あこがれ



あこがれ




 ナルトの木ノ葉ベストに対する憧れは、とても根強いものがある。忍として里の者全員に認められた証とでも言おうか、ナルトが掲げる大きな目標が「火影になる」だとすれば、その途中にあるチェックポイントには、「木ノ葉ベストを着用する」という項目が、どっしりと構えている。特にナルトは、中忍に昇格する前に英雄になってしまったという逆転現象が起きているので、自分という存在を認めてもらったひとつの形として木ノ葉ベストが早く欲しかった。このベストを着ることで、ようやく木ノ葉隠れの里の一員になれる。そんな気がするのだ。
「よし、バッチリだってばよ!」
 上腕部に木ノ葉マークの入った標準服に身を包み、木ノ葉ベストを上から着る。巻物ポーチは、まだ全部埋まっていない。何を装備すればいいのかまだ悩んでいる最中で、白紙の巻物と試験前にサクラがくれた兵糧丸ケース、それに小さな煙玉と光玉。その四つが入っているだけ。そして額あての布は、あえて短くした。自分が下忍になりたてだった頃の気持ちを忘れないようにと、同じ長さの布を購入したのだ。本当はイルカからもらった額当ての布をつけたかったのだが、修業の旅の途中で使い物にならなくなり、昔の任務服を仕舞っている棚に一緒に入れている。
「これでサクラちゃんも惚れ直すってもんよ。いやいや、もう惚れちゃってるかもね!」
 ニシシと笑って、ナルトは家を出る。
 中忍試験に合格したという通知が木ノ葉に帰ったばかりのナルトの元に届き、真新しいベストを支給されたのは、昨日の夜のことだった。今日は午前中に講習会とやらがあって、昼にはサクラと一緒にごはんを食べる約束をしている。つまり今日は、中忍昇格の朗報とベスト姿の初お披露目を同時に行なうという、ナルトにとってはこの上なく特別な日だった。
「そんじゃ、行ってくるってばよ!」
 勇ましい声と共にアパートを出たナルトは、指定されたアカデミーの一室に向けて駆け出した。




 ナルトが中忍試験から戻ったのが、昨日のこと。予選に通ったと人づてに聞いた時、サクラはどうにも信じられず、その話は本当かと色んな人に尋ねて回った。本選ではトーナメントを危なげなく最後まで勝ち抜き、これで中忍の昇格は間違いないだろうと里中で噂が飛び交っていたが、大事なのは試合内容で、勝敗が左右するわけではないのは、シカマルが昇格した時に実証済みだ。大番狂わせは毎度のことで、最後の最後まで油断できない。それが中忍試験だった。
 木ノ葉を出発する時は、「頑張りなさいよ!」と発破をかけて背中をバンと叩いてやったのだが、どうしてこうもナルトを信じてあげられないのか。不可能をどんどんひっくり返して可能にしていった男が中忍になれないなんて、そんなバカな話はない。きっと、大丈夫。毎日サクラは空を見上げては、ナルトの昇格を祈っていた。
 そして今日、ナルトと待ち合わせをして、試験の手ごたえを本人から聞くことにしている。午前中はとてもじゃないが仕事にならないので思い切って丸一日休みを取り、正午きっかりに橋のたもとで、気もそぞろにナルトを待っていた。
「サックラちゃーん!おまたせしましたー!!」
 底抜けに明るいナルトの声に、パッと顔を上げる。
 上も下も、里の標準服。下忍の頃を髣髴とさせる額当ての長さに、真新しい木ノ葉ベスト。
 ナルトが中忍試験に出払っている最中、夢に何度も出てきた姿だった。そんなナルトを上から下まで眺めると、つうっと涙がサクラの頬を伝い、それは止まらなくなる。サクラは涙を振り払うことも忘れて、忍としてまた一段高いところに到達したナルトの晴れ姿から目を離せずにいた。
「え?え?ええーーー!?なんで泣いてんのーーー?」
 ナルトは慌てて駆け寄り、バタバタと手ぬぐいを探すのだが、どうやら見つからないらしい。弱り果てているナルトに、サクラがぽつりとこぼす。
「……よかった」
「ん?」
「……受かってよかった」
 ずっと鼻をすすると、サクラはバッグからハンカチを取り出して、頬や目元を拭う。
「もしかして、嬉し涙ってヤツ?」
「そうよ、それ以外にないでしょ。あんたには、ほんっと昔から驚かされてばかりだわ」
「昨日、通達が来たんだ」
「だったら、知らせてくれてもよかったのに」
「夜遅かったし、昼メシの時でもいいかなーって」
「……言いたいことたくさんあるけど、今はやめとく」
 サクラは涙を拭い終えると、ナルトと視線を合わせて、こう言った。
「合格、おめでとう」
「うん、サクラちゃんのおかげだ」
 晴れやかにナルトが笑えば、サクラの涙はどこかへ散ってしまった。
「シカマルも忘れないであげて。あの面倒くさがりが、今回はすごく必死になってたんだから」
「知ってる。あいつには、借りができちまった」
「あら、だったら私にも借りができたって思っていいの?」
「……うわあ、なんか怖くなってきた」
 冗談めいたサクラの言葉を茶化して、ナルトは両腕をさする。ナルトだって、もちろんお礼は何にしようかと考えていた。小物、雑貨、洋服。思いつくのはそんなものばかり。それで満足してくれるだろうかと、いささか不安ではある。だが、そんなナルトの懸念をよそに、サクラはあっさりと言い放った。
「じゃあ、今度、デートしよ」
「……へ?」
「ベスト着て、デートしよ」
「い、いいの?デートだよ?ただあんみつ食べるだけじゃないよ?もっとこう、色んなとこ行って……」
「うん。だから、デートしよ」
 三回繰り返すと、ようやくナルトは実感が沸いたらしく、「やった」という言葉がだんだん大きくなる。
「やったってばよォ!サクラちゃんと初デート!」
「声、でかすぎ」
 軽く笑いながらサクラが言えば、ナルトはがばりと抱きついてきた。
「ちょ、ちょっと何すんの!」
 デートをするとは言ったが、そこまで許した覚えはない。分厚い木ノ葉ベストに手を置いて押しのけようとするサクラだが、最近また太くなった首筋の赤みが視界に入った。
「……顔、真っ赤」
「そりゃそうだよ。真っ赤だよ。デートだもん」
「……どこ行くか、考えときなさいよ」
 抱き合っても木ノ葉ベストじゃ感触は伝わらないんだな、とサクラは思いながら、ナルトの背中を優しく叩く。それを合図にナルトはサクラを解放し、照れ笑いをした。




2016/6/1