短冊



短冊




 任務から帰還して里の商店街に足を踏み入れると、通りの左右にいくつもの笹が立てかけられていた。そこに結ばれた色とりどりの細長い短冊が、風に乗ってひらひらと舞っている。まるで花吹雪だな、とナルトは思った。それは六月末頃から見られる木ノ葉の風物詩とも呼ぶべき光景で、アカデミーに通っていた頃は全員に短冊が配られて、祈りや願いといったものを書くように言われたものだ。
 ナルトの短冊に連なる文字はといえば、いつもいつも「ほかげになるってばよ!」。それを見たイルカに「短冊にはお願い事を書くんだぞ。火影になれますように、じゃないのか?」とやんわり指摘されるのだが、「誰かにお願いしなくたって、自分の力でなってやるから、これでいいんだってばよ!」と短冊の趣旨を理解もせずにふんぞり返っていた。
 懐かしいなと思いながら、くるくると揺れる短冊をひとつ掴む。そこに書かれた「忍者になれますように」という幼い字を眺めていると、背後から声をかけられた。
「おう、ナルト!お前も一枚書いていけよ!」
 振り返ると、商店街の会長が、行き交う人々に短冊を配っていた。通りの隅には、簡易テーブルとパイプ椅子が用意されている。アカデミーを卒業してからは、なんとなく短冊を書く機会はなくなっていた。短冊も、たまにゃいいか。昔の記憶に引き寄せられるように、テーブルに向かう。
「じゃあ、いっちょ書いてくわ」
「よっし、そうこなきゃ!書いたら、この箱ン中に入れてくれや。あとでまとめて結んじまうからよ」
「ほいほい。了解」
 ナルトは頷きながら背嚢をテーブル脇におろすと、パイプ椅子を引いて、そこに腰を落ち着けた。そして、テーブルの上に置かれた短冊の中から薄いピンク色を探し出すと、何の迷いも見せずにさらさらと書きつける。願い事なんて、ひとつきりだ。
「これ、飾っちゃっていい?」
「……なんだよ、もう書いたのか?まあ、飾ってもらえんなら、助かるわ」
「んじゃ、そういうことで」
 短冊に記されている願い事は、「サクラちゃんが幸せになりますように」。手近な笹にそれを吊るすと、ナルトは少し満足そうに眺めてから、背嚢を再び担ぎあげて家までの帰り道を歩いた。
 それが、5年前のこと。



「お、短冊。もうそんな季節になったんだなあ」
 隣を歩くサクラが、ナルトの身体越しにひょいと首を出し、商店街の通りに笹が飾られているのを確認する。
「何か書いてく?」
「えー?どうしよっかな」
 物は試しとサクラに誘いをかけてみたのだが、その返答は曖昧だ。ナルトは一人、白紙の短冊が置いてあるテーブルに歩み寄る。すると、サクラもその後を追いかけて、短冊を一枚、手に取った。
「お願い事、か」
 ぽつりと呟くサクラの顔を、ナルトは覗き込む。
「思い浮かばない?」
「そうでもない……かな?」
「じゃあ、書いていこうぜ!」
 パイプ椅子は幸い、二脚ある。二人は椅子に座り、用意されたペンを手に取った。
「あんた昔、『ほかげになるってばよ!』って書いてたわよね」
「……よく覚えてんね」
「そりゃ覚えてるわよ、火影って漢字で書けてないんだもの。しかも、お願い事じゃないし」
 肩を竦めて、サクラが言う。
「そういうこと言うんなら、オレだって知ってんだぜ。『サスケくんとデートできますように』って書いてただろ。オレの方が、忍者としては正解だと思うけどな!」
 そしてサクラが短冊にしたためる願い事は、「サスケくんが早く帰ってきますように」となり、大戦が終わってからは、「義手の調節がうまくなりますように」へと移り変わっていった。誓って言うが、サクラの短冊を毎年わざわざ探し出したわけではない。サクラの字は自然と目に入ってくるので、どこに飾ってあるかすぐにわかってしまうのだ。
「そうそう、いのと場所争いもしてたな。一番目立つとこに飾るんだってさ」
「……どうしてそう、ろくでもないことばっかり覚えてるのよ、あんたは」
 サクラは呆れながらも、居住まいが悪そうだ。
「だって、サクラちゃんのことだもん。ぜーんぶ覚えてますよー」
 過去の出来事を振り返りながら、二人は短冊にさらさらと願い事を書きつける。書き終わるのは、ほぼ同じタイミングだった。
「たぶん、同じこと書いてるよな」
「……まあ、そう、かな?」
 お互いの願い事を確認することもなく、二人はそれぞれ違う笹に短冊を結びつける。
「私、昔はけっこう短冊書いてたんだけど、今はだいたいのことが叶っちゃったから、願い事って急に言われてもピンとこないのよね」
 サクラは、笹にぶら下がっている自分の短冊を指で弾く。それは、くるくると回った後、揺れながらサクラの前で止まった。
「でも、これだけは、だろ?」
 ナルトは、笹に結んだ短冊を引っ張り、ニッと笑って顔の横にかざしてみせる。そこに並んだ文字群は、こうだった。
 子供がすこやかに育ちますように。
「……私は、健やかって漢字で書いた」
「べ、別に漢字だろうがなんだろうが、関係ねってばよ!」
 ナルトが短冊を手離すと、笹全体が揺れて様々な願い事が目に入ってくる。
 立派な忍者になれますように。中忍試験に通りますように。もっと背が伸びますように。もう少し痩せますように。可愛い嫁さんをもらえますように。
 多種多様な願い事を横目に見ながら、「二人でひとつの願い事なんだから、ちょっとは優先してくれってばよ」とナルトは心の中で呟いた。




2016/7/7