あんたが居てよかった



あんたが居てよかった

コウ様



1.わたしの居場所



「もう!いい加減にしてよ!いちいちダメ出ししないと気が済まないわけ!?」


怒鳴りつけるサクラの目の前には、母親が同様に憤然として立っていた。


「何だって!?いいからちゃんと聞きなさい!口答えばっかりして!」
「もう最悪…っ」


吐き捨てるように零すと、自宅の玄関を乱暴に開けた。

音を立てて後ろ手で閉めようとすると、背後からは母の怒声が追ってくる。
だが、聞く耳持たないとばかりに腕に力を込め、忌々しい我が家を後にした。





春野サクラは今日最高に不機嫌だった。


つい先ほど夜勤が明け、ようやく帰宅したのだ。
正確に言えば睡眠を取っていない分、昨日も含める事になるのだが。
つまりそれ程腹が立ったのだ。

ここ最近は医療現場で辛い事や上手くいかないことが多い。
人手不足による若輩者の押上げ、取り分け五代目火影の愛弟子であるサクラへの期待は大きい。
さりとて、己の持つ知識までもが同様に押し上げられるわけにも非ず。
臨機応変な判断がままならない、明らかな経験不足が痛手となる。


今日も今日とて、思わず唇を噛みしめるような悔しい事があった。


夜通し目を見張らせて、今にも消えそうな命を繋ぎ止めようと集中してきた。
緊張の糸を切れそうなほどに張り続け、全身全霊を懸けた負担は大きい。

身体的にも精神的にも疲れ果てるまで、全力疾走してきた。
そして、迎えた朝。

後任の医忍と交代し、帰路に着く。
久しぶりに与えられた休日だというのに、自宅ではそんな苦労さえ通用しないのだ。


要は、母親とのささいな喧嘩である。


母親のいう事は正しい、それは判る。
だが、何も今言わなくてもいいではないかと反発したくなる事が多々あるのだ。

片付けにしろ手伝いにしろ何にしろ、風呂から上がってすぐに小言を浴びせられるほど不愉快な事は無い。
短気だと自覚する自分でなくとも、抗議のひとつもしたくなるだろう、と思う。



伸びのびと息を吐く場所が無い……。
そんな事を、まざまざと思い知る。



飛び出したはいいものの、行く宛てなど特に決めていなかった。
ゆえに、迷子の子供のように朝から里中を徘徊する羽目になる。

眠気など、沸き立つアドレナリンの効能なのか、とうに消え失せていた。
その所為か、何をしても心が浮き立たない。
せっかくの休みだというのに、総てがつまらないのだ。
映画を見ても、書店で新しい本を見つけても、流行りの服を見ても気が晴れない。


――――私、何やってんだろう…。


辺りはもう秋の夕暮。
次第に薄暗くなり、家路につく大人に手を引かれる子供たち。
儚げに鳴く虫の声に、しみじみとした淋しさを覚えた。


大通りを歩いてみる。


立ち並んだ呑み屋へ入る団体、道端で談笑する人々。
両親の手を取る子供の姿もある。

皆一様に在るべき場所に身を置いている、そんな捻くれた妄想までもが頭を過る。
居心地のいい場所、誰もが持っているはずなのに。

明かりの灯り始めた電燈や提灯は、まるでこの荒んだ心を招いているようだ。


――――私の居場所って、どこにあるんだろう。


夕飯時のいい匂いが鼻孔を掠め、人の流れに逆らい脚を彷徨わせる。
ふと顔を上げると、此方へと向かう中に見慣れた影があった。
無意識に立ち止まる、自然と目が離せなくなる。



「……あれ?おーい、サクラちゃん!」



歩いてくるのは、ナルトだった。

若干薄汚れた出で立ちに、任務帰りだということが見て取れる。
しかし疲労を一切感じさせない辺り、やはりいつもの明るい彼だと感心した。


「………ああ、おつかれさま」


思ったより反応が遅れてしまった事に戸惑い、わずかに目だけを逸らせる。
目の前で立ち止まった男は、黙っていれば精悍な顔をヘラっとさせた。
そのまま屈んで、どうしたのと覗き込む。


いつからだろう。
ナルトの前では、嘘も、作った笑顔を貼り付けることも、随分下手になっていた。

偽るのは無駄な事だ、そう判っているならもう構わないとさえ開き直る。
サクラは顔を上げた。


「――――ほら、一楽行くわよっ」
「もっちろん…って、えぇ!?」


ナルトは即答してから、蒼い瞳を見開いた。
きっと条件反射で返事をする性質なのだろう。
顔の広い彼の事だ、そんな事は判り切っている。


「サクラちゃんからのお誘い!?一楽でいいの!?」


彼も、居場所を沢山持っている。
それが何故か今は、羨ましかったのかも知れない。


「甘栗甘じゃなくて?」


尚も問う彼に対し、処理しきれない苛立ちが募る。
判ってる、彼に非は無い。
だが、ナルトでなければ受け止めてくれないだろう。
そのまま八つ当たりのように、感情をぶつけた。


「わたしは夜ごはんがまだなの!いいから付いてこい!」
「えぇ…っ、ハイ。それは別にいいけど…」


いつからだろう。
自分と彼の関係が微妙に変わり始めていたのは。
ここまで感情をぶつける相手は、サクラにはそう多く居ない。


「あ、あのさぁ…、これって、デート?」
「そうよ、ありがたく思いなさい!替え玉も付けてやるわ」


まるで上からの物言い、自分で自分に呆れる。
しかし女特有のガス抜きに打ってつけの相手が、彼以外に務まるとも考えられなかった。
例えば、自分の父と母みたいで、変な感じだ。


「その代り奢ってよ?自棄食いしてやるわ…っ」
「……サクラちゃん…」




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