタが決めたんでしょ?子供たちに直に接したいって」
男だらけであったこの火影室、一同動きが止まる。
そこへ空気を入れ替えるように、サクラが入って来たのだ。
「ね?火影サマ」
「サクラちゃん…!」
声を上擦らせて、ナルトは椅子から立ち上がる。
『火影塔へ来る用事のついでにそっちにもよるわ』
数日前に言われた事を思い出して、見る間に慌て始めた。
何か別の用があったのだろう。
こうして訪ねて来てくれるのを、数時間前まで楽しみにしていたのに。
「サクラちゃん、ごめんっ!ちょっと待ってて、すぐ終わるから…」
慌てて資料の積み重なった机上を片付け始める。
シカマルは持参した書類をヒョイと取り上げると、さっさと退室していった。
「後は任せておけよ」と言い残して。
「すぐ終わるはずだった、の間違いだろ」
「うっせえ、サスケ手伝え!」
呆れたように悪態を吐く旧知に対し、ナルトは憎々しげに返す。
彼は涼しい顔で(実際は面のため、確認は出来ないのだが)踵を返した。
「任務がある。時間だから、もう行く」
「行ってらっしゃい、サスケくん」
「おう」
火影室の扉が、静かに閉められた。
ナルトは、ようやくスペースの出来た机から立ち上がる。
「ごめんなぁ。忙しいとこせっかく来てくれたのに、バタバタしてて」
「いいわよ別に、いつものことでしょ。そろそろ手伝ってやろうかなぁって思ってた頃だし」
「でも、大丈夫そうね」と笑うサクラに、情けなく笑い返す。
取りあえず座ってもらおうと、部屋の端の来客用ソファへ促した。
「それに、むしろ私が時間取ってもらってるみたいだし、気にしないで?…あ、ありがと」
給湯器から茶を淹れる背に向かって、サクラは少し申し訳無さそうに言う。
直ぐに湯呑みを2つ手に持ち、ナルトも向かいに座った。
「後輩たちに任せて来ちゃったの。結構、頼りになるのよ?」
「…そっか、よかったな」
嬉しそうに話すサクラに微笑んで、湯呑みに口を付ける。
「アカデミーの方はどう?また先生に間違えられてない?」
「まーな!子供たちはまぁ仕方ないにしても、イルカ先生までわざと一緒になってからかってんだぜ?」
「新任の先生ってやつ?」
「なんで知ってんの!?オレ、かっこわりいと思ってサクラちゃんに言ってなかったのに…っ」
くすくすとサクラが笑う。
「イルカ先生から聞いたわ。講義自体に問題は無いんだけど、見ていて心配になってくるって」
「え…っ!?だからチラチラ廊下から覗き見してたの!?うーわ…最悪」
「生徒じゃなくて、オレの心配かよ…!」そうぼやけば、サクラは益々腹を抱えて笑った。
その様子に、知らず目を細める。
互いに多忙で中々逢えないのが現状だが、それでも顔を合わせれば話に花が咲く。
彼女の笑顔が自分の気力の源となっている事は、今も昔も変わらない。
「今日さ、うち来ない?」
「ん、ありがと。そうするわ」
自然に切り出す事ができ、それを受け止められる。
あれから、丁度一年が過ぎたのだ。
自分たちも周りも、確かにそれだけのものを刻んでいる。
「あ!」
しまった…というように、ナルトが声を上げた。
サクラは首を傾げる。
「―――えっとさ、ゴメン。オレ今日遅くなっちゃうけど、それでもいい…?」
「今日も、でしょ?別にいいわよ、アンタさえよければ」
「…ハイ。スミマセン。なるべく早く終わらせます。でも先にメシ食ってていいから」
「わかった、ありがと」
週に何度かは、ナルトの部屋へと泊まる事がある。
そろそろ冷蔵庫の中の、あまり出番のない食材たちを整理しなければと思っていたのだ。
夕飯は何の野菜料理にしてやろうか、そう考えると自然と笑みが漏れる。
不審そうに覗き込む彼に対して咳払いをすると、話題を変えるように切り出した。
「ねえ、明日って、何の日か知ってる?」
「もっちろん!終戦記念日、だろ?あと、父ちゃんと母ちゃんと里の人達の命日。そしてオレの誕生日」
「うん。それと―――」
まだ続きがあるとでもいう口調に、ナルトは不思議そうに首を傾げる。
サクラは微笑しながら、小さく囁いた。
「ナルトが私に、未来を示して見せてくれた日」
夢は叶えられると、教えてくれた。
毎日はもっと輝き、眩しくなるという事。
彼の全てが、心の琴線に触れたのだ。
「明日になったら、セレモニーや来賓対応や何かで、きっと引っ張りだこでしょ」
「そうなんだってばよ…。実は今日もその最終確認で…。見てよ、予定が分単位でびっちり!」
笑えねぇ…顔を引き攣らせながら、彼は壁の予定表を指差す。
サクラは思わず笑ってしまった。
「私も明日は早朝からバタバタしてると思うの。だから、どうしても落ち着いてる時に、先に言いたくて」
茶を一口含んでから、居住まいを正して向き直った。
「ナルト、ありがとう」
「サクラちゃん…」
素直に感動している事が、容易に読み取れる。
思えば、彼のそんな所にも惹かれたのかも知れない。
急に照れくさくなってきて、ソファから立ち上がる。
「じゃ、私戻るから。アカデミーのちびっ子相手とか、明日の準備とか頑張ってね!」
「さ、サクラちゃん!」
踵を返したその腕を、更に素早い動作で取られた。
突然のことに驚き、サクラは振り返る。
視界には、若干頬を染めながらも、真剣そのものであるナルトの表情があった。
「結婚しよ」
それだけ言うと、逃がさないとばかりに腕をむんずと握り直される。
そのまま引き寄られ、たちまちバランスを崩したサクラは、胸の中へと収まる事になる。
幸いな事に小脇に抱えた書類は落ちていなかった。
「今すぐ、オレと結婚して…っ!な!?」
「は…?ちょ…え!?」
半同棲のようなものだが、籍をどうこうするのはまだ先の事だと思っていた。
火影岩の前で交わした言葉を思い出す。
もちろん、いずれ一緒になる前提で始まった、この約1年間だったのだが。
「いいじゃん!そういうつもりだったんだしさぁ、オレら」
「ちょ、待ってよ!…そりゃ、そうだけど」
誰も居ない室内を見渡す。
確かに、誰も居ない、だけど。
「一生に一度のプロポーズが火影室ってどうなのよ…」
はぁ、と大袈裟に息を吐いて、額を押さえる。
1年前の、火影岩という場所は結構イイと思っていたのに。
今から思えば、もしかしたら単なる思いつきだったのかも知れない。
雰囲気や甘い言葉。
そんなものを期待などする方がおかしいのだろうが、どうも空回りばかりだ。
だが、ムードも何もないのが、如何にも自分たちらしいとも思った。
サクラは口元を緩める。
「じゃあ、明日の式典が終わったら、一緒に買い物にいこ」
「おう、行こ!…で、何買うの?」
明日が終われば、晴れて自由の身。
…そんなはずは無いのだが、一応彼なりの目途であるようだ。
ノリの良さがそれを物語っている。
「あんたのプレゼントと、私の指輪」
「あ、すっげぇいいな。それ」
「でしょ?言っておくけど、給料3ヶ月分相当のモノだからね」
「婚約指輪なんだろ!?どんとこい!」
胸を叩いてへらっと笑う表情に、思わず笑みが零れる。
「さあ仕事仕事」と、そのまま彼も自分も急かす。
サクラは顔を緩ませながら、火影室を後にした。
そしてふと気が付く。
ひょっとすると、いつも傍に居るようになってからずっと緩み放しだったかも知れない。
それでも。
彼の眩しさは変わらない。
サクラは、自分の事をもっと好きになれた。
他人の幸せを自然に願っている自分が居る。
――――全部、あんたのおかげよ。
然るべき時には、ちゃんと正しく叱ってくれる。
泣きたい時は、泣かせてくれる。
一緒に喜んでくれる。
それらを全部ぜんぶ、総て許してくれる人。
弱さを見せることを許せる人。
あんたと出逢えてよかった。
私の隣に居てくれて、よかった。
ふと見下ろせば、屋外を歩く白い羽織の後ろ姿が窓から見えた。
その先はアカデミーの建物だ。
一度でいいから、彼の恩師と共に、その問題の講義を聴いてみたいものだと思う。
その背に微笑みかけて、呟いた。
「…幸せに、なろうね」
fin.
【コメント】
長々とした話でしたが、最後まで読んで下さりありがとうございました!
ナルトの誕生日が(今現在、本誌ではどうなるか分りませんが)
終戦、数年経て火影就任、そしてサクラちゃんへ告白する日、更にプロポーズしちゃう日だったら…オイシイ///
と妄想してみました。
それくらい10月10日は重要な日であって欲しいものです!
あと、意外性No.1のナルトだったら、告白を里中に叫んじゃうような事もしでかして欲しい…。
という願望も詰め込みましたww
こちらの話では全てサクラちゃん目線でした。
ナルトはブレる事無く、春野サクラ大好きであって欲しい…という前提でしたので…。
そうすると、後はサクラちゃんがの気持ちがどう動いていくかの描写をしたかったのです。
…ですが、もう一つの作品と被る部分があったり(サクラちゃんが悩む←ナルトが救う)でして…。
ほんとに頭が足りなかったな〜…と反省した次第です。
ナルサクにハマって僅かなのですが、2人が幸せになる描写を(自己満足の)妄想の上でも綴る事が出来て幸せでした。
このような機会に恵まれたことを感謝いたします。
本当にありがとうございました!!
コウ
