里の中心で愛を叫ぶ



里の中心で愛を叫ぶ

コウ様



5.あんたが眩しい



今日も一日が終わった。



重い身体を引きずるようにして、サクラは帰路に着く。
もう子供は既に寝ている時間だろう。


一楽に脚が向かう。
こんな遅い時間にラーメンなんて食べる事は、普段はしない。
それでも何となく、としか言いようが無い。


思った通り、そこにはナルトの背中があった。


暖簾をくぐり、何食わぬ顔ですぐ隣に腰かける。
思った通り、他にも席は空いているのに突然座った隣人を、彼は不審そうに見上げた。
そこで瞳を見開き、声が上擦る。


「……えっ、サクラちゃん!?」


うそ、とか何で、とか。
直後、盛大に咽せ始めた様子には、さすがに少し気の毒になった。
驚きの余り、とにかく慌てている事だけは伺える。

悪いとは思いながらも、思わず吹き出しそうになる。
心の濃霧が、少しだけ晴れた気がした。


「珍しいなぁ!こんな時間までオツカレ、サクラちゃん!」


ささ、どーぞ!と店主の寄こしたおしぼりと水を手渡す役を担う。
ニコニコと嬉しそうな顔に、自然と感化されてた。
この男は疲れを知らないのか、と半ば呆れさえしてしまう。


「なんにする?」


テウチが訊く前に壁のメニューを指差すので、アンタと同じのと淡々と答える。
正直何でもよかった。
十分聴こえるのに、彼はわざわざ立ち上がって、やたら威勢よく伝えてくれる。
隣が席に着くのを待ってから、サクラは口を開いた。


「替玉もつけたら?あんたの分、奢ってあげるわ」


頬杖を付き、目の前にあるお冷に手を伸ばしながら言ってみる。

隣人はやや置いてから、がばっと此方へ身体を向けた。
ちょっと、後退までする事ないじゃない…。


「…え、サクラちゃん?何て言ったの?奢ってくれるとか聴こえたけど…」
「その通りだけど、要らないなら別にいい」


不機嫌そうな声で視線を泳がせながら、不貞腐れて見せる。
途端にイヤイヤ!と音が出る程両手を振る動作が目の端に入った。

相変わらず大袈裟なやつだ、見ていて飽きない。
不自然な咳払いをして居住まいを正し、座り直す男の横顔を盗み見る。


「…この間のお礼よ」


ぼそっと呟けば、暫く宙を見ていた間抜け面が、ああ!と手を打った。
この間、多忙な中わざわざ見舞いに来てくれた折に引き留めてしまった事だ。


「んなの、別にいいのに」


にこにこと実に嬉しそうに笑っている。

―――良くない、全然よくない。
どうしてこうも負に受け止めてしまうのか。
何でも無い事のように、大した事無いように言われて何故か眉をしかめる。


「んでも、まぁせっかくのデートだからご馳走になります!」
「デートじゃ…っ」


デートじゃない。
そう言おうとした矢先に、サクラの分のラーメンが到着した。
目の前に割り箸が差し出され、そのまま受け取る。


「……アリガト」


この日初めて、サクラは笑顔になった。






聞けば、これからまた火影塔へ戻るのだという。

どこまでもタフなのか、それとも仕事が遅いのか。
サクラは呆れて見せた。
人が倒れた時にはやれ休めなどと口出したくせに、自分は一体どういう勤務体制なのか。


「仕方ねぇよ。土影のじいちゃんとの会議?あのモニター見ながらのヤツ。あれにずーっと同席してたんだもんよ」
「ああ、それで」
「じぃちゃんの話がまた長げぇの!さすがに綱手のばぁちゃんも呆れてたってばよ」


影同士の会談、いわゆる国交の一環である。
だがナルトが表現すると、近所の茶飲み友達の他愛ないお喋りの一場面にしか聴こえない。
こんな事で内容をきちんと把握しているのだろうかと、大分不安な所なのだが。

その会議が終わってから、通常任務へ。
帰還してから、事務という名の書類整理兼片付けだ。

その合間の休憩が今に至る。

前々から懸念していたのだが、やはり書類や資料の把握は大の苦手に分類されるようだ。
正直言えば、シズネの手伝いをしていたサクラも出来れば避けたい仕事だ。


「あんなん見たら、ちょっと懲りるってばよ…。オレはもうちょっと日々整理しよーって思うし…」
「あんたに〜?出来るのかしらね」


言葉を重ねてサクラが笑う。
ナルトも笑った。


「しかしサクラちゃん、よくあんな作業やってたよな〜。本とか紙に埋もれそうだってばよ」
「綱手様の元補佐、なめないでよね」


わざと姉貴風を吹かせて応える。


「いやほんと。まぁお蔭で小難しい地図とか登記とか、大体いつも見るようなものは頭に入ってきたかもな」
「アンタがしっかりすればいい事なんだから、補佐になってくれる人に迷惑掛けるんじゃないわよ?」


スープを一口飲んで、終わりにする。
さすがにこの歳でこの時間に、ラーメンを完食するのはきつくなってきた。


「サクラちゃんは、すげぇよな。今や医療班のエリートチームだもんな」


替玉を難なく食べ終えたところで、ナルトがふと声を落として呟く。
何を言いだすかと思えば、サクラは思わず横を見た。


「オレはいつも訳わかんなくてさ、周りの大人に道を正されたり示されてばっかりだ」
「…あんたが?意外性で跳ね除けてばっかりじゃないの。見ててハラハラするし、まぁたまに清々もするけど」


模範通りにしているのは、サクラの方だろう。
進みたかった医療の道だが、何処かで満足出来ていない事に今更疑問を抱いている。


「急にどうしたのよ、アンタらしくない」
「ん〜……」


へへっと笑った顔が、幼い日のそれと同じだと思う。


「――――どうしたら、優等生サクラちゃんに釣り合うのかなって」


一瞬だけ、サクラの時間が巻き戻される。
遠い昔、アカデミー在籍時や下忍になりたての頃の台詞かと思った。


「……なに、いって」


自分の杯に落としていた視線を隣に向ける。
ナルトは前方へと顔を向けて、水の入ったグラスを傾けていた。


本当に、急にどうしたと言うのだろう。
こんなつまらない女を、まさか未だに気に掛けていたのか。


だがそれと同時に、何処かで予測していた事だとも思った。
焦る、目が泳ぐ、彼から視線を外す。
何故か、話を逸らせようとした。


「……違うわよ。私だって全然、…そんなんじゃないし」
「何で?サクラちゃんっていったら、昔から優等生で皆に頼られていて―――」

「引っ張っていってるつもりが、全然空回りで…っ」


サクラは言葉を無くして首を振った。
その勢いに押されて、彼は不思議そうに覗き込んでくる。


「どうした…?サクラちゃん何かあった?オレで良ければ、話聴くけど…」


「…っていってもわかんねぇかな」と笑う彼に、同調してみせる事が出来なかった。
膝の上の手が震える。


――――彼はもうすぐ、離れていくのだ。

手の届かない場所に行ってしまう、そんなふうにも思える。
本音を言える、深く安堵出来るこの場所さえ、私から消えていくのだろうか。


「わたし…少しは期待されているのかなって、思ってたの…自惚れよね」


1人じゃ、強くなれない。
今だって、時々感情に任せて逃げようとしているのが情けなかった。



「―――おかしいよね。…アンタの方が眩しい」



何を言っているのか、理解していなかった。


「私、ナルトみたいになりたいって思ってる…。期待されて、皆に支えられている、アンタが羨ましい……」

「……あははっ、オレぇ?サクラちゃんってば。……なに、言って…」


まるで冗談のように笑い飛ばそうとするその口調も、次第に勢いを失う事になる。
じっと見つめているのだろう。




「…おっちゃん、ごっそさん。釣り、要らねぇから」



ややあって、隣の人物は奥に向かって声を掛ける。
そこでサクラは、はっと我に返った。




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