里の中心で愛を叫ぶ
コウ様
6.オレの憧れだ
そこそこ賑わう夜の街道を進む背中に従い、何処へともなく脚を進めていた。
やがて大通りを抜けると、河川沿いの公園へと至る
街灯が儚げに照らす下では、秋の虫たちの声が控えめに聴こえてきた。
奢ってやると豪語したはずなのに、結局ナルトの機転で次回に持ち越された事になる。
こんなはずじゃなかったのに。
そう思いながら、サクラは少し歩みを速めた。
比較的ゆっくりと進む彼に追いつくと、その背に向かって口を開く。
「あー…、ありがと…。私ったら、何言ってんだろ…。さっきのナシ!忘れてっ」
明るい声で、独り事のように声を掛ける。
―――ほんと、何言ってんだろ。
だが、振り返ったナルトは自分の胸をとんと叩いて返す。
「オレの心の中だけで取っておくから、任せとけってばよ!」
その笑顔に、不覚にもサクラは困惑してしまう。
「…はぁ!?何言ってんのよ!忘れてって言ってんでしょ!?」
「いーや、出来ないね!オレだけが知ってるサクラちゃんって感じだし」
なにが「オレだけが知ってる」だ。
実に愉しそうにニカっと笑うナルトを、やや赤面しながら睨む。
つまり、という事は、即ち。
自分だけの特権、誰からも秘密にしたいという事なのだろう。
―――まぁいいか…それならそれでも。
やがて諦めたように息を吐いた。
ふと、蒼い瞳が揺れる。
真面目な顔つきで覗き込まれた。
「……最近。何かサクラちゃん、遠かったからさ。…どうしたんかなって考えてた」
何を言いだすの、そんなカオで。
「そ…っ、そんな事、無いけど…?」
「けど?」
「……っ」
声が上擦るのも仕方ないだろう、はっきり言えばかなり動揺していた。
そんなサクラの少しの不自然さも逃すまいと、じっと見つめてくる。
やがて観念したかのように俯くと、蚊の鳴くような声でぽつりと漏らした。
「……見ないで」
「…何でだよ。オレ、見たい」
「なによ、変態っ」
「はぁ!?何でだよっ!好きなコ見ちゃ、悪りぃのかよ!?」
ナルトがムキになって反論すると、辺りは途端にしんとなった。
「……っ!あ、あんたねぇ…」
からかうのもいい加減に…、そう続けようとして止まる。
それは彼が幼少の頃より言い続けてきた事と、何ら変わりが無かったからだ。
それにナルトはからかう事なんて、滅多にしない。
いつもバカだ何だと、格好の対象にされる側だ。
特にサクラに対しては、絶対にしない。
サクラが口をパクパクとさせていると、彼はしょんぼりしたように俯いた。
「あ〜あ、オレっていつもこうだよな…。思った事すぐに口に出しちまう」
金の髪をがしがしと掻いて、小さく溜息を吐く。
サクラは強張らせていた表情を緩めた。
「……うん、そうね。嘘がつけない事も、知ってる」
小さい歩幅を踏み出し、一歩だけ寄る。
目線を落とすナルトへと近づく。
「……それって褒めてんの?」
「さぁ?…でも、カッコ悪いのがアンタでしょ?」
何だよそれ、彼が笑えば尖っていた口も目元も全て緩む。
その時のその表情に、サクラは確かに目を奪われた。
心がじんわりとするような、説明し難いほどに揺れる気持ち。
「――――でも私だって…、いま…、最高にカッコ悪い…」
私はたぶん、この人の傍に居てよかったって思っている。
この人の傍に居たいって思っている。
理由なんて無い、ただそれだけの気持ち。
「サクラちゃんはいつもすっげカッコいいから、ちょっとくらいカッコ悪くても、ちょうどいいんだってばよ」
穏やかな声に、深くふかく安堵する。
それはまるで、心を駆け巡って沁み渡り、身体中の色を変えていくような彩だ。
「アンタに褒められてもね…」昔はよく、偉そうにそう言い放っていた。
それなのに。
―――褒められて嬉しい、なんて思う日が来るなんて。
「――――きっと、サスケのヤツもカカシ先生もそう言うよ」
いつものように笑い掛けるナルトに、問いを返す。
「……じゃあ、アンタは…?」
随分不自然だったのだろう。
声や視線が熱を帯びている事なんて、自分でも判っている。
ナルトが蒼い目を丸くして見返した。
「……ナルトは?夢叶えて、火影サマになっちゃうアンタは、なんて言ってくれるの?」
「サクラちゃん…?」
「アンタの言葉が聞きたい」
「……オレは、どんなサクラちゃんでも好きだ。かわいいと思う」
多分、泣きそうだった。
彼が真っ直ぐに応える前も、答えた後も。
「サクラちゃん。…オレに言ってくれたよな。覚えてる…?」
低い声を発する口元を、そっと見つめる。
きっとそれは、サクラの胸によぎった言葉。
意図を悟り、薄く唇を開いた。
「………勿体ないよ?…私には、わたしなんかには」
ナルトはそれには応えず、ただ薄く笑い小さくかぶりを振った。
「どんなサクラちゃんでも、オレの中にいつでも居る、いつもだ」
サクラは泣くまいと鼻を啜る。
「ついでに言えば、子供の頃、中忍の時、今までのサクラちゃんが全部」
途切れ途切れに言葉を紡ぎながら、ゆっくりと近づいてくる。
もし今視界が閉ざされたとしても大丈夫、そんな気さえした。
「格好よくて怒ると怖くて、オレの面倒よく見てくれて。そんで、いつもかわいい」
彼が誰の事を口にしているのかが、徐々に判らなくなってくる。
脳が麻痺して、夢でも見ているような気持ちになってくる。
ずっと云われていた事を、同じように囁いているだけなのに。
「――――オレの、憧れだ」
真っ直ぐ見つめられて、目が離せなかった。
間近に迫っていたことさえ、今気付いた。
そのまま腕が回されて抱きしめられる。
それさえも、判っていた気がして抵抗は考えられなかった。
「逃げないの?」
「………逃げてなんか…」
―――ないけど……、サクラは口ごもるしかできない。
「じゃあ…」ナルトが控えめに言葉を紡いだ。
「―――やっと、つかまえたって事?」
沈黙すること、それ以外何も出来なかった。
ナルトは小さく笑うと、ぱっと身体を離す。
どんな熱が込められているかも自覚しないまま、サクラはその瞳を見つめた。
月明かりが逆光となっていても尚、赤く染まっていた事だけを覚えている――――。