chuxxx





「アンタはまたこんなミスをして!!仮にも火影でしょ!六代目様なんでしょ!?もっと自覚ってものを持って行動出来ないわけ!?アンタのちょっとしたミスで小さな村なら存続危機に陥ったりするのよ!よく考えろ!!」
 もんのすごい雷が落ちた秋の一日。それはオレの誕生日。



chuxxx

君がため/山野とこ様





 忍界大戦より少し経ち、六代目火影を継いだオレに、その補佐になったシカマルは言う。
「偉くなっちまうと、周りはイエスマンばっかりになるからな。叱ってくれる人間ってのは大事だと思うぜ?オレはついそういうの面倒になっちまうし。お前にはサクラがいて良かったな」
 ああ、オレだってわかってるよ。顔色を窺われるのは嫌いだ。いいものはいい。悪いことは悪いと率直に言って欲しいと思う。でもさ、好きな子にこんな完膚無きまでに言われなくたっていいんじゃね?それも今日はオレの誕生日なんですけど?
 ホラ、よくあるじゃん。誕生日にプレゼントをサプライズ!みたいな。今朝は夢見が良かったし、もしかして今日こそ二人の関係に進展があるかも……。そんな期待をして執務室に入ったオレ。
 なのに、朝一番、挨拶前に落雷って……。
「とりあえず、アンタは今日は別室に篭って書類の書き直し!」
「各小隊への任務依頼とかは?」
「今日はシカマルが代理でやることになりました!」
「サクラちゃんは?」
「私はアンタのミスの後処理で謝罪回り!」
「えー、謝罪ならオレも……」
「アンタが行ったら余計にこじれるのよ!とにかく早く書類を仕上げなさい!!」
 取り付く島まるでなしの様相に、オレはすごすごと指示に従った。怖ぇよ。母ちゃんの怖さと、一体どっちが怖いんだろう。
 ブツブツ独り言を呟きながら、カリカリカリと書類を進める。執務室にいると何かと邪魔が入る。でも、今日はそれが全くないおかげで昼前には書類は仕上がった。字が汚いと文句は言われるだろうが内容にミスはない。多分。オレだってやる気になればやれるんだってばよ。
 で、部屋から出ようとして気付く。
「なぁんで、封印されてんだよっ!」
 今日はここから出るなということらしい。子供のイタズラへのお仕置きじゃねーってのに。
「書類はもう仕上がったってばよ!開けろよ!!」
 叫べど反応する気配は無し。
「くっそ。なんだよ、これ」
 封印術の詳細は、勉強嫌いのオレにはほとんど知識として残っていない。力で無理矢理破ろうと思えば破れないことはないだろうが、その場合、建物に損害が出るだろうし、封印を施したサクラちゃんの知れる所となる。サクラちゃんの雷レベルをアップさせるのは、出来れば避けたい。
「あー、でも閉じ込められるって嫌なんだよ、オレは!」
 閉じ込められているのに気づかなかった間は良かったが、気付いた以上、なんとしても出たくなるのが人情というもの。書類は仕上げたのだ。本来なら出られるはずだが、サクラちゃんが迎えに来てくれるまで多分このまま放置されるんだろう。
「何とかバレずに抜け出して、また戻る方法ってねーかな」
 イタズラ好きの本性がウズウズと疼く。そうだ、バレないように抜け出して戻ってくればいいのだ。どうすればいい?オレは頭を巡らす。ああ、時空間忍術で、サラッと抜け出せばいいのか。で、サクラちゃんによって封印が解かれる瞬間にオレも戻れるように術をかけておけばOKだよな。
 そしてオレはチャクラを練る。

 飛ぶ瞬間に、バチッと火花が散るような感じが一瞬あったが気付いたら、里の賑やかな通りにオレは立っていた。何だか知らないが、無事成功したらしい。飛び上がって喜びたい所をオレはグッとこらえて何気ない顔で歩き出した。だって、ここで騒いで人目を浴びたら、暗部を通してサクラちゃんにバレちまうしな。
 とりあえず腹も減ったことだし、と一楽に向かったが、残念ながら店休日。仕方がないから、別の馴染みの店に行こうと向かう。が、
「何で建物がないんだ?」
 綺麗な更地がそこにあった。
「今日はなんか運が悪ぃな」
 それに、今日は皆の視線がなんだか冷たくて痛い気がする。顔なじみの店主にいつものように手を上げて挨拶したというのに変な顔をして店の奥に引っ込まれてしまった。
「何だよ、オレ、何か悪いことでもしたかよ?」
 と、前から桃色の髪の毛が走ってくるのが見えてギョッとする。もう見つかったのか!?
 が、固まるオレの横をすり抜けるサクラちゃん。ホッとしたものの、すり抜けたそのサイズに違和感を感じて振り返る。そうしたら、なんとサクラちゃんが小さくなっていた。年齢的に5歳か6歳くらいだろうか。アカデミー入学頃のサクラちゃんが真っ赤な顔をして走り抜けて行った。服装も顔も間違いなくサクラちゃんだ。大体、あの髪の毛はそんじょそこらでお目にかかれる色ではない。何で、小さなサクラちゃんがここに?
 オレは慌てて周りを見回す。よく見れば、綱手のばあちゃんの火影岩がない。それに里の建物もどれもこれも見覚えがあるが、それは今の、ではない。そう、木ノ葉崩しやペインが来て崩される前の木ノ葉の里……。
「オレ、過去に飛んじまったのか?」
 時空間忍術は時空間を操る忍術。だから、理論的には無理ではないのかもしれない。でも、これってどうやって元の世界に戻ればいいんだよ?


と、
「デコリンのヤツ、どこに逃げやがった!」
 聞き覚えのある言葉に耳が反応する。振り返れば、なんだか見覚えのある悪ガキどもが群れていた。
 記憶が戻ってくる。ああ、小さい頃同級生だったヤツらだ。アイツらとはイタズラの時につるんだこともある。女の子をからかったことも、確かにあった。でも、アイツらサクラちゃんをいじめてたこともあったのか。イラッとする。オレなんか、話しかけられなくて遠くから見てただけだってのに。
「いた!デコリンだ!」
 ガキ共の指差す方を見たら、さっきの小さなサクラちゃんが真っ青な顔をして固まっていた。その向こうには、別の子供グループがいる。サクラちゃんの様子からして、どうもそちらにもいじめられていた模様。オレのイライラがピークに達した。コイツら、サクラちゃんが可愛いから、好きだから、かまって欲しくていじめていやがる。くそっ、オレはこの当時は話しかけることも出来ずにいたってのに。
 オレはつかつかと近寄ると、青い顔をして震えている小さなサクラちゃんを腕に抱えて持ち上げた。
「え」
「お前ら、女の子を寄ってたかっていじめてんじゃねーよ」
「何だよ、オッサン!」
 生意気そうな顔をした一人が威勢良く喧嘩を売ってくる。ああ、コイツ、覚えてるってばよ。オレと同じくらいバカなくせに、人のこと馬鹿にしてばっかだった。おまけにコイツのイタズラはまるでセンスってもんがなかった。夕方、母ちゃんに怒られて首根っこ引っ捕まえられ泣きながら家に帰って行った姿が蘇る。それでも、親が迎えに来てくれるというだけで、オレにとってどんなに羨ましかったか。
「好きな女の子に構って貰いたいからって、大勢で追いかけていじめるなんざ、男として最低だぜ?」
 ニッコリと大人スマイルで物申す。
「す、好きな女なもんか!」
 真っ赤な顔をして怒鳴り返してくるガキ共。オレは少し身体を屈めて、リーダー格のそいつの耳元で囁いた。
「母ちゃんにバレたら、どうなるかな?」
 脅しの効果は抜群。真っ青な顔をして撤退していくガキ共を見てオレは大人気もなく舌を出す。ケッ、ざまーみろ。二度とサクラちゃんに近付くんじゃねえってばよ。
「あ、あの」
 小さな声に我に返る。
「ありがとう、ございます」
 小さなサクラちゃんが真っ赤な顔をして小さくお辞儀をしていた。
 うわぁ。この可愛さの破壊力ってば半端ねえ。軽く首を傾げる姿が、直接脳をくすぐってくる。でも、オレは何とか理性を保って、大人な顔を作ると小さなサクラちゃんをそっと地面におろした。
「もう大丈夫だってばよ」
 が、そこで気付く。膝に赤く血が滲んでいた。
「ケガしてるな。大丈夫か?」
「あ、うん。転んじゃったの」
 小さなサクラちゃんは、パンパンと砂を払うと軽く手を当てた。
「ん?」
 まさか、こんな小さい時から医療忍術を?でも、いつものサクラちゃんの若草色の回復チャクラは出てこない。それでもサクラちゃんは目を閉じて何やら一心に祈っているようだった。
「……何、してるんだってばよ?」
 一応聞いてみる。そうしたら、サクラちゃんは少し恥ずかしそうな顔をした。
「手当てしてるの」
「手当て?」
「うん、手を当てるとね、ケガが早く治るんだってお母さんが言ってたから」
「へえ」
 曖昧に返事しながら思う。サクラちゃんが医療忍者になったのは、多分自然なことだったんだろうと。

「あ」
 サクラちゃんの小さな叫びにオレは首を傾げる。
「何?」
「お兄ちゃん、ケガしてる」
「え?」
 オレが反応するより早く、サクラちゃんの小さな手が動いた。頬に当てられる小さな手。頬にケガなんかした覚えがない。でも恐らく、さっき封印の部屋を抜ける時に軽く感じた火花の飛び散り。あれだろう。いつも感じることだが、サクラちゃんの回復忍術は温かい。この小さなサクラちゃんの手当てからはチャクラは流れてこないが、でも、同じだと思った。同じ温かさ。サクラちゃんに回復して貰う時、オレは何だかいつも緊張してしまって、妙に大人しく固まってしまう。だから今回も小さなサクラちゃんにされるがまま動けなかった。
「あのね」
 横から聞こえる小さな声に、首を動かさず目だけ軽く寄せる。
「何?」
「さっきの“好きな女の子”っていうのは嘘よ。だって私、嫌われてるもの」
 悲しそうな声に、オレは仕方なく口を開く。
「あー、それは男のバカな習性ってヤツでさ。構って欲しくてわざと嫌われることをするんだ」
 これを言うと、ヤツらを援護することになってしまうから言わないでおこうと思ったのに、悲しそうなサクラちゃんの顔を見ていたら、言わずにいられなかった。
「……ふーん」
 でも、納得出来ていないような声。
「じゃあ、お兄ちゃんは、好きな人いるの?」
「え」
 それは君です。とは言えない。かわりに笑って聞き返した。
「そういう君は好きなヤツいるの?」
 赤くなるサクラちゃんに、チッと思う。もう既にサスケかよ。でも、サクラちゃんの答えは違った。
「いのちゃん」
「へ?」
「いのちゃんが好きなの」
「……へぇ」
 いの、ねぇ。でも、とにかくサスケではないことに、ちょっと、いや、かなりホッとする。
「男子じゃねーんだ?」
「男子は嫌い。私のこと、デコリンっていじめるし」
「でも、いのちゃんって女の子だろ?結婚出来ないじゃん?」
「結婚なんて私しないもん!私はいのちゃんとずっと一緒にお花を売って暮らしたいの」
「でも、その内すっげーカッコイイ男子が現れるかもしれねーぜ?」
 オレとかさ、と心の中で付け加えてみる。でも、サクラちゃんは眉を一生懸命寄せると口をきつく結んだ。
「男の子って怖いもん。からかわれると声出なくなっちゃうし。私、ダメなの。弱いしすぐ泣くしすぐ転ぶし。だから嫌われちゃうのよ」
 うーん、嫌われてるわけではないんだけど。でもヤツらのことをこれ以上かばう気にもならない。
「あ、でも、お兄ちゃんは怖くないよ。どうしてかな」
「えー?」
 ああ、ダメだ。にやけてしまう。小さいサクラちゃんの無邪気な笑顔にどうしても頬が緩む。にしても、こんな無邪気なサクラちゃんが、いつ、どうして、今みたいに強くなったんだ?

「あ、サクラいた!」
 甲高い声に、サクラちゃんがパッと振り返る。
「いのちゃん!」
「探したのよ!いじめられてたんじゃないの!?って、このおじさん、誰よ。ちょっと!サクラに近付くんじゃないわよ!」
 うっわー、いのってこういうヤツだったよな。腕組んで仁王立ち。すげー偉そう。
「いのちゃん、大丈夫よ。このお兄ちゃんは守ってくれたの」
「守ったぁ?余計に怪しいじゃない。ロリコンかもしれないわよ。大体、何よそのコスプレ」
「は?コスプレ?」
「火影マントなんか着ちゃってさ。それも六代目って何よ!どうせなら五代目って書けば、まだリアリティあるのに、一つ飛ばすなんてバカ丸出しじゃない」
 頬が引き攣る。そうか、五代目は綱手のばあちゃんで、エロ仙人とオレが迎えに行ってからだから、まだ、この時代は三代目のじっちゃんが火影だったんだ。四代目である父ちゃんは死んじゃってるしな。でもコスプレってなぁ……。オレ、本物なんだけど。しかしこれでやっと納得出来た。皆がジロジロとオレを白い目で見ていたこと。
「ほら、サクラ、行くわよ!」
 明らかにオレを敵視している、いのの目。
「あ、うん」
 小さなサクラちゃんは困ったような顔をしながら、でもいのの言葉には逆らえないらしく、いのの後を追って行った。
 あーあ。ここで後を追っていったら、オレは完全にロリコンのストーカーとして通報されそうだな。オレは渋々と後ろを振り返った。そろそろ本物のサクラちゃんが封印を解いてくれる頃かもしれない。元の世界に戻る方法でも考えるか。
 そう思って歩き出した瞬間、派手な衝撃音が聞こえてオレは後ろを振り返る。サクラちゃん達が向かった方角だ。オレは嫌な予感がして、人の波をひとっ飛びで飛び越えると前に出た。

「火影をここに呼べ!」
 色々なものをひっくり返した店先で大声で叫ぶ一人の男。その腕には、小さないの。
「いのちゃん……!」
 真っ青な顔のサクラちゃんが立ち尽くしている。
 あーあ、人質に取られちゃってるよ。
 オレは周りを確認する。今の所、周囲には忍の気配はない。でも、すぐに集まってくるだろう。オレは一歩前に踏み出した。
「はいはい、火影だってばよ」
 オレの言葉に、周囲がざわっとどよめく。いのを腕に抱えた男はこちらを見て素っ頓狂な顔をした。
「は?」
 コイツ、忍じゃないな。それに、かなり抜けてる。オレは自分のマントの背を男に示しつつ、ヘロヘロと更に近付いた。
「だーかーらー。オレが火影だってばよ。呼んだでしょ?」
「え?でも、木ノ葉の火影はかなり年齢がいってるはずじゃ……」
「あー、それは三代目ね。オレは六代目」
「ああ、六代目……って、なんじゃそりゃ!」
 男の腕の力が緩んだ瞬間、いのが思いっきり男の股間を蹴り飛ばす。さすが、いの。
 するりと抜けて逃げ出すいのに、男が慌てて腕を動かす。
「あ!こら待て!!」
 が、間の抜けた男だと思ったのに、意外にその動きは早かった。いのを捕まえようとするその手に、クナイのような鋭い武器が隠して仕込まれていることにオレは気付く。くそっ、油断してた。まぁ、でもいのの逃げるスピードなら、先が触れることもないだろう。このままクナイごと両腕縛ってやって、どこかの店の軒下にでも吊り下げておいてやろう。後でじっちゃん達、驚くだろうなぁ。
 そう、ほくそ笑んだ瞬間、
「いのちゃん!」
 叫ぶ声にギョッとする。小さなサクラちゃんが、我が身を顧みず、武器を持った男の正面に突撃しようとしてる。なんて無茶な!でも、サクラちゃんらしいと言えばサクラちゃんらし過ぎて、オレはため息まじりに笑って、そして飛んだ。


「無茶すんなってばよ」
 ぎゅうっと首に巻き付けられている小さな細い腕。震えてる。そりゃ怖かっただろう。こんな小さくて、忍の技も持ってなくて、なのに武器を持った男に向かって行ったんだから。
 当然だけれど、匂いはいつものサクラちゃんと全く同じ。髪の毛も当然同じ。それが頬と首筋にサラサラとぶつかってくすぐったい。腕を首に巻き付けられ、小さいサクラちゃんの顔が見えない今は、まるで大きなサクラちゃんに抱きつかれているようでドキドキする。
 いやいや、これは小さなサクラちゃんだ。変な気を起こすんじゃない、オレ。オレはポンポンと小さな背中を軽く叩いてやった。
「もう大丈夫だってばよ」
 泣いているんだろう。小さなくぐもった声が返事する。
「ありがとう……」
 それでも顔はまだ上がらない。オレは背中を撫でてやりながらゆっくり歩いた。
「頑張ったな」
「え?」
「“いのちゃん”を守る為に頑張ったんだろ?サクラちゃん、強いじゃん。弱くなんかねーってばよ。カッコ良かったってばよ」
 小さなサクラちゃんがゆっくりと顔を上げる。涙でぐしょぐしょの顔が、でもゆっくりと光と熱を帯びる。そこに現れたのは仄かな自信の色。
「本当?」
「ああ」
 ニカッと笑って見せる。
「サクラちゃんは強いってばよ。その内、あんないじめっ子達や悪い男なんか片手でぶっ飛ばしちまうくらいすげー強くなるって」
「えっ、そんなに強くなれる?」
「ああ」
 出来ればそこまでは強くならないで欲しかったけどね。

「そっかぁ。……うん、私頑張る」
 小さなサクラちゃんはコクリと頷くと、前を見据えた。その横顔は紛れもなくサクラちゃんのもの。
 サクラちゃんは、ふと首を前に傾けるとオレの顔を覗きこんできた。
「あのね、お兄ちゃん、聞いてもいい?」
「うん?何だってばよ?」
「お兄ちゃん、本当に好きな人いないの?」
「へ?どうして?」
 首を傾げ返したオレに、サクラちゃんははにかんだ笑顔を見せた。
「あのね、私、大きくなったらお兄ちゃんと結婚したいなぁって今思ったの」
「え」
「お兄ちゃん、さっき強くてカッコよかったよ。強いってカッコイイんだね」
 ゴクリと唾をのみこむ。小さなサクラちゃんの声は、今のサクラちゃんとそれほど違うわけでもない。目を閉じれば、サクラちゃんに言われているように感じるくらいに。
「お兄ちゃん、今日はいっぱいありがとう」
 台詞と同時に柔らかい感触が頬に触れる。その瞬間、通り抜けた不思議な既視感。どこでだ?
 答えはすぐ見つかる。そう、今朝見た夢だ。サクラちゃんにキスされる夢。あのサクラちゃんは大きい、いつものサクラちゃんだったけれど。
 夢心地のまま、サクラちゃんをもう一度地面に下ろす。サクラちゃんは今度は軽い足取りでステップを踏んで見せた。さっきまでの自信無さげな女の子の影はそこにはもうなかった。
「あのさ、強いってカッコイイって言ったけど、強いだけじゃダメなんだぜ?」
「え?」
 小さなサクラちゃんが首を傾げてオレを見上げる。
「力は大事な人を守る為に使わなきゃダメなんだってばよ」
「大事な人?」
「ああ。さっきのサクラちゃんが、いのを守ったみたいにさ」
「お兄ちゃんは私のことも大事だと思ってくれたの?」
「え?」
「私のこと二度も助けてくれたでしょ?」
 オレを覗き込む緑色の綺麗な瞳。オレはニシシと笑った。
「ああ、大事だってばよ」
 サクラちゃんはふわっと花のような笑顔を見せた。
「うん、お兄ちゃんの言いたいこと、なんとなくわかったわ」
 それから腕をグーにして交差させ、ガッツポーズをして見せる。
「私、しっかりやるね!」
『ナルト、しっかりやりなさいよ!』
 小さなサクラちゃんといつものサクラちゃん、二人が重なる。
「お兄ちゃんも頑張って六代目火影目指してね!」
 小さなサクラちゃんは、バイバイと大きく手を振ると満開の笑顔で走り去った。
 サクラちゃんに会いたいと思った。いつものサクラちゃんに会いたい。さっきの部屋の封印、無理矢理破ってサクラちゃんを呼び出そうか。怒られるだろうけど、一発殴られて謝って、それから話がしたい。顔が見たい。そして、オレは印を結んだ。



 気付いたら元の部屋で、オレは床に転がって、そして何故か両頬がとても痛かった。そんなオレを目にいっぱい涙を溜めて見下ろす女の子。
「サクラちゃん……」
「バカナルト!本当にもう!心配するじゃないのよ!!」
 ドンと胸を叩かれる。痛い。打たれた胸も痛いが、でもそれ以上に頬が痛い。
オレは通常よりかなり腫れてジンジンする頬を両手で押さえながら立ち上がった。
「サクラちゃん、一体何回オレにビンタしたの?」
「知らないわよ。アンタがなかなか起きないからいけないんでしょ!」
怒りながら、ぐいと手で目をこするサクラちゃん。
「えーと、ごめん。オレ、無理に封印破っちまった?」
「そうよ。封印が破れたから慌てて戻ったらアンタ倒れてるんだもの。ここなら安全だって思ったのに!……本当に心配したんだから」
 ここなら安全?その言葉に何かが引っかかる。そうだよな。普通、部屋に封印ってしねーよな?
「何で、封印なんかかけたんだってばよ?」
「え、ア、アンタが逃げないようによ?」
 サクラちゃんは目をこすりながら横を向く。でも、ごめん。サクラちゃんが嘘をつくとすぐにわかるんだ。じっと黙ってサクラちゃんを見返したら、サクラちゃんは観念したようにため息をついた。
「わかったわよ。もう解決したことだから話すけど、ちょっと不穏な情報があって裏を取ってたの」
「不穏?」
「アンタへの刺客」
 オレはハァとため息をつく。
「だったら尚更、オレを蚊帳の外に置くなってばよ」
「アンタがそうやって首を突っ込もうとするのがわかってたから、わざとそうしたの」
 だからってさー、とブツブツ文句を言いながら、ふと気付く。
「あれ?じゃあ書類のミスって話は?」
「それはアンタを隔離するのに一番理由付けがしやすかったから。ミスはなかったわよ」
「ええっ!?オレ、午前中一生懸命やり直したのに!?」
 文句に対するサクラちゃんの返事がない。返事がないってことはつまり……。
 オレはその場に突っ伏した。

「ちょっと、ナルト?」
「誕生日だってのに散々じゃんかよー」
「それは仕方ないでしょ」
「嘘で怒られ、おまけにやらなくてもいい作業をさせられ」
「だからそれは言ったでしょ」
「うわぁ、最悪だってばよ」
「うるさいわね」
「今日は誕生日だってのにさー」
「あー、もう!アンタはいい加減に……」
 サクラちゃんの返事が尖りを増していく。
 わかってるってばよ。サクラちゃんの雷の落ちるタイミング。わかってるのに、何でオレはそのギリギリまで粘ってしまうんだろう。
 さあ、何が来る?怒声か、拳か。目を瞑るオレの首に腕が巻かれる。これはヘッドロックか!
 そう思った途端、頬に触れる柔らかなもの。首元をくすぐる桃色の髪の毛。甘い香り。これはさっきの。いや、朝の夢の……。
「無事だったんだから、それでいいでしょ」
 目を開けた時には、その柔らかな感触はとうに離れていた。
「あれ?」
「誕生日おめでと!」
 顔をほんのり染めたサクラちゃんがふくれっ面で去ろうとしてる。オレは急いで飛び起きて追いつくと、ヒラヒラと揺れるその小さな手を取った。
「え」
 大きく見開かれる若草色の瞳。
「あのさ」
「な、何よ」
 言え、言え、言え。今こそ告白のチャンス!好きだと一言伝えて、願わくはもう一回ほっぺにチューを、 いや今度は本当に本当のチューを……
「す、す、好……」
 オレを見上げたまま固まってるサクラちゃん。顔は赤いまま。言えば「うん」と言ってくれそうだ。そう。言えばきっと、チュー出来る。そう思う。オレに取って初めてのチューだ。サスケとやったのとか、あんなのは無しだ無し。
今日こそサクラちゃんとの初チュー。
 あ、でも本当に本当のチューが無理だったら、ほっぺにチューだけでも、もうこの際いい。とにかく、チューだ!
 そして焦ったオレは、肝心の部分を飛ばす。
「あのさ。目、閉じちゃっててわかんなかったから、もう一回チューしてくれってばよ!」
 数秒後、オレの身体は壁に叩きつけられる。チューの代わりに頬についたのは過去最大の赤い手形。
 あー、くそ!5分だけ、いや1分でもいい。時間を戻す時空間忍術、使いこなせるようになってやるってばよ!






【コメント】
この度は、webアンソロジー企画「73≒LOVE」ナルサク尽くし企画、本当にありがとうございます!!そして、ハッピーバースデーxナルト!
今回、年齢操作もOKとのことで、火影ナルトxちびサクラを妄想させていただきました。でも一番はやっぱり普段のナルサクですね。ナルサク大好き!






back