里の中心で愛を叫ぶ



里の中心で愛を叫ぶ

コウ様



4.特別だと気づいた日



「まぁ、あんたがイタいとこ突かれただけでしょ」



どう考えても納得いかない。
そんな面持ちで、サクラは向かい合った旧友から顔を逸らす。


「そこまで仕事にこじつけなくたっていいんじゃない?」


彼女の言うことは、たぶん正しい。
いつも冷静にみて、大抵が的確だからである。


「……判ってるわよ…。色恋沙汰に縁遠くて、無理に頑張っちゃってるイタイ女だって事くらい」
「そこまで言ってないでしょ?」


いつもこうだ、人間関係を丁重にしすぎて物事が進んで行かないのもどうかと思う。
自分にも周りにもうんざりする。


「別に知らなくてもいいんだけどさぁ」


目の前でいのが、茶器から顔を上げて口を開く。
サクラはあんみつを匙でつつきながら聴いていた。


「あんたの事、好き勝手言ってた連中が居たから、『誰の話してるんですか』って無理やり中断させたわ」


下らない嫉妬だろうけどね、といのは続けた。
サクラもたまに耳にする事もある。


「……あんたが綱手様の愛弟子だった頃からやっかんでいた、オネーサマ方でしょうね」


いまはシズネも共に、木の葉の医療を支える裏方に回っている。
残念ながらサクラでさえも、会う機会はごく稀だ。

だからか…、薄々感じてはいたが、サクラは溜息を吐く。
半分まで無くなったソフトクリームと寒天をぐちゃぐちゃに掻き混ぜた。


「……上の脅威が無くなった途端、出る杭は打たれるってやつね」
「ま、アンタなら何とか出来るでしょ?……何なら、次の火影サマに頼っちゃってもいいんだし!あの女達をどうにかしろってね」


今日は秋にしては気温が高い。
冷たいお茶を口に含みながら、いのの言葉に反発する。


「やめてよ…。そんな下らない事、頼めるワケないじゃない」
「何でぇ?アイツ、サクラのためなら何だってやるわよ?きっと」
「そんなの……昔の話よ…」


いのは、ふぅん、とつまらなそうに返す。
サクラは目を落としたまま木匙をひと掬いし、寒天と赤豆を乗せて口に運んだ。
安定の味に強張っていた力が抜けていく。


目の前の友人とは、時々こうして会う。
休日が重なることは稀だが、休憩時間やどちらかの休みにごくわずかな時間だけでも会って喋る。
サクラにとって愉しいことと言えば、このくらいだ。

別の部署である彼女は、相変わらず気が許せる存在である。
その彼女が何か思い出したように、突然にやりとした。


「そうそう!アイツって言えばさ…!」


噂好きで流行に詳しい彼女の口から出たのは、ナルトの噂だった。
サクラも最近になってよく耳にする。
無理もない、彼は今や時の人だ。

いのにとっては昔馴染みである分、まるで尾ひれがつくかのように廻る輝かしい噂が可笑しくてならないのだろう。
同期にとってみれば、皆きっと同じである。


「…ふーん、関係ないし」


サクラは一瞥しただけで、つまらなそうに返す。


「何よぉ、アンタ、もしかしてまだサスケくん?」
「まさか、違うわよ」
「ふーん…?」


ぱくぱくと口を動かしながらも、完食には程遠い。
あまり食欲が無かった胃にはキツかった。
そういえばと、最近まで体調を崩していた事を思い出す。
なんとまあ自虐的な事よと笑う気さえ起らない。

そしてふと巡らせ、まさに話題の渦中の人物を自宅まで招き入れた事を懸念した。


「ま、サスケくんの事は、何となく解るわ。憧れってやつ?私もサスケくん好きだったしね」
「……そう言えばそうだったわね」

「けどさ、アンタそれでいいの?」
「なにが、サスケくんの事?」

「誤魔化すな。もう1人の方よ。同期の中で一番の出世頭の……」


軽はずみだったかな…。
彼が出入りする瞬間を、誰かに見られなかっただろうか。
今更ながら、心配になってきた。


「ナルト?……別にぃ」
「へ〜?ま、知ってるだろうけど。うちの班の後輩たちも騒いでるわよ〜」

「あ、それウチもだわ」
「でしょ。何で女って、ちょっと光るとすぐに群がるのかしらねー。まるで何処かの誰かたちみたい」


クスクスと笑い合う。
アカデミーで散々サスケに黄色い声をあげて、ウザがられていた少女たちとは。
言うまでもない、遠い昔の自分たちの事だ。
両者とも懐かしそうに目を細める。


「ほんとね。キャーキャー言って、本人は迷惑だっただろうね」
「素っ気無い態度もクールでカッコイイとか言ってね!どんだけ都合いい解釈よ」


またひとしきり笑いあった。
知らず、肩が軽くなっていく。
この友人とは、きっと一生こうして笑い合っているのだろうと思えた。


「―――あっ…と、私そろそろ行かなくちゃ」
「また仕事戻るの?」

「デートよ、デート」


いのはさっさと荷物を纏めながらさらりと言う。
サクラも肩を竦めながら、店を出る支度をした。





***





友人と別れてから、河川敷を歩く。



早番だったため、久しぶりに外で夕焼けを仰いだ。
秋を象徴する雲と、無数に飛ぶとんぼが目に入る。

何がとは判らないが、何故か物悲しい。
これが秋か、と詩人めいたことも考えてみる。

つい数時間前、後輩を叱っていた怖い女がこのようなメルヘンチックな事を考えている。
もし職場に知られたら、きっと肩身の狭いことだろう。

いや、むしろ堂々とするべきか。
理想を追い求める余り、この先の青春も全て擲(なげう)った女ですが、何か。


(―――理想、ねぇ…)


一体何が欲しかったのだろう。
何がしたかったのだろう。


サクラは、もつれた糸のような心の中を、他人事のように見つめてみる。


『あんた、もしかして躍起になってない?』
『…何の事よ』

『火影サマになっちゃうアイツの事よ。また、背中を追いかけているとか、追い越されたとか…』
『だから、関係ないから』

『そう?なーんか意地張ってるようにも見えるのよねー』
『どういう意味よ…』

―――本当は、判ってる。
また置いて行かれるのか、そんな気がしていただけだ。


『思い切って、隣歩いちゃえば?って思うんだけどなー』


それが出来る程、可愛げのある性格だったらこんな苦労はしていない。
自分の気持ちに戸惑い、思い悩むことなんてきっと無かっただろう。


誰に遠慮しているのだろう。
数年前までは、たしかに無数の選択肢があった。

医療の道を進み、それを極める
平和な世の中になるよう貢献できたのだから、自信を持って忍稼業を続ける。
そして、年頃になったら、素敵な男の人と大恋愛をし、行く行くは結婚をする………。



「――――あほらし」



大体、素敵な男性ってなんだ。
素敵じゃない場合はどうすればいいと言うのだ。


サクラは道端の小石を蹴る。
ある特定の人物が心に浮かんでいた。

慌てて頭を振り、それを消そうする。
こぶしを握り締める。


温くも冷たくもない風が頬を撫でた。


―――サクラちゃんが、好きだ。


幼い頃はずっと、飽きずに言い続けてくれた。
体裁張ってかっこつけて、虚勢だらけの私を、笑って包み込んでくれた。


「あいつだけは無い」って思ってたのに。


どんなにあしらっても、張り飛ばしても。
それに負けないくらいのタフさを身に付けて帰ってくる。

そんなあんたに頼もしさを覚えたのは、いつの事だろう。

あんたの前なら、本心を出してもいいと思えた。
男のくせに素直に泣くあんたの前なら、泣いてもいいと思えた。

親友みたいに、居心地がよかった。
姉弟みたいに、一番近い存在だった。
大切な、特別な存在。

だけど、それはやっぱり少し違っていた。
それに気付く日がくるなんて、思いもしなかったのに。


「あんただけ」になるなんて。




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