君のとなりへ



君のとなりへ

黒ぶた様



 いつも約束を守ってくれた彼。
 いつもとなりにいてくれた彼。

 だから、今度は私ががんばる番。
 そう思って、今度は私から動いたの。






 第四次忍界対戦が終戦し、五年の月日が流れて。かつて万年ドベと言われていたナルトは下忍から上忍まで一気に階級を駆け上って、時期火影に内定していた。
 この里のものになってしまう前に、どうしても伝えてしまいたい気持ちがあった。自分が知らない内に……だが、確かに育っていたこの想いを。

 “木ノ葉隠れの里の六代目火影”ではなく、“木日ノ葉隠れの里のうずまきナルト”へ。

 サクラはナルトの自宅のドアを叩いていた。ナルトが長期任務から帰って来たのと小耳に挟んだのだ。
 任務帰りで疲れているはずなのに、ナルトは快くサクラを招き入れてくれた。
 お湯を沸かしてくれるナルトの背中を見つめて、ダイニングチェアに腰かけたサクラは深呼吸を繰り返した。ティーバッグが入ったマグカップにお湯を注いでサクラの前に置いてくれる。
 一口お茶を飲んで落ち着こうとマグカップに手を伸ばしたサクラは自分の指先が震えていることに気がついた。
 彼を目の前にして、緊張で震えるなんてことこれが初めてだ。

「ナルト……好きよ」

 ナルトが向かいに腰かけたのを見計らって、ありったけの勇気を振り絞ったサクラは自分の想いを告げた。
 サクラの突然の告白を聞いたナルトはしばらくポカンとした後、笑った。

「オレもサクラちゃんのこと大好きだってばよ」

 ナルトの返事は友愛そのもので、サクラが伝えた恋愛感情に対してではなかった。
 眉尻を下げて困ったように笑うナルトにサクラの心臓は凍りつく。

 何故、サクラの気持ちはナルトには届かないのか。

 答えは簡単に見つかった。サクラには五年前ナルトに対して嘘の告白をした前科がある。あの時は、ナルトを縛り続ける約束を帳消しにするためについた嘘だったけれどナルトにはすぐ見破られて怒らせてしまった。
 さらに、ナルトの中では“春野サクラはうちはサスケに恋している”図式が不動のものになっている可能性が非常に高い。サスケへの初恋は、サクラの中できっちりと決着がついていたけれどナルトにそれを伝えたことはなかった。
 それにしたって、まさかサクラの告白を恋愛感情として受け止めてもらえないとは思ってもみなかった。
 恋心を砕かれたサクラの心境など露知らず、ナルトは今回の任務の内容について(もちろん、機密情報には触れない差し障りのないものだ)無邪気に話していた。それに適当に相槌をした後、サクラは呆然としたままナルトの家を後にしたのだった。



◇◆◇◆



 持ち前の鈍感さを遺憾無く発揮され、ナルトに振られたサクラは落ち込んでいた。だが、時間が経てば徐々にあのニブチン野郎に怒りが込み上げてくる。
 妙齢の女が、これまた妙齢の男の家に上がって「好きだ」と伝えたのに何故それが友愛になるのだ。そんなわけがないだろう。

「今晩ちょっと付き合ってくれない?」
「……長期任務から帰って来た人間に容赦無しだな」

 火影邸に任務の報告書を提出に来ていた第七班の班員を捕まえて、飲みに誘う。
 彼、うちはサスケはサクラの初恋の相手だった。満身創痍になりながら、何度も心折れそうになりながらも、サクラはナルトと共にサスケを連れ戻した。声を張り上げて自分たちの気持ちを叫び続けた。そうして彼が里に戻って来た時に気づいてしまったのだ。サスケに向かう気持ちは特定の異性に対する慕情ではなく、大切な仲間に対する心底の安堵感に変わっていたことを。それに気付いた時、自分の恋心がまばゆい金色に向かっていたのだとようやく自覚したのだった。
 今のサスケは、サクラにとってかけがえのない仲間の一人だ。
 木ノ葉の里に戻ったサスケは一定期間の禁錮刑に処された後、ナルトと共に下忍から上忍へ駆け足で昇格し、今や次代火影の次席補佐官候補だ。他国や大名との橋渡しのために多忙を極め、最近では里にいることの方が少ない。
 サクラの誘いを受けたサスケは迷惑そうな顔をしながらも、根は律義で何だかんだ言って優しい彼なのでサクラに付き合ってくれることはわかっている。そして聡いサスケのことだからサクラが何故飲みに誘ったのかも察しはついているはずだ。
 一度家に戻り、汗を流して着替えて来るというサスケと十九時に酒酒屋で待ち合わせになった。

「何っで乙女心がわかんないのよあのウスラトンカチは!」

 机に叩きるように置いたピッチャーからビールが飛び散るのも気に留めず、サクラは大いに鬱憤をぶちまけた。
 いつもよりピッチが速いサクラだが、向かいに腰かけたサスケは止めなかった。自分のことを棚に上げて愚痴りまくるサクラに付き合ってくれている。

「アイツは鈍いぞ、サクラ」
「そんなの昔っから知ってるわ。だから、がんばって告白、したのに……」

 振られる前に振られてしまった。気持ちを理解すらしてもらえなかった。叶わない恋ならせめて、ちゃんと恋として終わらせたかったのに。

「アイツは“自分に向けられる好意”に特に鈍い。お前だってよく知ってるだろう?」

 今でこそ四代目火影の息子として、里を救った英雄として、第四次忍界対戦を終戦に導いた救世主として人々から慕われているナルトであるが、過去は彼の臍に封印された九尾のことでひどく迫害されて生きてきた。
 その名残なのか、ナルトは人から向けられる好意に滅法鈍いところがある。幼い頃から育んてきた友情や師弟愛にはそうでもないのだが、色恋沙汰になるとからきしだ。
 忍としての実力はもちろん、成人して顔つきに精悍さが増したナルトは端正な顔立ちの父ミナトの面影が色濃く現れてきた。今や里の女子の人気を二分するほどになったというのに、恋人ができたという話は一度も聞いたことがない。
 ナルトにアタックしてきた女子達曰はく、彼には恋の駆け引きやテクニックが一切通用しないという。
 だからこそサクラは直球でナルトに好きだと告白したのだ。その甲斐もむなしく、結果は見事玉砕。めでたくナルトに振られた同盟の仲間入りである。

「鈍い鈍いとは思ってたし、知ってはいたけどまさかここまでとは思わなかったわよ!」
「……それでどうするんだ?」
「どうするって……」
「諦めるのか?」
「…………………」

 サスケに問われてサクラは押し黙る。今回、サクラの背中を押してくれたのは他でもない、今目の前でグラスを傾けているサスケだった。
 親友であるいのですらサクラの気持ちが誰に向いているのか気づいていなかったというのに里に戻ったサスケに「お前、ナルトのことが好きなんだろ?」と指摘された時は心底驚いたのを覚えている。
 サスケに言われたのだ。「ナルトは鈍いから、言わないと伝わらない。アイツが火影になったら、“仲間”のままではプライベートで顔を合わせる時間は少なくなる。お前はどうしたいんだ?」と。
 ナルトへの恋愛感情を自覚していたサクラは少しでも彼を独占したいと思った。だから、“仲間”という関係を捨ててでも、想いを伝える覚悟を決めることができたのだ。

「オレが知ってる春野サクラはもっと根性がある奴だと思ってたんだが。たった一度くらいで諦めるなんて里を抜けた仲間を何年も追い続けた奴と同一人物とは思えねえな」

 ぶっきらぼうながら、サスケが「諦めるな。好きなんだろう?」と言ってくれている。わかりにくいこの優しさに本気で恋焦がれていた少女時代を思い出す。
 あの頃は、いくらサスケにつれない態度をされても諦めなかった。まっすぐ、彼のことが好きだった。ただただがむしゃらで、ひたむきで。彼に振り向いてもらえるように一生懸命だった。

 ああそうか、とサクラはようやく吹っ切れた。
 ナルトに伝わらないのなら何度だって言い続ければいい。こちらの想いの種類と深さがちゃんと伝わるまで何度も何度も何度だって。
 ナルトはいつもサクラのとなりにいてくれた。心ごと、サクラのことを守ってくれていた。
 だから今度は、サクラが頑張る番なのだ。

「……誰が諦めるもんですか。サスケ君も知ってるでしょ? 私の一途さ」
「――ああ」

 いつもの調子を取り戻したサクラに、サスケは満足そうに口の端を上げた。



◇◆◇◆




 会計を済ませ、店の外に出て人気の少ない街道を歩いているとサクラは突然サスケに強く手を引かれた。
 なんと、サスケの端正な顔がサクラの目前に迫っているではないか。このままでは唇が重なってしまう。

「……ちょっ……」

 いきなり何の冗談かと思ったがサスケは本気だった。いつの間にか腰に手が回っている。さっきまでサクラの恋路を応援していたとは思えない変貌振りだ。

「待って! サスケ君、嫌だ止めて!」 
「サクラちゃんに何やってんだ!」

 サクラがサスケを拒絶するのと、サクラの腕が思いきり引っ張られたのはほぼ同時だった。

「……ったく、やっとか」

 サスケは呆れ交じりに呟くと呆気なくサクラの身体を解放した。

「……ナルト……?」
「…………」

 サスケからサクラを引き離したのは、ひどく仏頂面をしたナルトだった。

「俺が呼んだ。いいか、お前ら。いい加減腹をくくれ」

 何でナルトがここにいるのかサクラが尋ねる前にサスケが答える。

「おいサスケ! お前サクラちゃんが嫌がることするなんて何考えてやがる!」
「どっかのウスラトンカチに発破をかけてやっただけだ」
「は?」

 意味がわからないとわめくナルトは無視し、サスケはサクラに「じゃあな」と言ってさっさと退場してしまった。
 サクラはサスケの背中を見送ってから、横に立つナルトを見上げる。さっきのサスケらしからぬ行動は彼からのお膳立てなのだろう。それにもう一度勇気をもらったサクラはナルトに向き直った。

「何なんだよアイツ……サクラちゃん置いてってさぁ。なあサクラちゃ……」
「ナルト、話があるの。聞いて」

 殊の外、固い声になってしまった。サクラのただならぬ雰囲気にナルトは目をぱちくりしながらも「わかった。聞くってばよ」とサクラの話の続きを促してくれる。

「私がこの前アンタに『好き』って言ったの覚えてるわよね?」
「もちろん! 面と向かってサクラちゃんからそう言ってもらえたの初めてだったし、嬉しかった……」
「ごめん、違うの。アンタが思ってる好きと私の好きは違うのよ」
「違う、って……」

 ナルトが傷ついたような顔をする。違う好きイコール好きじゃなと思っているのかもしれない。

「仲間とか師弟とか……たくさん繋がりが出来たアンタにもう一つ、作ってあげたい繋がりがあるの」

 そう、サクラが持つ“好き”はもっと深くて強いものだ。

「家族」
「……へ」
「私、アンタに血の繋がりがある家族を作ってあげたいの。私じゃアンタの親や兄弟にはなれないけど、違うものならなれる。……いくら鈍感なアンタでもこの気持ちが仲間とか、友だちとしてじゃないってわかるでしょ? そんな風に、私はアンタが好きなのよ」

 サクラの言葉を反芻して、ようやく理解したのかナルトはあっという間に首まで肌が赤くなった。

「サクラちゃんは、ずっとサスケが好きだったんだろ……?」
「そうよ。でも気づいたらアンタのことを好きになってた。サスケ君への気持ちは私の中ではとっくの前に蹴りがついてたの。言ったことはなかったけど」
「聞いてないってばよ!」

 声を荒げたナルトは両手で顔を覆ってその場にしゃがみ込んでしまった。ナルトの様子を見るためにサクラも膝を折る。

「オレってば、火影になるのが小さい頃からの夢だった」
「……知ってる」
「それは、もうすぐ叶う」
「そうね」
「ただでさえ火影になる実感なんてないのに、その上ずっと好きだったサクラちゃんがオレのことをす、好きだって言ってくれるなんて……全部夢だったらオレ、もう二度と立ち直れねーよォ……」

 絞り出すように紡がれた声は、いつもまっすぐ前を向いている彼とは別人なほどにひどく弱々しいものだった
 ナルトの気持ちはわからなくはないが、サクラが聞きたいのはそういう弱音ではない。いや、聞くつもりがないわけではない。だがしかしこちらは一度粉々に砕かれた勇気を再び奮い立たせて告白したのだ。もっと他に返す言葉があるはずだろう。
 イライラはピークを通り過ぎ、感情の大爆発を起こした。
 ――気づいた時には、自慢の怪力を込めた拳をナルトの鳩尾に叩き込んでいた。

「しゃーんなろー!!」
「ぐっほォ!?」

 木端の如く吹っ飛んだナルトは五十メートルほど先で大の字になって動かなくなった。内心やってしまったと思いながらサクラはナルトに駆け寄る。
 ナルトを見下ろせば、痛みに腹部を押さえてはいるものの元気そうだった。

「……ホラ、痛かったでしょうが。夢じゃなくてよかったわね」
「そうだけども……うぅ、今の衝撃で九喇嘛が気絶したってばよ……」

 ゆっくりと上体を起こしたナルトにサクラは目を据えた。今度こそ、サクラの気持ちに答えをもらうために。

「……で?」
「……へ?」
「アンタ、とぼけるのもいい加減にしなさいよ! 今度は大陸の果てまで殴り飛ばすわよ!」
「わーッ! ごめんなさいごめんなさい! でも本当に何のこと!?」

 本気で慌てるナルトにサクラは肩を落とす。殴られたショックでサクラの告白まで吹っ飛んでしまったというのか。

「私のこと、どう想ってんの?」

 一体何度伝えればちゃんとした返事がもらえるのだろう。半ばヤケになりながら、サクラはもう一度ナルトの真意を問いかけた。
 ナルトはくしゃりと顔を崩して笑った。照れくさそうにしながらも喜びを噛みしめた心からの笑顔だった。

「大好きに決まってんじゃん。俺は昔から、こらからもずっとサクラちゃん一筋だ」

 涙が膜を張って視界がゆらりと揺れる。その胸に飛び込んだサクラをナルトはちゃんと受け止めてくれた。

「やっぱり幸せ過ぎて怖いってばよ……」
「何よ、こんなの序の口よ。私がもっともっと幸せにしてあげるわ」
「…………」

 またもや弱気なことを口走るナルトに活を入れてやると、それはそれは締まりの無い笑顔を浮かべたのだった。

「ヘヘッ、さっすがサクラちゃん。オレが惚れた女の子だ!」

 そう、ナルトがサクラの心をいつも掬い上げ続けてくれたように、今度はサクラがナルトを支えていく。
 互いの手を取り合って、まだ見ぬ未来をずっと一緒に歩んでいくのだ。






【コメント】
原作では基本ナルト→サクラなので、今回はサクラにがんばってもらいました。
サスケは元祖第七班として友情出演……なのに出張った。何故だ。
短時間の突貫工事で拙いことこの上ない話ですが、ナルサクへの愛はしこたま込めて書きました!
素敵な企画に参加させていただいてありがとうございます。
2013/09/22 黒ぶた






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