「お洒落をするなってわけじゃない。単に、任務とプライベートは分けなさいねってこと。今日はそのままでいいけど」
 賢いお前ならわかるでしょ? 締め括りに、口調とは裏腹に頭を撫でた手と至極真っ当な警告を飲み込んだ数時間前を反芻し、自ずと太腿の横で、拳を作る。怒られるの、当たり前ね、そう理解はしているのに感情が追いついていかなかった。その隙にも、際限なく滲む汗が服の色をかえてゆく。お化粧したって、これじゃあっという間に崩れちゃうから、せめて、と色をのせた爪が湿った掌に食い込む。木肌に背を預け、黙々と地面を、爪先を、凝視するうちに空気が動いた。ツーマンセルなら、無論、二ひく一の法則で、その気配がわかる。指示待ちの間ずっと気遣わしげなオーラを流しつつ、座り込んでいた黄色い頭が慌てて立ち上がって、サクラの手を取った。無遠慮な、忍者のくせに賑やかしい彩。彼とは対極の、お子様って感じ。子供っぽい。その解り易い子供ぽさが苦手だった。
「傷になるってば」
「ほっときなさいよ」
 素気無く目を閉じたら訪れる不完全な闇。言い淀んだ変声期前の声が薄闇で反響する。ぼんやりと白く、結露する残像を感じる。喩、目を瞑っても、闇と括るにも語弊があることに耐え難くなった。自分みたいな子供じゃ、彼に近づけないと突き放す暗喩に思えて、それは、一方通行以外の意味を持ちえない気持ちと哀しい程に響きあう。ほんのひとかけでも、好意的に映りたかった、そんな浅はかさを温床に、涙腺が軋む。温い水が目尻を滑った。
「!?」
「ッごめん……大丈夫だから、ほっといて、ごめん」
「だけど――」
 アンタじゃないの。瞬間、吐き損ねた息を呑むように、正面の肩が揺れた振動が伝わる。それでも、指にそっと力が込められて、拘束が緩められて、顕わになるまろい指の輪郭とちっちゃな爪。銀幕の熱に浮かれて塗ったネイルは、全然似合わない。
「ほっとけないってばよ」
 なんでアンタが言うの。憮然と苛立ちを孕んで腕を引き寄せて「お節介」と憎まれ口で切りこんだら、自分が一層嫌になるパターン。どうしたって自業自得の悪循環。それでも、掌を丁寧に検分し、怪我がなくって良かった、なぞ、驚くくらい綺麗に笑われて。まるで、世界で一番大事みたいに。だから、無碍に流す心が、胸の辺りで詰まって、目元を乱暴に拭うことで直視できないものを逃した。蒸された草いきれ。降り注ぐ日差し。鮮烈な空からは逃げ切れない。蠢く光の加減に、汗の球が噴出して煌めく。それは、茹だる命を孕み、木々も、草も、光を求め天を目指した季節。色とりどりの感情が鮮やかに揺らぐ。目に映るもの、感じるもの、なにもかもが極彩色だった。巻き起こされた感情に、サクラのほうが傷つけられたと錯覚する程に、濃さを増す夏。可哀相、その思いは、傲慢だ。




starburst galaxy


 人様のベッド(詰まる所、研究室の冴えないソファだが)を占領した男が、すっと誰かによく似た眼差しで憂鬱を擽った。彼とサクラ、共通の上司兼お友達のお誕生日が近づく度、ナーバスになるここ数年の有様を綺麗に把握したうえの確信犯で。
「敏感になるっていうのがもう完璧に終わってる気がするんだけど」
 気がないと無理じゃないかな、指摘して、興味を亡くしたように頁をめくる指からなだらかに描かれる輪郭を、虚を衝かれた思いで見詰め「終わってる、の意味が違うわ」と、自然と口が開く。終わってる。それに異論はなかった。徹夜明けの強行軍で半日以上仕事に没頭した頭に染みこむ徒労は、濃く、けれど明確な形を持たぬままに纏わりつく。幾ら忍びと いっても人のうち、睡眠不足は相応に辛い。
「なら、どう思ってる? 現状と――」
「私自身について?」
 情緒が育ったら、必要以上に扱い難くなったサイは、生身の情操教育の真只中。それを大人になってから体験している。かくして、初対面の鮮烈ささえもが嵐の前の静けさだったのかと周囲はいろんなものを追体験しての苦笑。人を育ってるって難しい、と母の憂鬱まで飲み込まされた気分で、少しばかりペンを走らせるのも忘れてしまったサクラにこそ、こうして高確率のグラウンド・ゼロを巻き起こしながら。
「平和かな」
 微笑で誤魔化して、絶賛研究途中の文字列に視線を戻すのは、有能である為のそれでなく、自己防衛だった。暗号部から上がってきたばかりの書籍はプロフェッショナルたちの手によって解読されてはいるが、それを、理解・応用・実用化出来る財産にまで駒を進めるのは医療忍者の役割り。机上でそこそこの高度を築く生かすと殺す、のお手伝いは、どちらの比重が大きいかなんて考えると殊更不毛なので、さっさと英知の海へダイヴしてしまえ、とペンを握り直す。
「婚約を蹴ったのはサクラだよね? 死ぬ程、落ち込んでたし、絶対、サボテンにでも話しかけて眠れぬ夜を涙とヤケ酒でこえたと思うよ、彼」
 集中の切れ目を目聡く狙った指摘に、それとも女かも? と爪を立てたサクラが英知の遺跡から生身の現実へ視線を転じたら、今度こそ、愛読書を閉じた心底気の毒そうな目にかち合って、なによ、と蓮っ葉に返してみるけれど、居心地は良くなかった。紙面には高くとられた窓から人工とは違う生きた色がさす。日暮れが近い。ごちて、内心、勝ち目のなさを呪った。エネミーライン上の溜息。睨めっこはどんなに楽観的に見繕っても定時までに終わりそうもない。就業予定は更に延長されてしまった。サイテー。
「何か言ってもらいたい?」
「そもそも持ち出したのは、そっちじゃない」
「別に話したくないなら、話題を変えるけど……。友人が悩んでいたら話を聞いてあげましょう、て、ここに」
 万国共通でいて、応用の利かないアドヴァイス。愛読書のすゝめを取りあえずは鵜吞みにする男にケース・バイ・ケースのステップ・アップは地平線の彼方か。
「じゃあ、そっちは何が聴きたいのよ?」
「うーん。なんていうかさ、好きなひとから大切にされれば嬉しいものじゃないかな? それが形になれば尚更。一般的に女性なら、指輪とかプロポーズとかそういうの。逐一叶えられたからって恋人を振る機微は、想像にすら余るって感じなんだけどね、僕には。それが所謂“七班の絆”ってわけかな?」
 思わず、口籠る。別にそういうんじゃ、否定しようとして、代わりにやけに乾燥した唇を舐めた。そういうところがあるのは、否定できそうもない。件のナルトとは、ここ三年で緩やかに以前の関係に戻った。職場で貌を合わせれば挨拶だってする、というか、食事にだって行くし、互いに軽口も叩く。仲間で、姉弟みたいで、お付き合いしたことすら忘れちゃいそうな棘のない関係。でもって、暫く心臓に悪い笑顔しか作れなかった彼を、平常心の手前まで促した自分の態度も、言い訳の差し嵌る余地のない、剥き出しの“現実”だ。それでも、トクベツにし損ねた日が近づけば、こっちがナーバスになる。おかげで唇はリップクリームのご厄介になっても、多感な精神面の所為で荒れっぱなし。思い出したように燻る名残に後悔とか嫉妬とか少しも綺麗じゃないものを塗されて差出される尤も嫌いな季節、秋。その形容詞が定着している。
「唯……」
「唯?」
「彼奴が完璧であろうとするのが嫌だったの。なんでも、こちら優先。プロポーズしたのだって、“喜ぶから”よ、私が」
 おいしい食事の後の満点の星空。職場に届けられる花束。またそれが似合うようになっちゃった彼氏様ときたら、今を時めく火影様で、デート相手に選ばれたなら鼻も高々。理想の恋愛っていうキャッチコピーがしっくりくるめだま商品だ。然しながらそのパッケージには“サクラちゃん”ならって注釈がつくのを、ナルトは理解しようとしない。憧れのバックグラウンドから差し出されたダイヤモンドに至っては乙女の胸に煌めく№1。けれど、“サクラちゃん”は疾うに女になっていたっていう悲しいタイムラグがそこにはあった。実際“呪い”から逃れられないのは、彼奴よ、そう詰めってやりたかったっと云ったら、支離滅裂だと額を押さえた初恋の人は、それでもサクラを通してナルトに“普通”をわからせようとする。まるで、共犯のそれね、とは云ってやらないことにしているのは優しさだ。あくまで。
「それだけ君に心を砕いてるって捕え方じゃ駄目なの? 解釈として」
「だからかな? 私には、彼奴が傷だらけの十二歳にしか見えないの」
 無理やり安全圏から引きずり出したら、血塗れになる。そんな気がしている。そうなれば、自分は立ち竦むしかない気もしてた。秋口の、密度が濃い黄昏。夏の強い光を閉じ込めて煮詰めた黄金が少女趣味から遠ざかったカーテンを擽って、角部屋には忍び込んでくる。
「それにね、ナルトったら、なーんにもしないの。一年以上も付き合ってて、キス以上のことしたことないのよ」
 ご理解頂けて? と微笑したら、今度こそ真っ白い頬が痙攣して、ごめんと謝罪を繋げた哀しそうな目が温かく揺れた。そこに映る自分が直視できない。だってその事実に一番傷ついてるのは自分だ。自嘲で歪んだ口元は嘸、見っとも無いだろう。結構、どん底まで落ち込んでいた自覚はある、のに、それでも泣けなかった可愛くもない私。心の過重を上体ごと背板に預けたら、ギシリと鳴くキャスター付きのちゃっちい事務用チェアー。耳にする度、次の予算申請のときこそ買い換えなきゃと思っていたけれど。
「なんていうか私達ってずーっと仲間だったじゃない? だからキスは儀式だったの。関係を変えるためのね。恋人になりますよっていう合図、ね。それ以外は、一ミリも変わっちゃいなかったというか、寧ろ後退してた気がする。一方的なものを除けば、喧嘩すらしないし、デートも私が行きたがりそうなところに行く。そりゃなにもかも非の打ちどころがなかったわよ。でもそれって、まるで女の子が憧れる素敵な恋のお手本。なんていうか嘘くさいでしょ? 半分は無意識なんだろうし、それも含めて、うずまきナルトで間違いはないんだけど。多分、真綿に包まれた愛を差し出されるより、彼奴の愛そのものになりたかったのよ。それが無理なら、特別なものなんてなんにも欲しくないっていうエゴ。事の顛末はすべてそこに帰依するってのよ――QED(証明終わり)」
 ナルト曰くの真綿の倫理に包んでなんか欲しくない。不条理を愛しましょうなんて、あの子供は誰に教わったのか。生きる為に身に付いたというのなら、それこそ哀しい。サクラがつけた傷まで愛そうとするその哀しさに、笑って、好きよ、なんて真面な神経じゃ返せなくなったのだ。愛しさより、哀しさが勝る。ままに、心の天秤が傾いても、結局は秤は哀しいまんまに傾いてる。そんなのってひとりぼっちとかわらない。無償の愛ってさびしい。
「あのね、私――」
 十二歳の頃、スクリーンの中で綺麗に泣ける女がいて、憧れた。その彼女が、監督と戀に堕ちたのは、とっても有名な話だった。周囲を傷つけて赦されない戀を叶えた女。それが今のサクラには赦せない。なぜなら、
「――愛された理由がわからない、のよ」







 十数える、心臓が軋む前に、息を止めて。そうして、耳に届く。
「探した」
 それが、第一声。
「だって“探して下さい”って伝言、残したもの。お抱え暗部さんに」
 様子から見て、どうやら彼は無事お使いを全うし、メッセンジャーになってくれたようだった。
「すげー貌してたってばよ」
「サイが? サスケくんが?」
「どっちも」
「止められたでしょ?」
 もう夜なのだけれど、仄明るい。夜気に磨かれた月が白いからか。或いは、昼と地続きな気がするからか。時折あるのだ。
 水平線の灯が潰えても、どこか断ち切れない夜が。
「や、とっとと行けって抛り出された。仕事になんねぇ奴はいらねぇ! って窓から。カカシ先生は楽しそうだった、のかな? わかんないけど“若いってイイね”って。伝言も預かった……し、」
 言って、促せば困ったように頬を掻くのが可笑しい。困るくらいなら初めっから黙ってればいいのに。こういうとこ、変に律儀だ。
「“お前たちは、生きてる。だから間違ってもいい。間違ってられるうちの幸福を逃すんじゃないよ”ってさ」
 素面じゃ言えない台詞を理解があると感謝するべきだろうか。だけど、私達の先生にもロマンスがあったことのほうに驚いたと伝えたら、あの夏のまろやかさで頭を撫でられる気がして、口を噤んだ。先生も初めから先生だったわけじゃない。それよりも今、腕を掴まれて産まれおちる会話のほうが酷く重要な局面であるから。
「転勤願いって――。もう近くにいるのも厭?」
 長く、ブレスがない。背景から切り取られた蒼白さに焦点を合わせて笑う。結局、最後になるかもしれない逢瀬に選んだのは、馴染んだ上忍服だったし、羽織姿の相手はそれなりに様になってるけど、普段となんら変わりない。せめて、と職場の鏡の前で可愛らしい笑顔を作っても、それは想像と剝離したから。これもまた理想と現実は違うって証明がなされたのみだった。証明って、酷く単純でつまらない。ほんのちょっぴりのノスタルジーがあるから掘り返せるけれど、箱の中は外見より随分とあっさりとして、呆気ない。要は、拍子抜けしてしまう虚浮が見目麗しくラッピングされてる、それが憧れ。
「然も、後は俺が判子捺せば、手続き完了って、」
 強張りの増した頬の所為で、怒りと落胆が鬩ぎ合っているのが、手に取るようにわかる。問いには答えず、空を仰いだ。見事な星空だったが、月や太陽と違い星が現れる瞬間というものをサクラは終ぞ見たことがない。気付けば、いつの間にか瞬いているもの、それが星だった。恰も、ナルトがくれるものみたいに。
 美しい夜であると同時に、慰霊祭前日の夜でもある。里にとっても、元恋人にとっても、尤も重要な祭典の準備すら無視して爆弾を投下した。それも、探して、なんて意味深な伝言付で。それは里の一員として、とっても巫山戯ているし、政務をほっぽって彼女でもなんでもない女の我儘を真に受けるナルトも巫山戯ては――いる、筈。
 なのになんでそんな必死なのよ。焦点を戻せば飛び込んでくる、まんま心臓に悪い顔。泣き顔、一歩手前の。手紙ひとつで三年は霧と消えたの?
「“探した”じゃなく、“迎えに来た”って言ってほしかったのに」
 体温を攫う風が、秋のそれだった。秋らしい静まりにも未だ慣れていない肌をあやすような。
「てことは、俺と“帰りたい”とは思ってくれてるってこと?」
「ヤダ。そういうひねた返しは、サイとカカシ先生で間に合ってるわ」
 目線を合わせるにも首が痛くなる。例えば、それを理由に逃げたことは何度あるだろうか。聴いて、そう絞り出したような音程が耳朶を打つ。言葉が途切れ、腕を掴む掌が下降して、指に絡む。ほら――
「幾らサクラちゃんのお願いでも、これは受理できそうにない。無理やりにでも止めるよ」
 掌の中で紙が潰れる音がして、骨が悲鳴を上げる力に反射的に腕を引いても、相手は必至で、思いやる余裕すらないようだったから、違う意味で心臓に悪い。絡む指が節ばって、骨の大きさを伝える。ほら、アンタだってもう子供じゃないんじゃないの!
「な、らッどうしてろっていうのよッ! 単に、守られてればいいのッ!? それとも、なに、本気で触ったら壊れるとでも思ってる? 私はね、ナルトが思ってるほど、弱くないし、ましてや壊れ物じゃないッ!」
 一気に急き立てて舌の覚束なさを偽る。言葉を急きすぎて肺が痛い。息を吸う度に肋骨が戦慄いた。骨の硬さを包んだ武骨な手を持つナルトはサクラとは絶対的に違う生き物だ。だから、分かり合えないのなんて当たり前なのに、ナルトはなんでも赦そうとする。
 その虚しさに、いい加減、気付いてよッ! 馬鹿ッ! 叫ぶ勢いで襟首を引っ掴んで、唇に噛み付いたら、乾いた痛みに顔を顰めながら、生き物の温度にどこか安堵した。が、ほんの数秒で、ガクンと無遠慮に加わったベクトルに向かい、上体からつんのめる。それを反射的に回避したのは職業柄ってやつだった。無意識に解いた手から生地が抜け落ちる感触。は? なんて間抜けな自分の声を聞いて、突然開けた視界を下げたら、先刻、見上げていた貌を見下ろす破目になるなんてそんなの。
「……なんか、驚きすぎたつーか……なん、て言っていんだろ、カッコわりぃ」
 そうね。同意はしたものの、地面に尻を衝いていて尻すぼみにぼやくナルトのほうこそ、寧ろ正常に見えて、ヒートアップした自分が今更ながらに恥ずかしくなる。
「――私こそかっこわるいわ……」と、左手を引かれる儘に座り込んだ床の冷たさに、軽く戦いて、交わした体温が一層、意識された。兎に角、「“サクラちゃん”に幻滅よ」
 なにそれ? と、青い目が見開かれる。擬音は正しくきょとん。
「私の中の我儘娘」
「へぇ、って……!!!! まさか、ええええええええ!?!?」
「ばッ…か、比喩よ、比喩!」
 誤解しないで、と更に困惑を増した虹彩を覗き込んだら、やっぱり哀しかった。秤が哀しいに傾いたまんま。然しながらそれは鏡映しで、サクラのものでもあった。ずっとそうだったのだ。ほんとうは。ナルトが、なんて言い訳で、理由もなく愛される自分が赦せなかった――がほんとう。唐突に迎えた真実に、すっかり言葉を見失う。何がしたかったんだろう。それこそ血迷うくらいに感情は最高時速で横滑りしてくれた。多分、左様ならしてしまう前に、剥き出しのナルトが見たかったのね。それは半分成功して半分失敗してるから、どうしていいかわからない。
「“探した”であってるんだってば。俺にとっては」
 緩く開閉を繰り返す手を繋げ、指の形を確かめながら静かにナルトが言う。脈略のなさに、繕うこともできないサクラを置き去りにして。
「ずっとどこを間違ったのか、探してた。けど、やっぱわかんねーし、わかんねーまんまなんだと思う。サクラちゃんがいなきゃさ」
「……嫌だって言ったら?」
「かっこ悪いけど、諦めらんねぇ……」
「かっこ悪いアンタがいいの」
 膝に置いた右手を持ち上げて、傷のない頬を撫でる。肉体的な傷をあげつらえば自分のほうが随分と沢山隠してる。なんといっても、ナルトは傷が残らない。
「完璧になんかならないで」
 気持ちが言葉を象る様に、言葉もまた気持ちを象ってゆく。声にして初めて、自分にくらい見えない傷を数えさせて欲しい、そんな馬鹿げた願望に気付く。
「痛いなら、痛い。欲しいものがあったら、欲しいっていわなきゃ」
 わかんないじゃない。凡てを推測して、守ってあげる、なんてとてもじゃないが言えないサクラと、同じ場所で、考えて、生きてほしかった。完璧にならないで、もう一度、口にして、ぎこちなく指を絡めかえしたら「なら、どうか、一生分のプレゼントをくれませんか?」と、真面目な声が胸に迫った。続く、今度は間違えないから、の懇願を風が遮ってどこか彼方へ飛ばす。だから、間違えても、アンタが間違っても、もう逃げない、そう告げる筈が、喉にたぐもって、永遠の秘密になるかわりに、何が欲しいの? と訊ねたら、サクラが、と低く願うナルトが、欲しい。かっこ悪くってもそのまんまの。
「……じゃあ、私にもアンタを愛させて」
 告げれば、蒼穹が割れて、星が墜ちた、と、そう思った。
 静かに哀しみが壊れる刹那、瞬きも忘れ、生まれては、流れる星を見送って、そうして、スクリーンの女が愛された理由を、悟る。
 あれは、愛を乞う涙だ。

♥ この度は、素敵な企画へのお誘い有難うございました。聡深