里の中心で愛を叫ぶ



里の中心で愛を叫ぶ

コウ様



2.忘れ得ぬ約束



戦争後、つまり彼が17の歳を迎えてより。
サクラはもう、誰にも特別な感情は抱かないと心に誓っていた。


戦争を経験すると、こういった心境になるのだろうか。
誰も彼もが当て嵌まる事では無いにせよ、たった一人、師であるカカシに少し似ているとは自覚し、苦笑する。
同性にも異性にも淡々と接し、飄々とした己の様がまるでそれだった。

独り身もいいものだ。
まだ成人したばかりだが、近頃はそんな風にも考えている。


この3、4年の内に色々あった。
本当に色々あって今日(こんにち)に至り、サスケは木の葉に居る。


彼を巡って、沢山の人が言い争った。
沢山の大人達が、うちはの血を恐れた。
ひいては人柱力の脅威にまで話は及んだのだが、そこまでくると誰ともなく口を噤んだ。


木の葉の人柱力、そして九尾の妖狐は、もう既に脅威などではないのだから。
そんな中、どんな正当な理論にも屈しなかったのはやはりナルトだった。


将来火影の椅子に坐する事を夢見ているのにも関わらず、国外の長達を相手に主張を止めない。


ああ、またこの人は。
大事なものを、友情を護ろうとしている。
自分でつないだ大切な繋がりを、決して断たせまいと躍起になっている。


裏を返せば、失う事を恐れているのだ。
彼は、離れていくことを許さない。
何も無かった手のひらで、一つひとつ掴んできたかけがえのないモノたちだから。


『サクラちゃんだって、また、7班で一緒に任務したいよな!』


そう言って、何の曇りも無く笑っていた。
あの笑顔が今を繋いでいる、この人は本当に願いを叶えるのだ。
サクラの告げるべき応えは知れている、昔からそうだったから。


――――この、バカ…っ。
でも…、…ありがとう。


大勢の人々を説き伏せて、大切な絆を護った。
もちろん、それがサクラとの消えない約束の為かどうかは定かでは無い。
だがそれを差し引いても、きっとナルトだからこそ、そうしたのだろう。



数年経て、戦争の大舞台に立った木の葉の第七班が結成される。
つまり、サスケも木の葉の忍として登録された。
とはいえ実際の任務はなく、名簿上の登記ではあったのだが。


やがて再び上忍・中忍試験が催されるようになり、時と共に忍の登録事情も大幅に変わった。


同期も其々の班に配属され、其々の道を歩んでいる。
サクラも上忍となり、ナルトとサスケも遅れてその階級にまで昇る事になった。

但し、班も何もかもが違う場所で。



――――私は、過去に恋をしていた。


けれど、この時にはもう。
その恋心は、自分の中の何処に在るのかも判らなかった。
いっそ判らない方が、ラクだったのかも知れない。


幼い頃のままずるずると引きずって決別できず、フラれる事も叶わなかった。
長い恋だった。
こんなに辛いものが恋というのなら、もう二度とごめんだ。


彼、サスケが。
此処、木の葉に居る。
それだけで十分ではないか。



『私はもう、誰の事も、好きにならないから…。もういいのよ?』



サクラは初恋に、自ら幕を閉じようとしていた。
告げた先のナルトは、納得いかないとでもいうように、首を傾げていた。


アンタが望むなら、固い絆で結ばれた最強のチームを目指そう。
その為なら、愛だの恋だの抜かしていないで、一心不乱に忍としての技椀を磨こう。
アンタが火影の夢を叶えるためなら、最高のパートナーになってやろう。


『…だから。アンタがくれたものの分だけ、出来るだけ支えるから』


サクラとしては本気で伝えたのだが、彼は笑っていた。
誰をも惹きつける、その日に焼けた笑顔で唇を開く。
今でも覚えている、彼がくれた真摯な言葉を。


『サクラちゃんの事、いつでも見守ってる』

『迷ったときや困ったときは、真っ先に駆けつける』

『どんなに遠くても、絶対にだ』


迷いも表裏もない台詞は、小気味よく胸を叩く。
たちまちサクラを穏和に包み込んでしまう。

知っている、彼は嘘は言わない。
嘘かと思う事でも、真実にしてしまうからだ。


『オレってば、自分の言葉は曲げねぇからよ、でしょ?』
『―――え…?』


割って入り、先に口にしたのはサクラだった。
呆けた間抜け面が、ややあってから口端を伸ばす。


『あんまり期待しないでおくわ、ふふ』


彼は、たちまち情けない表情に歪ませて笑っていた。
サクラも笑った。


いつからだろう、こんな顔を見ても尚、頼もしいと思えるようになったのは。


『でも、ありがとう…』


――――私もう、何度も助けられてる。
――――あんたが居て、よかったと思う。


仲間、だから?
多分、それだけではないだろう。
きっと、内面から滲み出る「彼」という存在の確かさ。


昔も今も、あんまり素直なものだから。
少し、捻くれてみたくなった。
きっと周りの状況も恋も、総てひっくるめた目まぐるしい変遷に疲れたのだ。
そんな傷痕の所為だったのだろう。



『そうね、じゃあ……もし火影になれたら、結婚してやるわ』



自分でも言って、馬鹿馬鹿しいと思った。
己は愚か、彼の都合も将来も何も考えなしの、軽薄な発言。

こんなの約束でも何でもない、ただの悪ふざけの押し付け。
守る義務も責任も、双方には無いのだ。


その時のナルトの表情や反応は、覚えていない。
サクラはすぐに目を逸らせたからだ。


口だけの、くだらない約束。
『一生のお願い』などという重いモノは、もう二度と背負わせない。
だから、すぐに忘れると思った、17の歳。







今のナルトは、木の葉の忍勢の中で誰もが認める存在である。

二十歳そこそこで、上忍にして任務に引っ張りだこであり、顔も異常に広い。
要人に関わる任務に於いては、顔の知れた彼無しには廻らないのが実情だ。

人を惹きつける天賦の才を、遺憾なく発揮しているのは無意識の上である。
スタミナが売りの一つである彼の任務状況を聴くと、誰もが愕然とするのだった。

まるで相場を知らない買いたたきだ。
本人は至ってけろりとして、頭を掻いて笑っていた。



それが、約半年前のサクラの誕生日を過ぎた日の、成人祝いを兼ねた同期の飲み会。



サクラは少し離れた席から、彼を時々盗み見た。
愉しそうに充実している様子が、眩しく見えた。


あんなの、約束でもなんでも無かったのに。


(…わたし、ばかみたい)


――――自分の方が、忘れられなくなっていたなんて。




prev  2/11  next