いるだけで嬉しい



いるだけで嬉しい

アメフラシ/sako



 今日、二十歳になった。
 ナルトは部屋のベッドにごろりと寝転がりながら、昨日までの自分と何が変わったかを考える。おおっぴらに酒が飲めるのは、歓迎すべきことだ。昨夜はいつもの連中と酒場で集まり、日付が変わると同時に大宴会へと突入した。十月ともなると酒が飲めるようになった同期も増え、どんちゃん騒ぎをするきっかけに使われたのだ。それでも、気心の知れた奴らに祝われるのは嬉しかったし、何より楽しい酒だった。
「ま、吸うか吸わないかは別として、二十歳の区切りってやつだ」
 そう言ってシカマルは、煙草の上にライターを重ねてナルトに渡した。特に吸うつもりはないのだが、これからは公共の場で煙草を吸っても、誰に咎められることもない。できないことができるようになるのは、気分が良い。結局、煙草の箱は開けられることなく、明け方に宴会は解散し、連中とは店の前で別れた。
 肌寒い風に身を震わせて、まだ薄暗い空の下、ナルトは帰路に着いた。今日は、何をしようかな。サンダルの踵をざりざりと滑らせながら歩いていると、暗がりからスッと伸びる手によって、路地へと引っ張り込まれた。酒が抜け切っていないとはいえ、上忍の隙を突くのだから、並みの相手ではない。
「昨晩は楽しんだようだな」
 聞き覚えのある、その声。路地に佇んでいるのが、この里で一番のお偉いだとわかった時の脱力感は、言葉をいくら尽くしても、絶対に伝わらないだろう。
「今日は、私がいいところに連れて行ってやる」
 綱手はニィッと笑いながら、がっしりとナルトの腕を掴んだ。そのまま大門を出ようとする背中に、「許可取ってんのかってばよ」と問えば、「今、私が許可する」と型破りな五代目火影は即答した。
 まさかな、と危惧したとおり、到着したのは街道沿いの大きな賭場だった。朝っぱらから威勢の良い声が響き渡り、丁だ半だと客が騒いでいる。確かに今日からは、こういう場所にも大きな顔で出入りができる。賭場の木戸を潜り、換えた木札を手に持って、畳の上に胡坐をかく。丁半博打のルールなんてろくすっぽ知らないというのに、適当に丁だの半だのナルトが言えば、勝手に木札がごろごろと集まってきた。ナルトのバカヅキっぷりに血相を変えたのだろう、仕切り屋は、今までの賭け分をひっくり返す大勝負を吹っかけてきた。それに乗らない綱手ではない。諸肌を脱いだ壷振り師が、清めの酒を手にプッと吹きかけ、一世一代の勝負。だが、忍の眼と耳は敏感だった。忍相手に手妻をやる壷振り師がまだ生き残っていたのかと、綱手は豪腕を振るい、畳に大穴を開けた。後の顛末は思い出したくもない。
 ああ、すっきりした、とげらげら笑う綱手と共に里へ戻ると、大門の前ではシズネが悄然とした姿で立っていた。綱手の顔を見るなり、怒りと安堵の間で揺れていたようだが、最終的には後者が勝った。綱手をシズネに引き渡した後、一楽で腹ごしらえをし、今度こそ自宅に辿り着くと、慣れない酒で気だるい身体をベッドに倒れこませた。起床は、まさかの午後四時。丸々時間を潰した格好になる。



 以上が、十月十日になってから、これまでに起こった出来事だ。
 大の字に寝転がったベッドの上、こてりと顔を横たえる。視線の先は玄関。物音ひとつしない。昨日から散々っぱら騒いだ余韻が残っているのか、静けさが染みる。
「サクラちゃん、どうしてっかな」
 三日前から、サクラは里を空けていた。節目だから祝って欲しい、なんてことはさすがに思わないが、単純に会いたいと思う。そこに理由はない。サクラは、そこにいるだけで嬉しい存在だ。置物みたいな言い草だが、ナルトにとってはそれが真実で、揺るぎのないことだった。
 酒場で渡された煙草をあけて、一本咥える。ライターを構え、先端に火をつけようとして、やめた。口の端にぶら下げているだけでも、匂いが鼻に届いてくる。煙を肺に入れたところで、むせて終わりだ。第一、この家には灰皿もない。先端を遊ばせながら、ぼんやりと天井を眺めた。
 こん、こん。
 窓ガラスを叩く音に、任務の呼び出しかと思って顔を向けると、鍵を開けろと身振り手振りで合図をしているサクラと目が合った。がばりと跳ね起きて、窓を開ける。
「ちょっと聞いてよ、木ノ葉丸のヤツ、じゃんけんで負けた方が報告書提出って決めたくせに、いざ自分が負けると『三回勝負だコレ!』とか言い出すんだもの。解散前に少し揉めちゃったわよ。あー、腹立つ!っと、今何時!?」
 サクラは目の前にあるナルトの顔をぐいっと手のひらで追いやり、ベッドサイドに置いてある時計を確認する。
「四時半!よし、目標通り!あんた今日、誕生日でしょ?夜って、予定空いてる?」
「へ?」
「誰かと約束してるのかって聞いてんの」
「や、してねえけど」
 唇を動かすたび、表皮にくっついた煙草がふらふらと揺れる。
「そ。じゃあ、七時……いや、待って、六時半にしよう!家まで迎えに行くから、どっかご飯、考えといて。じゃあね!」
 一方的に捲くし立ててくるサクラに面を食らい、ナルトは返事もできずに突っ立ったままだ。
「あ、そうそう」
 くるりと振り返り、口に咥えた煙草を取り上げると、唇をトンと重ねてから、手にしたそれをナルトの右耳にすっと挟み込んだ。
「煙草は似合わないからやめたら?あと、誕生日、おめでと」
 ぽんぽん、とナルトの頭を軽く叩いて、今度こそサクラは帰っていく。嵐が去ったような気分だ。
「口寂しいとか思われたかな」
 がしがしと頭をかきながら、ナルトは呟いた。耳に挟み込まれた煙草は、箱の中へ戻すとしよう。窓を開けっ放しにして、部屋の中に戻る。待ち合わせは七時ではなく、六時半。一瞬で見せた苦悩の表情から察するところ、貴重な三十分を自分にくれたのだろう。だとすれば、サクラがこの部屋に立ち寄っても文句を言われないように、放り出された雑誌やら衣服やらを片付けるのが得策だ。「よし、やるか!」と気合の声を入れると、ナルトは部屋の掃除に取り掛かった。






【コメント】
ナルト、誕生日おめでとう。二十歳の節目を、同期や綱手のバァちゃんに祝われてる姿を想像すると、胸が熱くなります。





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