そして人生は続く



そして人生は続く




*以前書いた「戦士の憂鬱」(RPGパロ)の設定です




 この旅は、いったいいつ終わるのだろう。そう思った瞬間なんて、そりゃもう数え切れないほどある。湖の水面に映る自分の姿がどんどん重装備になっていくのを悲しむどころか、旅が終わらない限り一生このままなのだと鼓舞する材料にして、どうにかこうにか続けてこられた。
 また逆に、「これ終わるな、旅っていうか人生が」と思ったこともある。古城に忍び込んだはいいけれど、出口が消失してしまい、五日も閉じ込められた挙句、いよいよもって餓死を意識した時などは、四人が四人とも人間性を失った。ナルトが趣味でこつこつ集めていたどんぐりを我が物にしようと、凄惨極まりない争奪戦がはじまったのだ。
 重ねて言うが、どんぐりである。リスがこっそり地中に埋めては、保存場所どころか隠した事実さえ忘れがちな、あのどんぐり。ナルト曰く、良いどんぐりとは、丸々と太っていて、表面に艶があり、帽子(正式名称は知らないが、あの頭についてるやつ)が可愛いらしいのがポイントらしい。16にもなってどんぐり集めてるとかバカじゃなかろうかと皆が皆、口には出さずとも呆れていたというのに、それを巡って、自称勇者、伝説の魔術師、才気溢れるエルフ、そして鍛冶屋の元看板娘で現女戦士の私が血眼になり、その場にいる全員が敵という異様かつ残念極まりない空間ができあがってしまった。「いや、腹にたまらないだろ。つーか、食えるのかよ」と冷静に切って捨てる者がいれば、話は違ったかもしれない。だが、逼迫した状況がそれを許さなかった。逃げるのがやたらと上手なナルトは、「これは食べ物じゃないからぁ!オレの宝物だからぁ!」と涙目になってどんぐりをぱんぱんに詰めた布袋を守り通し、追い込まれた壁のレンガを押したところ、あっさりと次のフロアに向かう扉が出現し、どんぐり戦争は半日ばかりで終結を迎えた。古城を出るまで誰も口をきかなかったのは言うまでもない。
「ま、終わりってのは、あっさり訪れるものだよね」
 幻想の城が消えた後もなお、ぼんやりと立ち尽くしていた三人に向けて、カカシ先生がぽつりとこぼした。
「これで世界は救われました。めでたしめでたしってわけよ。君ら、反応薄いよねえ。言いたいこと何かないの?」
「……めっちゃ腹減った」
「装備はずしたい」
「オレの仕事は、これで終わりだ。さっさと村に帰る」
 三者三様に言いたいことを言うと、揃って深いため息をついた。
 だって、本当に終わるなんて考えもしなかったのだ。この旅は、なんだかんだずっと続いて、四人でぶらぶらと世界の各国を回り、色んなものを見て、触って、「早く帰りたい」なんてぶちぶち言いながら次の目的地に向かうのだとばかり思っていた。
「誰に褒められるわけでもないから、気持ちはわかるけどねえ。自慢したところで本気にされないし、ホラ吹き呼ばわりがせいぜいですよ。いやー、勇者なんてやるもんじゃないってわかったでしょ?」
「な、なんでオレに振るんだってばよ!勇者上等じゃねえか!オレは、褒められたくて勇者になったんじゃねえ!オレならぜってーやれるって証明したいからなったんだ!」
「うん、そうだったな。お前は、立派な勇者だ。誰の異論も許さない。オレが認める。正直、ここまでやれるとは思わなかったよ。なあ、サスケ?」
「……ビビりにしちゃあ、背中にひとつも傷を作らなかったのは、認めてやる」
「だっから!オレはビビりじゃねえ!最初のあれは、相手がちょっとばかしデカかったから驚いただけだ!」
「ハッ!よく言うぜ。それにしちゃ、剣先が震えてたじゃねぇか」
「そりゃお前、武者震いだっつの。待ちに待った初陣だったもんで、興奮おさえきれなくてな!まあ、後ろで弓引いてるだけのサスケくんには一生理解できない気持ちだってばよ」
「っのやろ、減らず口を、」
「はいはい、そこまで。喧嘩するほど仲がいいのはわかってるから、続きは宿に着いてからお願い。先生、飛べます?」
「サクラも無茶言うね。さっき大技さんざん使ったってのに……」
「ああ、飛べないならいいんですよ。寝たきりにならないだけマシだと思ってますから」
「先生かなしいなあ。サクラは優しい子だったはずなのに」
「え?無理させないだけ、優しいじゃないですか。私、間違ってる?」
「うんにゃ、正しい」
「追い込みが足りないとオレは思う」
「……尊敬って言葉、どこに忘れてきちゃったかなあ。オレひとりで帰っちゃうよ?まったく……」
 ぶつくさ言いながらも、カカシ先生は杖の先で地面に魔方陣を描きはじめる。魔力がたっぷり残っているなら杖を振るだけで一瞬なのだが、枯渇した今となっては、森やら地面やら空気やらに含まれる生命力をかき集めて、魔力に変換してから空間転移を行う。それが確実というか、それしか方法がない。そしてこれは、地味に時間のかかる作業だった。
「ちょーっと時間かかるから。そのへんで待っててちょうだいな」
「そのへんって……」
 どのへんよ、とひとりごちてみる。城が消えた跡地は、見渡す限りの荒野で、木の一本も生えちゃいない。
「サクラちゃん!こっちこっち!水の流れる音がするってばよ!」
 後方のやや離れた場所に森があるのはわかっていたが、時間勝負の戦況だったため、地形把握もろくすっぽしなかったものだから、水のある場所なんて見当もつかない。だというのに音だけで水源を探ってしまうとは、ナルトが持つ五感の鋭さは人間離れをしている。
「サスケくんは?」
「ああ、オレは奴の仕事を監視してる。またひとり別行動でどこぞに飛んだら、今度こそ殺してやる」
 苦虫を頬張ったようなサスケくんの表情に、思わず笑ってしまった。カカシ先生は、「ちょっと野暮用」と消えてしまうことが何度かあって、そのたびに私たち三人は置いてけぼり。街中ならいざしらず、サバイバル生活を余儀なくされたことは片手じゃ足りない。否が応でも培われたそのスキルは、今後役に立つのか非常に疑問だ。
「……ホッとした?」
「なにがだ」
「これで仕事、終わったから」
 サスケくんは、不意をつかれたようで、目を瞬かせる。エルフの容姿が美しいのは通説だが、中でも彼の一族は群を抜いているのだという。魅了の魔術というのがあるそうだが、皆が皆、それにかけられたかのごとく骨抜きにされ、例にもれず私も一目ぼれをしてしまった。今でもまったく慣れないし、格好いいなと心の底から思う。ただ、どれだけ焦がれたところで、彼の背負う荷物はあまりに大きすぎて、私にはわけてもくれなかった。
 死ねない業を背負ってしまった彼の同族が、心の安寧を求めて世界と心中をしようとしている。
 旅の終わりは、そこだった。無理心中を阻止することで最終的に私たちは「世界を救う」ことになり、同族殺しの汚名と名誉を同時に背負ってサスケくんは村へと帰る。きっと、彼も死ねない。老いることも、狂うことも、飽きることもなく、エルフの営みを守り続けるのだろう。それが宿命なのだと事もなげに言い切る彼は、世界の英雄だと私は思う。
「……賢者だったら、よかったかな」
「ん?」
「あなたのこれからを祝福する言葉を、私はなにひとつ知らない。神のご加護をなんて、ただの戦士には言えないもの。聖なる力をこれでもかって込めた秘石を、できればあなたに贈りたかった。最初の選択で、失敗したかな」
「バカ言え。お前は膨れ面でクソ重い装備引きずってんのがお似合いだ」
「ひっどい!そういうことばっかり言うんだから!私だって着飾ればそれなりに……!」
「知ってるよ」
 口元が綻び、目が柔和に笑う。
 せっかく綺麗な顔をしてるのに、眉間に皺ができちゃいそうで、いつもハラハラしていた。誰かが言った冗談に乗るのが癪で、そんな時はひときわムスッとしていたから、笑顔なんて一生見られないと勝手に思い込んでいた。これはとんでもないご褒美だと、泣きそうになる。
 がんばって、がんばって、一緒には生きていけないけれど、彼のためになることをひとつでも増やしたくて、必死に食らいついた。
「女が別嬪になる時ってのは、二回あるらしい」
「そう……なの?」
「一回目は、わかるな?」
「えと、うん、まあ」
 きっと花嫁姿だろうと思う。女の子が一番輝くのは、好きな人の元へ嫁ぐ日だ。それは、どんな国を訪れても同じだったし、どれほど時代が移り変わろうとも普遍なものとして在り続けるに違いない。
「大事なのは、二回目の方だ。女ってのは子供を産んだ瞬間、女神になるらしい」
 そんなものかなあ、と私は少々どころか相当に懐疑的だった。出産に立ち会ったことはないし、何しろ女にとっては命がけの大仕事なのだ。歯は磨り減り、髪の艶は衰え、全身汗びっしょりの血まみれ姿。いくら想像を膨らませたって、女神という単語とはどうしても繋がらない。
「……疲れてくたくたじゃないの?」
「それがな、どんなにくたびれきっていても、はじめて子供を抱き上げる姿ってのは、たとえようもなく神々しいんだとさ」
「ふーん……そういうものかなあ」
 長寿で知識も豊富なエルフが言うのだから、間違いなんてことはないだろう。ただ、迷信みたいなものも入っている気がするし、やっぱり腑に落ちない。産婆さん以外には見られたくないなと思ってしまう。
「だからオレは、二回、お前の村に行かなきゃならない」
 サスケくんの言葉に、耳を疑う。村に行く、と彼は言った。もう二度と会えないかもしれないなんて心のどこかで覚悟していたというのに、そんな思い込みをひょいと飛び越えて、サスケくんはさらに続ける。
「お前の主張は、なにせ耳タコだ。あんまり言うもんだから、どれだけのものか見てみたくなった。だから、二回だな」
「あー!やっぱり、魔術師も捨てがたい!」
「どうした、急に」
「だって、魔術師だったら、いつでもあなたのところに飛んでいけるもの」
「ハッ!家出先にはもってこいってか?」
「そうよ。気が済むまで、ずーっと匿ってもらうの」
「ったく、迷惑な話だ」
「でもきっと、サスケくんは黙って私を置いてくれる」
「置くっていうか、たぶんあちこちに連れ出すだろうな。仕事はあるし、お前は戦力になる」
 いつものようにつれない態度のサスケくんだけれど、その言葉とは裏腹にとても楽しそうだった。そうして、やっと確信に至る。この旅は、楽しかったのだ。四人でいるのが当たり前で、ずっとずっと続けばいいのにと思ってしまうくらい、底抜けに楽しい旅だった。その終わりに一言、彼に残すとすれば。
 私は、すうっと大きく息を吸い込んで、思いの丈をうんとこめる。
「サスケくん!大好き!」
 とびきりの笑顔で言えたと思う。サスケくんは何も言わないけれど、穏やかなその表情は、私の気持ちを認めてくれている証拠で、返す言葉なんていらなかった。優しい眼差しだけで、私には十分すぎる。
「私、喉渇いちゃった。ちょっと行ってくるね」
「おう。ついでにこれ、頼む」
 手渡されたのは、皮製の水入れだった。手持ちの水が切れてしまって、ぶっきらぼうに渡されたそれをドキドキしながら口に運び、間接キスだと浮かれた自分を思い出す。甘酸っぱくて、少々スパイスの効いた初恋だったなぁ、とほんのり浸ってみる。こんなにも私の心を浮つかせる男の人は、これから先、絶対に現れないだろう。
「先生のお守り、お願い」
「はいよ」
 サスケくんに背を向けて、森の方角へと歩きはじめる。もしかしたら泣くかもな、と覚悟していたのだが、涙の気配はどこにもない。私の初恋が苦いだけじゃなく、幸せだとも言い切れる終わりを迎えられたのは、相手がサスケくんだったからだ。彼を好きになって本当によかったと、歩を進めながらしみじみと私は思った。




 そして、我らがどんぐり勇者はといえば、小さな湖の淵にごろんと大の字に寝そべっていた。その傍らに腰を落として、そっと様子をうかがう。あんまりにも安らかな寝顔なので、死んでいるようにも見えた。穢れによる死亡というのは、唯一蘇生が可能だ。とはいえ、今のカカシ先生に、あんな荒業はまず無謀。教会に連れて行くにしても面倒だし、やっぱり賢者がひとりいるべきだったかと思っていたら、ナルトは目をぱちりと開けて、温泉にでもつかっているみたいに、はぁ〜っと深く息を吐いた。
「すーげえ楽しかったー」
 その声には、万感の思いが込められていた。私がサスケくんと話している間、この場所で旅のあれやこれやを思い出していたのだろう。
「終わるの、もったいねえな」
「うん。だけど、終わりなんだって」
「そっかー、終わりかー」
「ナルトは、勇者だって認められた。サスケくんは、大事なことをやりきって村に帰る。カカシ先生は……どうするんだろね?」
「また隠居生活じゃねえの?旅の間中、溜め込みまくった武器やら宝具やらをどうするか、なんか悩んでた」
「……ああ、異次元空間にも限りがあるって言ってたしね」
 旅が苛烈になるにつれ、より強い武具を求めるのは必然。そうして起こったのが、武具の強さのインフレだ。まずは拓けた場所を探して、普段は別空間にしまいこんでいる武具を広げてみる。これでも私は武具に関してかなりの目利きになったので、硬度や切れ味、使い勝手がよい順番に一度並べて、精霊の加護やら魔力の増強などの効果を総合的に判断できるカカシ先生が最終的に決めた。あちらが立てばこちらが立たず、といった事例も数多く発生し、「とにかくひたすら重いけど大魔法の行使ができる」とか「穢れにだけはめっぽう強いのにそこらのモンスターにとってはただの棒」といった代物を状況に応じて使い分けるという地味で面倒くさい作業は、ちょっとしたストレスを私たちに与えたものだった。
「オレ、これから何しようかなー!」
 いかにも清々したという声で、ナルトが言う。それにはちょっとびっくりした。勇者へのこだわりが人一番強いくせに、認められたら何の未練もなくそれを捨てて、今度は違う何かを求めるという。潔いとも言えるが、あまりにもあっさりしすぎではないだろうか。
「冒険、続けないの?」
「それも魅力的だけど、オレ、旅をするならこの四人がいい」
「……そっか」
「サクラちゃんは、どうすんだ?」
「んー?そりゃ村に帰るわよ。私、家業継ぐつもりだし」
「そっか、看板娘だもんな。サクラちゃんなら、鑑定で食っていけるんじゃねえのかな」
 なんでもないことのようにナルトは言うが、それはいくらなんでも無茶がある。世界の広さを知った今、あの村に立ち寄る客層ではそんな生業は成立しないし、それこそ海を渡った大都市にでも居を構えなければ話にならない。
「田舎じゃそうもいかないわよ。今のままで十分。あ、違うか。腕のいい職人をうまいこと見つけないといけないんだった」
 世界各地を回りながら、「この人だ!」と思う職人にそれとなく声をかけてはいたのだが、その誰もが必ず師を仰いでいて、一生ついていくのだという気持ちがとても強かった。勧誘しようにも、「のどかな田舎でのんびり暮らせます。あと、食べ物がおいしいです」という職人にとっては旨みも何もないアピールポイントしか思いつかず、つかまえることがついぞできなかったのだ。「職に困ったらぜひうちに!」なんて言ったところで、腕がいいのだから困るはずもなく、ままならないものだなと世の無常を儚んだりしたものだった。
「ふーん、職人か。親父さん、腰悪いんだっけ」
「そうなのよ。呪い師に頼んで身体とか気とか一通り整えてもらうんだけど、それも半年もたないのよね」
 しかも、その代金がバカにならないため、身体を整えるためのお金を身体を壊しながら稼いでるんじゃないかという疑問すら出てくるのだから、我が家にとっては死活問題なのだ。長らく家を空けていた放蕩娘としては、出来る限りの金貨は集めたし、父にはしばらく静養してもらうつもりだった。その間に、なんとか職人を探し出して、店を切り盛りさせる目処を立たせたい。
「刀鍛冶、か。ふうむ」
 そういえばサスケくんから水を汲むのを頼まれていたのを思い出し、腰をあげようとした私だったが、ナルトの素っ頓狂な叫び声に身体が止まる。
「いいなッ!それ!」
 ナルトは、ぐんと上体を持ちあげ、さもいいことをひらめいたぞとばかりに私を見ている。
「……は?何が?」
「刀鍛冶。オレ、やってみたい!つーか、やる!」
「あんたがぁ!?」
 召喚獣と戯れようとして失敗し、火傷をこさえた姿を思い出す。あんな程度の火傷で痛がってるような奴に刀鍛冶などつとまるものか。私の表情から色々と察したのか、ナルトは唇を尖らせて、こう主張する。
「だって、オレ、剣で食ってきたんだよ?へんてこな剣はたくさん見てきたけど、オレはさ、魔力がどうとか呪いがどうとかそういうの関係なくて、刀鍛冶の腕が試される剣が好きなんだ。軽くて、使い勝手がよくて、簡単に刃こぼれがしない、しなやかな剣。そんでもって外せないのが、惚れ惚れするほど綺麗じゃなくちゃいけない。そういう剣、オレ、自分で作ってみたい!うーわ、なんかワクワクしてきた!」
 ナルトは、ぐんと空に向けて両手を伸ばし、足をばたつかせ、子供みたいにはしゃいでいた。
「オレ、サクラちゃんの村に行く!そんでもって親父さんに頼み込んで、弟子にしてもらう!オレ、決めちゃったもんね!そうだ、こうしちゃいらんね。カカシ先生に、コレクション取っておくようにお願いしとかねーと!」
 立ち上がるなり、ぴゅうっとその場を駆け出したナルトの心は、すでに次なる目標へと向かっている。ぽかんとしばらく呆けていたが、なんだかすごくおかしくなって、笑いが止まらなくなる。感傷的になっていた自分が、あんまりにも間抜けすぎたからだ。楽しいことが終わったなら、次は、もっともっと楽しそうなことをやってみる。そんなナルトのあっけらかんとした姿勢は、胸がすっとするし、私だって負けずに楽しみたいと思えるから不思議だ。
 ナルトがいなくなり、一人残された湖のほとりで、水面を覗き込む。すると、そこには見慣れた鉄兜。私は、それをそっと脱ぐ。兜の重みで、髪がぺたんと押しつぶれてみっともない。続けて鎧を脱ぎ、具足も外す。カカシ先生が軽量化の魔術をかけてくれているからこそ、こんな小娘でも身に着けていられる一級品だ。すべての装備を外すと、さっと風が流れて、下に身につけている薄手のワンピースがはためいた。これで私は、誰の目を引くこともないありふれた町娘になった。
 どこにでも行けるし、何にだってなれる。そんな夢を見続けられる少女時代は終わり、人生という長い旅路を、これから突き進むのだ。たまに四人で集まって目的もなく諸国をふらつくのも楽しそうだし、鍛冶屋がいよいよ行き詰ったら鑑定で生きていくのも悪くはない。これから生きていく術を私はもう、いくつか手に入れている。その代わりに失ったものは、ひとつだけ。もう二度と、あんなにも破天荒な冒険はできない。きらきらと輝いていた日々は、戻らないからこそ美しく、胸の中で永遠のものに変わっていく。
「すーーーっごく楽しかったなー!」
 私は、腹の底から声を出すと、胸いっぱいに新鮮な空気を吸った。そして、これが最後の冒険だと自分に言い聞かせて、素足のまま湖から離れる。助走は十分。地を蹴ると、水面がみるみる近づき、顔が自然と笑い出す。
 いち、にの、さん!
 えいっと空高くジャンプをすると、何が棲んでいるのかもわからない湖の中へと、思い切って飛び込んだ。




2018/12/29