戦士の憂鬱



戦士の憂鬱




※RPGパロのカラー扉絵から派生した話です。




 職業、女戦士。こう書くと、いかにもたくましい二の腕を想像するだろうが、サクラは戦士の中でも、いや、女の中でも細身の部類だ。先に言っておくが、ドワーフではない。ごく普通の鍛冶屋に生まれて、ごく普通に家の仕事を手伝い、村では看板娘として通っている。鍛えた剣の試し斬りに、旅人が持ち込んだ武器の鑑定、村の近くにモンスターが出現すると刀剣一本で立ち向かったり等々、実によく働く村娘だった。
 そんなサクラの日常を名刀のごとくバッサリと斬り落とし、ガラリと一変させてしまったのは、ナルト率いるパーティーの面々が村にやってきてからだった。モンスターが最近住み着きはじめた洞窟に潜るというので、装備を用意したり、宿屋を手配したり。雑務を請け負う羽目になったのは、ただのなりゆきで、パーティーの一員であるエルフの類まれなる美貌に惹かれたわけではない。断じてない。水先案内人のつもりで洞窟に潜ったのが、きっと悪かった。その際に腕を買われてしまい、あれよあれよと話が流れるまま、彼らと一緒に冒険に出ることに決まってしまった。それが、半年前の話。




 今日もまた、山に昇ったり下りたり落石に巻き込まれそうになったりと、騒がしい旅の一日が終わろうとしている。サクラは重装備を解いて、寝巻きにしているローブを身にまとった。宿の部屋には姿見があって、明日の支度を終わらせると、ローブ姿でその前に立ってみる。
「よし、まだ大丈夫」
 姿見には、よけいな筋肉のついた気配はなく、看板娘のままの自分がそこにいた。このまま見た目にも屈強な戦士になってしまったらどうしようかと、サクラは時々途方に暮れる。旅が進むにつれて、装備は充実するばかりだ。たとえば、ベッドの脇に転がっている鉄兜。これが宝箱から出た時は、ナルト、サスケ、カカシの三人ともがサクラをじっと見て、装備するのを無言で待っていた。旅の序盤では、こういった戦士用の重装備が宝箱から出てくると、「かわいくないからヤダ!」と装着するのをごねていたサクラだが、今はもう、「あ、ハイ、私が使うのね」とある程度譲歩をし、納得もしている。理由はひとつ。死にたくないからだ。
 森を移動している間は、自分の姿を映す鏡などないので気にならないのだが、こんな風にふと立ち寄った村の窓に写る自分の姿を不意打ちで見てしまうと、大きなダメージを食らったりする。死にたくないからこんな格好をしているが、ある意味女としての自分はすでに死んでいるんじゃないかと、気分は塞ぐばかりだ。それに比べて男連中は実にのんきで、今日だってサクラの装備姿などいざ知らず、どこの食堂が一番量が多いか、うまい酒は飲めるか、ふかふかなベッドのある宿屋はどこだと村中を歩き回り、いつものようにサスケとナルトが喧嘩をはじめた。「うるっさい!」と怒鳴ると、二人は機嫌の悪さをようやく察したらしく、食事も宿屋も全部サクラの希望通りとなった。
 旅が終わるまでの辛抱。そう言い聞かせるサクラだが、この奇妙な旅暮らしを楽しんでいる一面もあって、解散をしてしまえば、四人で旅をする機会なんてやってこないとわかっている。サスケはエルフの村に帰るだろうし、カカシはさすらいの魔術師。
「あっちい!」
 隣から、派手な声が聞こえる。ナルトが、懐かない召還獣の子供と遊んでいるらしい。そういえば、あの男とも、お別れだ。ナルトの記憶に残る自分はきっと、鉄兜をかぶった重装備姿なんだろう。それが癪だった。
 サクラは、隣室のドアをノックをしてから、「入るわよ」と一方的に告げる。ドアを開けると、召還獣はすでに消えていて、ナルトの手には火傷のあと。ひどくはないが、剣を振ると痛むはずだ。
「おー、サクラちゃん。どうした、の……」
 ナルトは、サクラの姿を認めると、声は尻すぼみになり、目はまん丸になる。
「なによ」
「や、あの、薄着なんですね」
 ナルトの一言に、サクラは眉間にきつく皺を寄せて、面白くなさそうに呟いた。
「あんな格好で寝るわけないでしょ」
 こいつは私のことをどんな風に思っているのか。まったくもって釈然としない。ナルトは疲れているのか、回復呪文の一節を何度も間違えて、火傷の治療を失敗しつづけた。サクラはその様子を眺めながらベッドの脇にぼすんと腰を落とし、ナルトに尋ねる。
「旅が終わったらどうするの?」
「……村に帰るよ」
「ま、そうなるわよね。右手、貸して。火傷治しちゃうから」
 火傷の治療に手間取ってるナルトを見るに見かねて、サクラは手当てをしてやることにした。攻撃魔法はお手上げだが、治療系は得意な方だ。しかし、ナルトの手を取ると、なぜかびくんと肩が反応する。
「別に、痛くしないから」
「そうじゃ、なくって」
「だったら何」
「さっきの話の続き。よ、嫁さん……もらおうと、思って」
「……村に置いてきた女の子でもいるわけ?」
 声が尖っているのを、サクラも自覚している。女として崖っぷちに立っている今、のろけ話なぞ聞きたくもない。このまま放置しておこうかとも思ったが、回復呪文をやや雑に紡ぐ。それでも皮膚の再生は始まり、緑色の明かりが消えると、火傷は跡も残らず綺麗に治った。
「余計な怪我増やすんじゃないわよ」
 そう言い置いて、サクラはベッドから腰を持ち上げ、部屋を去ろうとする。そして、立ち上がりかけたその瞬間、手を思いきり引っ張られ、両肩をベッドに押し付けられた。
「ちょっ!アンタ何すんの!」
 声を荒げてキッと睨みつけると、ナルトは思いのほか真剣な顔をしていた。道中があまりにも長かったせいで、こいつも男だっていうことを忘れかけていた。
「村に帰ったら、オレと、けっ、けっ、けっこ、ぐふぅ!」
 鳩尾に蹴りを一発見舞うと、ナルトは壁に吹っ飛んでいく。
「あんまりナメないでくれる?じゃあね、おやすみ!」
 サクラは、バタンと乱暴に扉を閉じた。そして、後ろ手にノブを掴みながら、ふうと息を吐く。
「どいつもこいつも……」
 冒険でハクをつけた男ならば嫁さんなんて、よりどりみどりなのだろう。だが、鉄兜を被っている女戦士なんて、嫁にもらってくれる男がいるかどうか。
 サクラの憂鬱は、いつまでも経っても晴れそうになかった。




2015/10/4