あんたが居てよかった
コウ様
3.そのままが好き
「だから、何でそんなに自分の事責めてんのか、オレには…」
「……もういい」
彼はこれでもかという程に、殺し文句を並べてくる。
さっきから、気恥ずかしさばかりが膨れていく。
どうしてだろう、ナルトなのに。
そうは言っても何処かに限界を感じてしまい、ついにとどめの言葉を遮った。
「えっ!?何が!?駄目だった?」
「……ある意味、ダメ」
淀みなく紡ぎ出す言葉にはいつものものと同じであり、少しも濁りが見られ無かった。
向けられる言の葉はいつも、再び立ち上がる力を与えてくれる。
ナルトはいつも味方だった。
だが今のサクラにとっては、何故か後ろめたさを残す。
嬉しすぎて照れる、優しすぎて寄りかかってしまう。
「うそぉっ!?」
素っ頓狂な声で反論する辺り、「ああいつものナルトだ」と安堵してしまう。
サクラは小さく笑った。
覗き込もうとしてくるので、見るな!とそっぽを向いてやる。
それでも熱いこの頬から、拒絶ではないと読み取られただろう。
「可愛い…」
ぽつりと零すのさえ恥ずかしくて堪らなかった。
「……なー、サクラちゃーん」
へらへらと笑ってくるのを直視せぬよう、不自然な程に反対側へ顔を向ける。
いつもならば疾うに殴っているだろう。
「……うるっさい」
「実は、まだあるんだけどなー…」
実に愉しそうな声色に、余裕を感じる。
サクラは、口惜しさと同時に気恥ずかしさを感じた。
言ってしまえば、何故己がナルトなどに動揺する、と焦っていた。
「……もういいから」
やっとの思いでそれだけ返すも、それで終いにはならなかった。
反対側を向いていた方へと、ナルトがさっと回り込んでくる。
かと思った時にはもう、サクラの顔を両の手で包んでいた。
翡翠の瞳が瞬きをする頃にはもう、そのまま覗き込まれる対象となってしまった。
「聴いてよ」
「……っ」
至極真剣な表情に、間違いなどではない戸惑いを覚える。
(――――何よ、ナルトのくせに…っ)
いつの間にこんな表情をするようになったのか。
いつも動いて立てているはずの鼓動が、今はやけに響く。
「―――何よ」
ぶっきらぼうに返して困ったように睨む。
そんな自分に、内心で肩を落とす。
こんな表情を向けたいわけではない。
勝手にこうなってしまうのだ。
だがそれさえもわかっているかのように、彼は笑う。
音が付くほど、いつものように、にかっと笑っていうのだ。
「カワイイ。オレの好きなサクラちゃんは、どんな時でもカッコよくてかわいい!」
サクラは、全身がぼっと熱くなる。
何かで撃ち抜かれた錯覚さえ起こす。
本当に殴ってやろうかと思った。
拳で解決出来ない事は判り切っているが、それでも何とか誤魔化したかった。
誤魔化そうとしか出来ない自分の、処理能力の無さを恨む。
恥ずかしさの余り、包み込む手から逃れる為に後ろに逃げる。
草むらに手をつこうとした拍子に、ナルトに両手を取られた。
言わんこっちゃない、バランスを崩してよろけることは必至。
サクラはそのまま仰向けに、草むらに倒れ込んだ。
必然的に彼の腕を引っ張るようにして。
――――何やってるんだろう。
内心で、再びため息を吐く。
暗い影が落とされ、蒼い瞳だけが瞬く。
――――何やってたんだろう。
どうして、気付かない振りをしていたんだろう。
彼は男で、私は女だ。
――――馬鹿だ、本当に私は馬鹿だ。
真っ赤な己の顔に対して、月の光を逆光に受ける彼の表情は判らない。
ただ、至極真剣であることは伺えた。
おもむろに唇が開かれる。
視線はその唇の動きを、自然と追ってしまう。
「……オレは、そのままのサクラちゃんが好きだ」
思わず視線を外した。
サクラの顔の横には、大きな両手が付かれている。
視界の端には、自分の薄紅色である髪を僅かに絡めとる指が見えた。
サクラはのろのろと視線を戻す。
「……どいて」
「イヤだ」
「何言って…」
「どかない」
思いの外、素早くきっぱりと返答された事に、また戸惑った。
額当てを外した時にだけ下ろされる前髪が、蒼い目の思惑を隠す。
何を考えているんだろう、どうしてこんな事言うんだろう。
だが不思議とそこに、恐れは無かった。
ただ一つわかる事。
それは、目の前の人物が未だに己に対して特別な感情を持ってくれている事。
そして、大切にしてくれている事だ。
胸の奥が苦しくなる。
迷子の子供の様に、切なくなる。
私は、どうしてこんなに頑ななんだろう。
彼の何を拒んでいるんだろう。
――――本当の、わたしは。
そこまで考えて、翡翠の目を閉じた。
このまま、どうにかなれば、何も考えなくていいのかな。
それとも答えが出るのかな。
にわかに、衣服の擦れる音がする。
思わず指先を曲げた。
額に髪の触れる感覚がする。
サクラの瞼がピクリと動いた。
(……ん?)
予想通りの感触が、予想だにしなかった場所に降ってきた。
思っていたものとは違う。
サクラは眉を寄せて、ゆっくりと瞼を開けた。
額にはまだ、唇の触れた感覚が残っている。
ぱちぱちと数回瞬きをする。
何が起こったかを理解するのに数秒、既に身の上には誰も居ない。
左へと顔を向ければ、彼はそのまま隣に寝ころんでいた。
「あー、満天の星空!すっげえなー」
無邪気な声が上げられる。
本当に嬉しそうに言うものだから、直前の事が嘘のように思えた。
思わず苦笑する。
「サクラちゃんと一緒に見られて、よかったなぁ…」
「…あんたさ――」
――――何も、する気なかったの?
そう問いかけようとして、止まった。
何を言おうとしているのか。
己惚れと傲慢も大概にしろ、自分に張り手を喰らわせたい。
ナルトは、優しかった。
いつでも優しかった。
諌めるでも、嗜めるでもなく、ただ受け止めてくれた。
行き場の無い、形さえも曖昧なこの憤り、もどかしさを。
『そのままが好きだ』
笑える程簡単であり、酷く難しい言葉で。
全てを受け止め、包んでくれる。
鼻の奥が、不意に痛くなった。
「同じ事って、二度と起こらないじゃんか。あれと同じでさ」
突然、低い声で滑らかに紡ぎ出す。
先程までの明るさとは真逆で、その意図が掴めなかった。
「また同じヘマして、前も失敗したのに…って悔しくなる事でも、やっぱちょっと違うんだってばよ」
サクラは黙って聴く。
彼が一生懸命伝えようとしている事を、少しも取りこぼさないように。
心の中で、何度も頷く。
「確実に、どこかが変わってる。――――それって、前に進んでるってことだろ?」
「あんた…、励ましてくれてるの…?」
控えめに訊ねてみる。
ナルトはそれには応えずに、夜空を見上げていた。
肯定の意味だろう。
「まぁ、そんなわけで。オレの進歩としては、デコチューが叶った」
「……なにそれ、バカじゃないの?」
思わず吹き出していた。
隣を見遣れば、同じくナルトも笑っている。
「あーもうっ。ホントにバカじゃないの!?」
「でもさ、オレがバカじゃなかったら、サクラちゃん困るだろ?」
思わず口を噤む。
なるほど、こんな時にご尤もな事を言うとは。
如何にも理論的である主張に、サクラは少し考えて返した。
「それもそうね…。アンタが賢かったら間違って惚れてるかも」
「ま、マジで!?」
「冗談よ」
「…わかってるってばよ…」
本当に期待などしていなかったのか、途端にナルトは剥れる。
サクラは、ほんの少しの申し訳なさと寂しさを覚えた。
こんな距離で今まで歩いてきたのだ。
彼が再び口を開く。
「…前進するって事で、変わってもいいし変わらなくたっていい。どっちだって構わないんだってばよ」
この距離を今更、どうする事が出来る?
サクラは黙って、その言葉に耳を傾ける。
「それが全部、サクラちゃんだからさ」
彼の言葉は、何だって叶う気がしてくる。
そんなはずはないとか、世の中や物事はそんなに簡単には出来ていないとか。
理屈ばかりを両手いっぱいに持ち合わせているのが、サクラであるのに。
それをいとも簡単に打ち壊してくれるのだ。
素直に感心した。
「…あんた、似合わないような難しいこと言うのね…。びっくりしちゃったじゃない」
「うん、う〜ん?オレも何言ってるか、わかんなくなってきた」
だから思った通りに褒めた途端に、これだ。
「……はぁ?なにそれ、もうっ。感動返せっ」
「え、感動してくれた!?よっしゃぁ!」
やっぱり、自分たちはこうでなければと思う。
笑って終わる事が出来る。
心地いい時間と存在だった。
「とにかく!オレは器がでかいからさっ。気にしないで、何でもどーんと聴いてやるってばよ」
「――――ありがと、ナルト」
あんたがいて、よかった。
サクラは改めて夜空を見上げた。
今日も、木の葉の里を駆けてきたのだろう。
頬を撫でる風が心地よかった。
「ところでさぁ…、怒らねえの?」
「何が?」
控えめに切り出す彼に、身を起こしたサクラはきょとんとして返す。
その、あの、と口元をもごもごとさせてようやく。
「ちゅーした事…」
「…あっ、あんた、よくも…っ」
「わーっ!ごめん、ごめんってばよ〜」
「ていうか、流しなさいよっ!また蒸し返して、恥ずかしいじゃないっ」
じゃれ合いにしか見えないだろう、傍から見れば。
じきに、夜空には明るい笑い声が響くのだ。
来た道と同じはずなのに、心情は全く違う。
多分、それは、隣の彼との距離も。
今までだって一番近くに居た。
距離自体は同じでも、何かが異なっていた。
「ねえ、ナルト…」
「ん?」
「…なんでもない」
――――さっきの冗談、本気だとしたらどうする…?
その甘い疼きの答えを見るのが、少し躊躇われる。
『器のでかい』と自称する彼に甘んじて、もう少し時間を掛けてみようと思った。
今度は、手でも繋いでやろうかな。
fin.
【コメント】
この度は素敵な企画を開催していただき、また、参加させていただき、誠にありがとうございました。
そして、この場を借りて主催者様方へ御礼を申し上げます。
この話は、「16歳という不安定な精神に於けるサクラちゃんと、それを支えるナルト」という構図を浮き彫りにしてみたくて、進めて参りました。
2012映画でも、母親と些細な事で喧嘩をする描写がありましたし。
多分、医療現場に於いて、若いのにハイスペックスキルを発揮しているサクラちゃんに対して褒める人々は少ないと思うのです。
でもまだまだ経験も少ない子供の年齢。
努力に対する労いを欲するのは妥当でしょう。
その役割がナルトだったら、と考えました。
ナルトは孤独であった時間が長く、精神的には気付かずに大人であると思うのです。
甘える事を知らずに育った、という意味で。
人間観察とかもよくしていたのかも。
だから、イルカ先生に頭を撫でて貰った時は、この上なく嬉しかったはず。
以来、人に頼られたり、人を支えたり、長所を見つけて褒めてあげたりするのを喜んでやっていそう。
人と接する入り口が、相手の事をよく見ている事だったら…と考えます(かなり妄想です
そしてそれが憧れのサクラちゃんだったら、尚更…というのがナルトにしてみれば至極当然の流れ。
だけどそれが、心の傷が膿んでいた思春期サクラちゃんには、殊の外よく効く薬だった…という流れにしてみました(妄想です
長々と書きましたが、要は「サクラちゃんのナルトに対する見方が変わるきっかけ」みたいのがいつかあればな…。
と思ったのです////
ここまで読んで下さり、ありがとうございました!
コウ
