あんたが居てよかった



あんたが居てよかった

コウ様



2.彼なりの慰め方



「う〜…くるしい…」




隣で腹を抱えて歩く彼女は、はたから見れば大いに滑稽だった。
何てことは無い、宣言通りに替え玉まで食べ切った因果応報に苦しんでいるのである。
普段からは結びつかない軽率さに、ナルトは首を傾げるしかなかった。


さすがに歩くのも辛そうなので、「少し休もう」と河原の土手へ向かう。
あたりはもうすっかり暗くなり、虫の声が響き渡っていた。


「何があったか知らねえけどさぁ…」


ゆっくりと腰を下ろす彼女に従いながらも、控えめに切り出す。
時折、気遣わし気に視線を向けながら、その不機嫌そうな横顔を盗み見た。


「父ちゃんや母ちゃんが心配するってばよ。帰らねえの?」


自分としては至極当然の主張をしたつもりだ。
だが予想を180度反して、じろりと睨まれる事になる。
どうやら今のは地雷を踏んでしまい、怒らせてしまったらしい。


「……あんたは、わたしと居るのが嫌なの?」
「そそそんな訳ねえだろ!」


『うるさい』とも『黙れ』とも違う静かな抗議に、慌てて即答否定してみせる。
そんな事はない、そんなわけがあるはず無い。
家で待つ人が居る、その感覚を知らぬ己なりに、ただ純粋に懸念を寄せただけの事だ。
本当はもっと一緒に居たいと思う、それが本音。


「…じゃあ、何か言ってよ」


突拍子の無いサクラの切り返しに、再び首を捻る事になる。
要求されている真意が掴めず、ナルトは素直に尋ねた。


「何かって?」
「鈍いわね!励ましてっていってんの!」


たちまち張り上げられる声に、首はおろか肩さえも思わず竦めた。
そう見せてはみるものの、実際は怒った顔さえも可愛いと観察してしまう。

そんな反応をする辺り、己は相当彼女に惚れこんでいるのだろう。
改めて認識し、ナルトは苦笑を浮かべた。


「女の子はね!嫌な事とか悔しい事とかあったりすると、とにかく何かいって欲しい時があるのよ!」
「……そういうもんなの?…何か、大変だってばよ…」
「そうよ!デリケートなんだからっ」


隣の彼女の鬱憤は、未だ抜けきってはいないようだ。
時々こういうことはある。
日頃のストレスが積もりつもって爆発し、発散させるのだ。

その対象は決まってナルトだ。
それだけ気が許せるという事だろうと、良い方に考える。

仮に同期に打ち明けようものなら、「おまえバカじゃねえの」と一蹴されそうなので言わない。
同じ班であるサイとも違う。
やはり思いの丈の、年季の入り方が違うのだと自負するのである。


「サクラちゃん、泣きたいの…?」


経験上、なるべく神経を逆撫でしないように控えめに尋ねる。
いつもならば、「うっさい!」と一喝され、再び彼女は立ち上がるのである。
だが、今日は少し勝手が違っていた。


「うるさいわね…っ!ほんとに泣いちゃうじゃない…!」
「――――え!?…と、ちょっと…それは待って、なっ!?」


抗議の声も震え、サクラは今にも泣き出しそうに目元を歪める。
その様子には、さすがのナルトも狼狽えはじめた。

さてどうしたものかと思案する事1.5秒。
結論が出るよりも先に、反射神経が動いていた。


「な、慰めてるだけだってばよ…っ」


冷や汗さえ浮かぶ。
つくづく動揺を隠すのが巧くないと思う。

こうして直に触れるのは、一体どの位振りだろう。
大人しく腕の中に収まっている人物は鼻を啜るだけで、抵抗はしなかった。


「あー…えっと」


何も声を発さない彼女に、訳も無く緊張してくる。
何だか悪いことをしているような気さえしてきた。

自分よりも華奢な肩や日焼けのない白い首筋に、初めて感じる戸惑いを覚える。
彼女は自分とは違う、女の子なのだ。

白状すれば、この状況は完全に自分の得とも言えよう。
それらを全部誤魔化すために、ゴホンと咳払いをする。


「…サクラちゃんはさ、この手で何人もの人を助けてるんだよな」


なるべく落ち着いた声になるよう働きかけながら、彼女の手を手探りで探し触れる。


「…………」
「サクラちゃんの手、温ったかくて、オレ好きだ」


ここまでやらかせば、間違いなくぶっ飛ばされる。
それは至極容易に予測出来たのだが、これだけは伝えてあげたかったのだ。

自分の頬が熱く染まっているのが判る。
きっと相当格好悪いツラしてんだろうな、とさえ思う。

抱きしめてるため表情を伺う事は出来ないが、それは両者とも同じ。
サクラがそれ以上に赤面している事など、知る由もなかった。


「治癒能力だけじゃねえぜ。優しい言葉掛けて、患者を励ましてるだろ」


ナルトは構わずに続ける事にした。
殴られ拒絶されるまでは、ちゃんと伝えようと思う。


「前に見た。すげえ優しいカオ、してた」


日頃から思っている事、尊敬している事、目を奪われる事。
やっぱり好きだ、と思う事を。


「オレ、サクラちゃんのそういうトコ、好きだ。すげぇと思う」


全部、ぜんぶ伝わればいいのにと思う。
やっぱり、自分が好きなのは彼女なんだと心の中で頷く。


「………っ」


ナルト自身、内心いつ殴られるかとヒヤヒヤしていた。
少しの拒絶の動きも見逃さぬように、自然と腕の力を徐々に込めていく。


だから。


腕の中のサクラが更に俯き、赤面に加速が掛かっていた事には気付けなかった。




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