幸せ漬け



幸せ漬け

50:50/鬼灯 杏様



『好きな人ができたら、最初は逃げてご覧なさい。
男の人ってのは、追いかけたくなる性分だから、それで気を引くことができるわよ。
女ってのはね、思うより思われる方が幸せになれるんだから。』

そう、子供の頃、お母さんに教わった。
でも、私が好きになった人は、逃げたら絶対に追いかけてくれる様な人ではなくて、逆に私が追いかけるしか無かった。
それこそもう、少女時代の青春全部かけて追いかけた。

そして、好きじゃないと逃げてた相手から、ずっと熱烈なアピールを受けていた。
最初は鬱陶しいほどに、そしていつしか包み込むように。
それこそもう、私の初恋と同等期間以上をかけて、私のこと見つめてくれていた。
そしていつしか、その眼差しが、自分以外に向いて欲しくないなと思うようになった。

結果的にお母さんは正しかったのだ。
私は今、幸せなのだから。


・・・・・・・・・


「お母さんは、どうしてお父さんと結婚したの?」

すっかりおしゃまになった長女がそう訊ねてきたのは、夕飯の仕度が一段落ついたときだった。

「そうね〜。お父さんが諦めないド根性で追いかけてくれたからかな?」

今思うと本当にそう。
ナルトの気持ちを邪険に扱った下忍時代。
サスケ君を追いかけるのを止めて欲しくて、嘘でナルトの気持ちを踏みにじった中忍時代。
それらの過去が負い目になって、ナルトを好きになる資格は無いんだと逃げていた上忍時代。
ナルトが追いかけてくれなかったら、とてもじゃないけど今のような状況にはならなかった。

「え〜?じゃあ、お母さん、お父さんのこと好きじゃなかったの?」
「んん〜そういう訳じゃ無いんだけど、恋をする相手の対象外だったって言うか…。」

ここで素直に「好きじゃなかった」と言えば、おそらくナルトに筒抜けになるだろう。
それが容易に想像できたので、そこは敢えて違う形で返答した。

「手のかかる弟みたいだったのよ、子供の頃のお父さんって。」
「おとうと〜??」

赤ちゃんベッドでわきわき動いている弟を見ながら、長女は納得出来ないと疑問を飛ばした。
でも、本当にそうだった。
当時のナルトは、私の前でカッコつけようと張り切っていたけど、そんなところも含めて子供っぽくて、ますます恋愛対象からは遠のくばかりだった。

「そう思うと、ずーっと長い間、お父さんのことを恋愛対象って思ってなかったけど、家族みたいには思ってたのね。」

馬鹿やらかす度に叱って、それでもなんか嬉しそうにしてるから呆れて、自分だったら好きな人にこんなこと言われたらショックで立ち直れないのにって不思議で仕方なかった。
児雷也様と修行の旅に出る時、その不思議をナルトにぶつけてみたら、アイツは笑いながらこう言った。

「だって、ちゃんと叱ってくれんだもん。無視されるより全然嬉しいって!」

その言葉がショックで、私はうっかり泣きそうになった。
おどけたように「サクラちゃんってば、怒った顔も可愛かった!」って言うから、バカって返したけど、無視されることが基本ベースになっているナルトを絶対に変えてやりたいって思った。

ああ、そうか、それが理由だ。

好きになったのは、確かにナルトの愛情の深さを知ったからだったけど、結婚したいと思ったのは、自分がナルトを幸せにしたいと思ったからだ。数多の人が持っている『当たり前』を「幸せだ」と笑うアイツを見ていたら、幸せ漬けにして『当たり前』にしてやりたくなった。

「恋と結婚は別物って言うけど、恋が愛になった時、人は結婚したいって思うのかもね。」

思わずふふっと笑った私に、長女は首を捻った。
その頭を撫でながら、自分とナルトの面差しが混じったあどけなさに、改めて自分たちの子供なんだなぁと実感する。

「結婚するなら、幸せにしてくれる人よりも、自分が幸せにしたいって思う人を選びなさい。 そしたらもっとうんと幸せになれるから。」

「結婚なんてまだ早いってばよ…!」

不機嫌そうなその声が、どこからともなく降りてきた。
「あら、おかえりなさい。」
「ただいま!……つか、なに結婚の話なんかしてんの!まだまだ嫁になんて出さねぇぞ!!」
すっかり親バカの長女ぞっこんになった里の英雄は、里長の証である羽織を脱いで、ただのうずまきナルトに戻ると、長女を抱き上げておかえりなさいのチューを強請った。
それが『当たり前』になっていることに、本人は気付いているのだろうか?

「一生父ちゃんと一緒にいるんだもんなー!」
「なー!」

そんな現実不可能な約束を交わしては、満足そうに笑う。
将来それが反故になった時、そこんとこで「諦めないド根性」は発揮しないで欲しいな〜と密かに私は案じている。

「この子に好きな人でも出来たら、ナルトはショックで倒れちゃいそうね。」
「やめて!そんなホラーなこと言わないで!」

顔を真っ青にして頭を振るナルトに、十数年後に訪れるであろう幸せ漬けにした弊害を想像させた。その憤怒を受けるであろう未知の人物に、心の中で密かに詫びる。
果たしてその人は生きて長女を奪取できるであろうか?
ナルトと同等の忍びなど、この世にはたった一人しかいないというのに。

「好きな男の人なんていないよな〜?つか、一番好きな男の人は父ちゃんだよな??」

必死扱いて長女のご機嫌を取る情けない姿に、下忍の頃のナルトが重なる。
数年かけて築いてきた格好良さが、あっという間に台無しだ。

「んーっとね、んーっとね、一番好きなのはね、サスケお兄ちゃん!」

朗らかな長女の宣言に、私もナルトも固まった。

まさかの「たった一人」をピンポイントご指名。
長女に懐かれて困ったように笑う彼の姿に、二人して泣きそうになったこともある。
よもやそんな感情を抱かれているとは、彼とて思いも寄らぬであろう。
なんたって彼は、私が青春時代を全部投じた初恋の相手であり、同じくナルトが青春時代を全部投じて追いかけた憧憬の相手なのだ。

ああ、恐るべしDNA。



数日後、ナルトに「オレに勝たない限り、嫁になんてやんねーぞ!」と喧嘩を売られたサスケ君が、「アイツの言っている意味が心底分からん」と私に報告に来るのだけど、その膝に長女が収まっていて、帰宅したナルトはその光景に、尾獣モードで怒髪天になるのだった。



END






【コメント】
「73≒LOVE」企画ありがとうございます!
皆様のナルサクを拝見できるのが今から楽しみでなりませんv
ナルサクは姉弟みたいで気が置けない感じが非常にかわいくて、ポニテで治療するサクラちゃんを「かっこいい」と惚れ直したり、ナルトの諦めないド根性に「ありがとう」って感謝したり、燃え上がる恋ではないけど、ちょっとづつ積み重なっていくのが、なんかいいな〜って思っております。そんなナルサクの末席に加わりたくてこの企画に参加させていただきました。少しでもナルサクの皆様に楽しんで頂けたら嬉しいですv
ナルトとサクラの子供なら、初恋はサスケだろうな〜と思ってしまう七班クオリティ。