ナルトは、どうも昔から物覚えが悪い。 それは幼少時代からよく指摘されていたのだが、ナルト自身は決して認めず、「そんなことないってばよ!」と頑なに否定し続けていた。そのいらない頑固さがナルトの首を絞めたのは、去年のこと。あろうことか、彼氏彼女の関係にあるサクラの誕生日をスコンと忘れてしまったのだ。サクラはといえば、怒るどころか「あんたらしいわ」と気にせず笑い飛ばしていたが、ナルトからすれば大事件だ。それがきっかけで、記念日というやつを忘れないようにと、壁にカレンダーを飾るようになった。手帳なんて持ち歩いてもどこかに落っことしそうだし、家に帰れば必ずあるとわかっているのがホッとする。 誰よりも早くサクラに「誕生日おめでとう」を言いたい。そんな健気な思いを刻むように、カレンダーの3月28日には大きな花丸がぐりぐりと描かれていて、「サクラちゃんの誕生日!」と豪快な文字で書き込んである。そして暦が3月に入ると、朝起きては今日の日付を確認し、誕生日まであと何日かを数えるのが日課になった。 「あと5日か……ぜってー忘れねぇぞ!」 カレンダーの前、両手に腰を置いて、ナルトはどんな風に記念日を過ごそうかと考える。3月に入ってからずっと考え通しなのだが、去年の誕生日を忘れてしまった分、豪勢に祝ってやりたいという気持ちが大きくて、なかなかプランを固められずにいた。 その時、ぺらりとカレンダーをめくったのは、なんとなくの行動だった。 「……あ、そだ、この日だ」 そんなナルトの目に留まったのは、4月3日。祝日でもなければ、仲間内の誰かの誕生日でもない。だが、ナルトにとっては大きな意味を持つ日で、大事な記念日とも言える。ウーンと悩んでから、こちらにも小さな花丸をつけることにした。ただ、どんな日なのかを書き込むのは、若干の気恥ずかしさが残るため、やめておいた。 オレだけが知っている、オレのための記念日。 そんな思いを胸にしまいこみ、カレンダーを3月に戻した。 「ナルトー、起きてるー?」 ノックと共に聞こえてきたのは、サクラの声だった。これは任務の呼び出しかと、慌てて起きる。28日に休暇を取った後、そのまま待機状態になっていたナルトだが、医療班の護衛を頼むことになるかもしれないとカカシから言いつけられていたのだ。 「はいはいはい、ちょっと待ってくれってばよー!」 布団から勢いよく飛び出して、ナルトは寝巻き姿のまま玄関の扉をあけた。 「やっぱ寝てたか。ま、当たり前よね」 目の前には、装備を整えたサクラが立っている。 「お願いしたのはこっちだし、そんなに急いでるわけじゃないから、ゆっくり支度していいわよ。待ち合わせ場所は、大門ね」 それだけを言うと、サクラは玄関から去ろうとする。その手首を咄嗟に掴むナルトに、サクラは「何?」と目だけで問いかけた。 「装備整えてる間に、ちょっとお茶でもいかがっすか?」 明日から4月だというのに、外は風が冷たく、真冬を思わせる気候だった。うーん、とひとしきり悩むサクラに、「お菓子もあるよ」と添えると、誘惑に負けたらしい。「お邪魔します」と再び玄関に入り、靴を脱ぐ。 「お茶、勝手に淹れていい?」 「どうぞ、どうぞ。もうね、何したって構わないから!」 バタバタと部屋の中をせわしなく歩きながら、ナルトが言う。 「じゃあ、遠慮なく」 ナルトの部屋のどこに何があるのか、サクラは全部把握済みだった。すれ違いの日々が続いているせいで、最近ナルトの部屋に入る機会はなかったのだが、お茶っ葉や急須の置き場所がそうそう変わるはずもない。サクラは、勝手知ったる我が家のように薬缶を台所下の収納から取り出すと、湯を沸かす。 「……なにこれ?」 湯が沸騰するまでの間、ぐるりと部屋を眺めていたサクラが、呆れたような声を出した。視線の先には例のカレンダー。自分の誕生日に描かれている花丸やら文字やらに、目を丸くしている。 「いいでしょー。忘れないように、カレンダーに書いてんの」 「ふーん……」 サクラは、なんとはなしにといった様子で翌月分のカレンダーを捲る。すぐにその手は止まり、「あれ?」と首をかしげた。 「4月3日って何かあるの?花が描いてあるんだけど」 不意打ちを食らったナルトは、ビクリと肩を跳ね上がらせる。特別なその日は、サクラにまだ言ってない。どうしよう、どうしよう。「言うなら今だ!」と頭の中から声がしたのだが、唇はその言葉を発することを拒絶し、代わりに言い訳じみた台詞を吐き出した。 「だ、大事な日なんだってばよ!」 それだけを言うと、サクラはそれ以上追求せず、カレンダーを元の3月に戻した。ホッとする一方で、ナルトはなぜか、複雑な心境になる。もうちょっと踏み込んでくれてもいいんだけどな、というサクラ任せな気持ちと、自分の口で伝える機会を作れらなきゃという気持ち。その二つがせめぎあっていた。 そのうち胸を張って、この日にサクラのことを好きになったのだと言える日がやって来るのだろうか。 「お茶菓子、勝手に食べるわよ」 「うん、どんどん食べて!」 支給服に腕を通し、木ノ葉ベストを着込むと、あとは装備品の確認を残すのみ。 オレってば、意外と照れ屋なのよねぇ。 はあ、とひとつ息を吐き、棚の上に置いた武器ポーチを手に取った。 2016/4/3 |