中忍試験が、目前に迫ろうとしている。そのことに誰よりも敏感なのは、試験を受ける当人のナルトではなく、教育担当を命じられたサクラとシカマルだった。 お前らの知識を、このバカにひとかけらでも分けてやれ。 そう厳命したのは、火影引退後に木ノ葉病院の顧問として里に残っている綱手で、現火影であるカカシはといえば、「だったら、そーいうことで」と完全に丸投げ状態。当たり前だが、中忍試験に傾向と対策なんてものは、皆無に等しい。ただ、忍として蓄えた知識を問うペーパー試験がないとも限らない。ナルトの致命的な弱点を潰そうと、サクラとシカマルは躍起になって動いていた。 実技にはなんら問題がないのですが、頭が追いつかなくて落ちました。 そんな展開は、ナルトだけではなく木ノ葉側としても、なんとしても避けたいところだった。 「あと五分」 眠たい目をこすりながらサクラが告げると、任務の合間に作ったお手製のテストを前に、ナルトは頭をかかえて唸りはじめる。この分だと、期待はできそうにない。やる気はあるのだが、詰めこみ教育にも限界がきているようだ。 最近のサクラは寝不足気味で、手薄になった医療班の穴を埋めるべく忙しく立ち回ってた。こんな疲弊しきった状態で根気よくナルトに手ほどきをするのは可能かどうか、奮闘するナルトの姿を見つめながら、いつもの半分ぐらいしか回らない頭で考える。そうこうしているうちに、あっという間に五分が経過し、できる限りやってみるかとサクラは腹を括った。 「はい、終了」 不機嫌ではないのだが、その声は、だらしなく間延びする。サクラが眠い時の癖だった。 「オレが言うのもアレなんだけど……今日はさ、やめといたら?なんか辛そうだし。採点は次に回せばいいってばよ」 ナルトの提案に乗りたいところをぐっと堪えて、サクラはペンケースを引き寄せる。 「そういうわけにはいかないわよ。切羽つまってんだから。試験日、忘れたわけじゃないでしょうね。あんただって、木ノ葉ベスト着たいでしょ?」 「着たいです」 食い気味に答えて、こくこくと高速で首を縦に動かすナルトに、よろしいとばかりに深くゆったりと頷いて、サクラは赤鉛筆を手に取った。 今回の試験でナルトを中忍に昇格させる。それは木ノ葉の既定路線で、里中の期待がサクラとシカマルにかかっていた。木ノ葉が誇る英雄うずまきナルトに、いつまでもバーゲンセールみたいな下忍価格でつまらない任務をあてがうわけにはいかない。一日でも早く隊長格に、そしていずれは上忍に昇格し、木ノ葉に任務金をたんまりと落としてもらわねば困るのだ。 「じゃあ、採点」 サクラは顔を軽く振って眠気を払い、答案をチェックしはじめた。 「はいダメー、これもダメー、あーもう!何も書かないで提出するなって言ってんでしょー!」 実に手際よく答案用紙に×マークが記され、そのたびにナルトがしょんぼりと肩を落とす。 「えーと、これは……」 とある問題でサクラの手が止まった。しばらくじっと答案を眺めたあと、目を瞑って両腕を組み、天井に顔をうーんと向ける。 「ダメだ、私、ほんと疲れてるみたい。判断力、落ちてる」 「だーから言ったろ?答案はさ、サクラちゃんが持ち帰ってさ、」 「ほら私、ナルトの知識量をなまじ知ってるじゃない。だからさ、この答え、満点回答じゃないにしても、ナルトにしてはよく書けたなーって思っちゃうのよね。これって、贔屓目かしら」 「……オレに聞かないでくれってばよ」 「これねー、そうよねー、一年前だったら絶対書けないわよねー。何気に漢字も使えてるし……。あー、ちょっと字も綺麗になったかな?そうそう、字を同じ大きさにすると読みやすいのよ」 サクラに褒められている。そうわかってはいるのだが、ナルトは喜べない。褒められる箇所がアカデミー生並みで、この調子があと三秒続けば、ナルトはふてくされただろう。しかし。 「頑張ってるのよね、あんたも」 サクラは、穏やかに目を細めて答案を眺める。 「私もさ、医療忍者になる時、勉強すっごく頑張ったのよね。この私がよ?毎日毎日、頭にこれ以上詰めようがないってぐらい本読んだりしてさ、それでも全然追いつかなくて、叱られてばっかりだった」 その話を聞いて、ナルトは軽く目を見開いた。綱手との修業の話は何度も聞いているが、その内容は二人の共通項である体術修業についてがほとんどで、何せ頭の切れるサクラのことだから医療の勉強なんて片手間にやってのけていたんだろうとナルトは思い込んでいたのだ。サクラはそんなナルトの考えを知っているかのように息を吐くと、真正面に手を伸ばし、ナルトのおでこをピンと軽く弾いた。 「もう限界?まだ、入る?」 「は、入る、かも、しんない」 「何よ、その中途半端な返事」 サクラが軽く笑うと、ナルトは真剣な面差しで、じっとサクラに視線を注ぐ。 「サクラちゃんが見ててくれるなら、もっと頑張れる」 「……そ。なら、よかった」 「だから、勉強、もっと教えて」 「ん、いいでしょ」 サクラは赤鉛筆を持つと、採点を迷っていた回答に、半分だけ点数を入れた。 「ダメだった箇所、今日中に全部さらうからね。ノート、開きなさい。解き方、教えてあげるから」 一瞬悲鳴をあげそうになったナルトだが、サクラがすごく頑張ったのなら、自分だってそれ以上に頑張らなくてはと思い直し、パンと頬を張ってノートを開いた。 2015/12/24 |