つぼみの頃



つぼみの頃




   二十一.


 女の一人住まいに、男の荒い息が響く。焦ったように、あるいは悲壮感さえ漂わせながら、ベッドに押し付けた身体を乱暴にまさぐり、身じろぎひとつ許さない。どんどん服は脱がされていって、下着が強引にずらされた。
「……待って、勉強、終わってから」
 テーブルに広げられたノートの上には、シャーペンが無造作に転がっていて、紅茶はすっかり湯気が薄くなっている。今日は前期のはじまりを見越して、テストをすることになっていた。本当は毎回終わった後に小テストを準備できればいいのだが、仕事と並行して作業をするのは難しく、限られた時間を小刻みに使ってようやく一枚だけ用意することが叶った。家庭教師をやってた頃に培った知識を総動員して、高校入試レベルに手が届くかどうかというラインを探りながら形にした、手作りのテスト。ちょっとでもやる気を喚起させようと、素っ気ないプリンタの印刷ではなく、問題も回答用紙も手書きだった。そんなサクラの努力が、今、踏みにじられようとしている。
「ねえ、待ってって、言ってるでしょ」
「やだ」
「やだって……あのねぇ、ちょっ、」
 この日、ナルトは強引にサクラを求めてきた。飽きられるよりずっといいのだが、自制心を失って歯止めが利かないその姿には面を食らったし、突然の豹変振りに狼狽している。部屋に入るなり覆いかぶさってきた瞬間、自分の身に何が起こったのか理解できなかった。初めて知った欲の味が忘れられないのか、まるで余裕がない。先のホワイトデーでは、この部屋で穏やかに心を通い合わせたのに、今はそんな気配は微塵も感じられない。もう止まらないことを悟り、抵抗するのをやめて、ナルトの背中に手を回した。




 もそもそと服を着てから、あからさまに気まずそうなナルトの手を引いて、床に座らせる。目を合わせることなんて、とてもじゃないができないようだった。溜息を飲み込んで、何か理由があるのかと探りを入れる。
「何か、あったの?」
「……別に、何も」
 試合で面白くないことがあったとか。寮暮らしが辛いとか。そういう話であれば、今日は勉強を中止してナルトに寄り添うことも考えていた。自棄になっている節がそこかしこに見られたし、いつものナルトではないと冷静に分析をする自分がいた。ナルトもサクラに何をしたのかわかっているようで、返答は歯切れが悪い。
「ないってことはないでしょ?」
 少しだけ、踏み込んでみる。ここで引いてしまったら、きっと同じことが繰り返されるだろう。サクラはもっと建設的に二人の関係を考えたかったし、さらにいえば未来を見通したかった。だからこそ、自分の内面を晒そうともがいている。
「言ってみて。力になるから」
 何を問いかけようが、ナルトはそっぽを向いたままだ。意固地が壁を作って、付けいる隙はなさそうだ。ここまで厚意を邪険に扱われると、サクラだって面白くない。
「あくまで勉強するのが目的なんだから、こういうことがしたかったら、勉強を先に済ませなさい」
 いつになく強い口調に、ナルトは一瞬怯んだ様子を見せた。
「ファミレスに戻ろうか?」
「……そんなの、つまんねってばよ」
 可愛くない拗ね方にカチンとくる。そもそも短気なところがあるので、一気に心はささくれ立った。それでも、どうにか自分の感情を押さえ込んで、ナルトを諭そうと試みる。
「私だって、つまらないわよ。どうせなら二人で過ごしたいし、その方が私だって嬉しい。だから、部屋に入れているの」
 ムスッとしたまま、ナルトは何も返さない。なんだって、今日に限ってこんなに頑固なのか。サクラの忍耐も、そろそろ限界だ。部屋の空気は険悪で、苛立ちが充満している。
「勉強ができないなら、水曜日に会う意味ってある?ないでしょ?教科書、出して」
 ナルトは教科書どころか、バッグに手を伸ばす気配がない。溜まるばかりの鬱憤を声に乗せて、思い切りぶつける。
「ねえ、どうしたいのよ!」
「……そんなに、うまくできねぇ」
 ふてくされた口元から、捻ねた声がこぼれ落ちた。
「オレは、初めて付き合った女の子がサクラちゃんだから、そういうの、うまくできねぇんだ。そっちは慣れてるかもしんねぇけど、」
 続きは聞きたくないとばかりにちゃぶ台から乗り出して、バシンと頬を引っ叩く。呆けた顔が、ゆっくりとサクラに向けられる。この子は、つまらない嫉妬をしている。かつてサクラが付き合った男の影に、焦燥を募らせている。そんなの、努力じゃ埋まらない。そんなの、今更どうしようもない。歩み寄ろうと思った自分がバカだった。怒りはたやすく頂点に達し、サクラは勢い任せに言葉を吐いた。
「私が今まで付き合った男の数が聞きたいの?5人?6人?それとも10人以上かな?どう言えば気が済む?」
「そ、そんなこと、言って……」
「そういうことなのよ!付き合った人はナルトが最初で、男なんて知りません。そういう言葉が欲しいんでしょ?勝手に夢見て裏切られた顔しないでよ!この家から出て行って!二度と来ないで!」
 ナルトを部屋から追い出すと、引っつかんだコートとバッグを続けざまに外へ放り投げ、最後にスニーカーをコンクリートの地面に叩きつけてバタンと乱暴に扉を閉めた。ドンドンドン!とけたたましく扉は叩かれるが、サクラは知らぬ存ぜぬで、カップを片付ける。そのうちに、音と音の間隔が長くなり、トン、トン、と力なく途切れていく。やがて階段を下りる音が心細く響いた。
「私だって、うまくないわよ……」
 積まれた雑誌の間に挟まれた手作りのテストは、くしゃりと丸めて、ゴミ箱捨てた。




2015/3/18




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