五. この大会、ナルトは絶好調だった。とにかく身体がキレているし、ボールもよく見える。無理に引っ叩く必要もなくて、むしろボールの方からバットに吸いついてくるような、そんな不思議な感覚だった。小学校に入る前から野球をしているが、これだけ状態がいいのは経験したことがない。 「お前、絶好調だね」 センターの定位置から戻るナルトを、マウンドから下りたキバが出迎える。ナルトの首に腕を引っ掛けて、ぐいっと引っ張ると、ぐりぐりとこめかみを拳を擦りつけた。 「打てない球、ないんじゃねーの?」 先の準決勝で対戦したのは、高校時代に練習試合でも公式試合でも最後まで攻略できなかった投手だった。キレのあるスライダーに、伸びのあるストレート。球速が極端に遅い落ちるカーブが厄介で、ドラフト候補としてプロのスカウトが頻繁に球場へ足を運んでいるのを、ナルトは知っている。そんな状況は、またとないチャンスだった。もし活躍できれば、スカウトの目にも留まるだろう。視察のついでに見かけた選手がドラフト候補に上がるケースは、決して珍しくない。見るべき選手はそいつじゃなくて、オレだろうが。その気持ちをナルトは捨ててなかった。 状態は極めて良い。好投手を攻略した勢いもある。試合で気持ちよくプレーするイメージが、十分描けている。 「この大会、負けらんねーのよ」 ベンチに戻る途中、内野席に目を凝らすと、あの人がいた。会釈をすると、彼女は軽く頭を下げてほのかに笑った。まだ名前も知らないが、この試合に勝ったら、聞いてみようと思う。 「今日、勝つぞ」 今度は、視線を外さない。たじろぐ様子が見受けられたが、気力が充実しているからか、オレんこと見ててください、という思いを眼差しに込めることができた。 「バッカ、負けるつもりで試合するわけねーだろ。また優勝旗、持って帰ってやんよ」 優勝ってのは、何度味わったって飽きることのない無上の喜びだ。ガンガン盗塁を仕掛けて、ホームランも打って、打点王。個人成績も、申し分ない。これで満足しているわけではないが、大きな大会で結果を残せたのは、冬の基礎練や来シーズンへの強いモチベーションに繋がる。 喜びに沸いているチームメイトの隙間を縫って、監督に「昔の仲間が上京してるんで」と嘘を吐き、ベンチを抜け出した。裏通路からスタンド内の階段を、石段練習ばりの速度で思い切り駆け上がる。たしか、ここらへん。スタンド入り口を出て、きょろきょろとあたりを見回しながら階段を下りていくと、誰かと話しているあの人の背中が見えた。もしかして、自分を待っていてくれたんだろうか。座心地がいいとは決して言えないプラスチック製の椅子から早く解放したくて、駆け足になる。 「あ、あの!」 声を掛けると、隣に座っている女の人も一緒に振り返った。キバが言っていたスゲー美人だ。 「私、ここで待ってるから、話してきたら?」 「あ、そうしよっかな。ちょっと移動しようか」 「サーセン!」 気を効かせてくれた美人さんに一礼してから、帰りの客に迷惑にならないよう、人気のないスタンド内廊下まで移動した。 「優勝おめでとう!大活躍だったね!」 嬉しそうに微笑む彼女の顔を真正面から見れなくて、思わず顔を伏せてしまう。 「……ありがとう、ございます」 一音一音を大切に発音して、ペコリと頭を下げる。 「これは、お祝いしなきゃね。ご馳走するよ。食べたいもの、何かある?やっぱり焼肉かな?」 思ってもみなかった申し出だった。球場まで足を運んでくれただけでも嬉しいのに、まさかのメシの誘い。一生分の運を使い果たした気分だった。来シーズンは大丈夫かと、不安にもなる。 「外食って、ダメなのかな?スポーツ選手って、ご飯が大事って聞いたことあるし」 「や、それは全然問題ないっす!外出届出したら、外で食えます」 寮生活は厳しい制限がある。誰もが使い方に迷う貴重な外出届だが、女もいないナルトにとっては仲間と一緒にメシに行くぐらいしか使い道がなかった。外泊届など、一度も出したことがない。 「でも、焼肉は……えっと……その」 「無理にとは言わないから。もしよければっていう話」 こうなったら、白状しよう。葛藤は残るが、断腸の思いで誘いを振り切る決心をする。 「……オレ、めっちゃくちゃ食うんで、ダメっす」 「じゃあ、食べ放題でいいじゃない」 「……え?」 「大学の近くに、なんとか牧場ってあるでしょ?あそこで、」 「い、いいんすかッ!?」 食い気味に声を被せれば、彼女はきょとんとした顔をした後、おかしそうに笑った。きっと滑稽に映っただろうが、そんなことを気にする余裕はなかった。 「よければ、だけど」 「チョー嬉しいっす!やったあ!」 「いつがいいかな」 「オレは!いつでも!大丈夫です!あの、合わせるんで!ほんと、いつでも……」 「えーと、今度の月曜日が休みなんだけど、」 「その日でお願いします!」 駅前に、19時集合。話は簡単にまとまった。もっともっと話していたかったが、そろそろ合流しないと、こっぴどく叱られる。名残惜しさに身も心も引きちぎれそうだったが、慌しくその場を辞した。スパイクをガチャガチャ鳴らして通路を走っている途中、はたと気がつく。すっかり舞い上がってしまって、勝ったら絶対に聞こうと心に決めていたのに、あの件について触れるのを忘れてしまった。 「また名前、聞けなかったってばよ……」 自分の間抜けさに膝がガックリ折れそうになるが、それをなんとか堪えると、主将の怒鳴り声を浴びないように急いでロッカーに戻った。 2015/1/19
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