サスケが今夜、木ノ葉に一時帰還するのだと、突然カカシから告げられた。 各所から嘆願があったとはいえ、サスケを無罪のまま放っておくはずもなく、サスケの旅は世界情勢の偵察を兼ねている。木ノ葉上層部は、輪廻眼の持ち主を野放しにするなど正気の沙汰ではないと今でもサスケの処遇に納得していない。ただ、一部の古株は、九尾事件に木ノ葉崩し、ペイン襲撃と、情報戦においてことごとく後手に回った過去を忘れてはいなかった。カカシはそういう古株を束ねて、サスケを餌に情報を集めてみたらどうかと提案をした。その途中で命をとられるなら、それまでのこと。木ノ葉にとって不利益をなすことはない。ダンゾウ寄りの思想を持つ古株たちは、カカシが用意した落とし所にようやく頷き、サスケの任務は極秘のまま、遂行中だった。 「……どうにも、複雑そうね」 カカシがそう声をかけると、サクラはハッと顔を上げる。 「人には色んな喜び方っていうのがあるんです!ちょっとしんみりしちゃっただけです!」 カカシの指摘する「複雑さ」はきわめて個人的な感情で、元七班の一員としては、サスケとの再会が嬉しくないはずがない。サスケの無事を目で確認できるなんて、想像もできなかった。カカシが便宜をはかってくれたのは明らかで、いつもよりくたびれた様子からもその苦労がうかがえる。 「時間は、深夜0時。火影室で10分だけ。その後は上層部が待ってるから、時間厳守で頼む。他に、何か聞いておきたいこと、ある?」 「いえ、特には……あ、ナルトには言ったんですか?」 「言ったよ」 「はしゃいでました?」 「いや、そうでもなくてね。あいつも、大人になったんだろうな。でも、まあ、そうね、嬉しそうにはしてたね」 てっきり大はしゃぎかと思ったが、あの二人には特別な繋がりがある。顔を見なくても、視線を合わさなくても、声なんかなくても、お互いを感じあえる。やっぱり、男の友情っていいな。サクラは二人をちょっとだけ羨んだ。 「急な話で悪かったね」 「いえ、声をかけてもらえること自体、異例のことだとわかってます。特別のはからい、ありがとうございました」 サクラが礼をすると、カカシは眉尻を下げて、「こんくらいは、ね」と呟いた。 火影屋敷を出ると、もう夕暮れが間近だった。深夜0時までに、心の準備を整える必要がある。サクラは、いったいどうすればいいのかと、途方に暮れていた。 サクラには、心を許した相手がいる。同じ七班で、義手の面倒も見ている意外性ナンバーワン忍者。そいつが、ゴリゴリに押しまくって春野サクラの心を射止めたのだ。それも、付き合ってまだ一ヶ月なんていう初々しいものではなく、なんと今年で二年目になる。あらゆる喜怒哀楽を混ぜ込んだ濃密な二年間で、かつてサスケに預けたかった領域すべてを、ナルトに差し出してしまった。 せっかくの再会に何を迷うことがあるの?と問いかける自分と、会うのはやめたほうがいいと止める自分。サクラの感情は、真っ二つに分かれてしまった。サスケを恋しく思い、しゃにむに追いかけた日々を、サクラは忘れたことがない。もしかしたら恋心は、心のどこかでまだ燻っているんじゃなかろうか。サスケと再会することで、あの強烈な恋心が戻ってしまったらどうしよう。それが不安で仕方なかった。 「サックラちゃーん!」 背後から大声をかけられて、びくりと肩が跳ね上がる。見れば、ナルトが満面の笑みを浮かべて駆け寄ってきた。 「な!な!サクラちゃん聞いた?サスケが、むぐ」 サクラは慌ててナルトの口を手のひらで塞ぐ。なにが「大人になった」なのか。目の前で子供みたいにはしゃいでいる姿をカカシに見せつけてやりたい。サスケの帰還を知らされた時は、「そうか」ぐらいしか思えなかっただけで、時間が経つたびに気持ちがだんだん盛り上がり、歯止めが利かなくなっているのだろう。 「機密事項だって知ってるでしょ!?」 「やっぱ、サクラちゃんも知ってんだ!じゃあ、みんなで会えるな!第七班、結集だってばよ!」 ナルトは、サクラの耳に口を寄せて、それはそれは嬉しそうに耳打ちした。 「……今から服買いに行くから、つきあって」 「へ?」 「せっかく会えるんだから!綺麗な格好したいの!」 サクラは気がかりを消すために、わざと大声を出して、ナルトの腕を引く。 「んもー、サクラちゃんってば、ほんっとあいつのこと好きだなー」 ナルトはそう言って、しょうがねえな、とばかりに笑う。その顔を見て、サクラの胸がしくしくと痛んだ。サスケと会うのが怖いだなんて、ナルトには口が裂けても言えない。自分の迷いを隠すためには、ナルトと同じようにはしゃいでみせるしかなかった。 誤魔化して、ごめん。ほんとのこと言えなくて、ごめん。 ナルトに心の中で謝罪すると、少しでも不安を払拭したくて、ナルトの手を取る。するとナルトはにんまり笑ってサクラの手を握り返し、二人は並んで木ノ葉通りに向かった。 薄手のカーデガンに白いスカート、細身のサンダル、首元にはネックレス。ナルトと一緒に買ったものをすべて身に着けて、サクラは火影屋敷に向かった。珍しく先に到着していたナルトと入り口で合流し、階段を上がる。円形の建物を歩き、目指すのは火影室。サクラのどこか憂いた表情を、ナルトはどう思っているのか。そして、サスケと再会したら、自分はどうなるのか。一歩踏み出すたびに、逃げたいと思う気持ちが強くなる。 二人の足が、火影室の前で止まった。この扉の向こうに、サスケがいる。大好きで、大好きで、どうしても隣にいて欲しかった初恋の人がいる。軽く握った手を持ち上げると、足が竦んだ。やっぱり、今回は、会わないでおこう。ナルトには体調不良だと伝えればいい。 「ねえ、」 ナルトはサクラの声を無視するように、コンコンと扉をノックをする。 「入んなさい」 火影の仕事はもう終了とばかりに、ぼやけたカカシの声が返ってきた。ナルトは、ニッとサクラに笑いかける。 「行こうぜ」 大きく扉を開放すると、ナルトはサクラの背中をトンと優しく押した。一歩、二歩と踏み出す。サスケは、執務机の脇に立っていた。サクラはその場に立ち止まり、サスケと向き合う。その姿かたちは、最後に別れた時よりも、ずっとずっと格好良かった。シャープで精錬された佇まいは、男女問わずどんな人間も魅了されることだろう。整った顔はやっぱり素敵だな、とドキドキする。でも、それだけだった。先ほど背を押してくれた男を置き去りにしてまで駆け寄るほどの情熱はない。サクラの心に芽生えたのは、どうか穏やかに生きて欲しい、という切なる願いだった。 サクラは、一歩足を引いてナルトと並ぶと、傍らでふらついているナルトの手を握って、肩のあたりまで持ち上げる。 「こういう仲になりました!」 カカシはもちろん、手を握られたナルトも驚いて、奇妙な沈黙が広がる。そんな中、サクラだけが、あざやかに笑っていた。そして、サスケはといえば、ほんの少し目を丸くした後、口端を釣り上げる。 「……おう」 微笑みというには少々不敵なその表情は、12歳の頃に時々ナルトやサクラに見せた顔で、懐かしさが蘇る。サクラは、泣きそうになるのを必死で抑えた。再会できてよかったと、サクラは心の底から思う。 「えっと、その、えー?お前ら、そうだったの?」 「へっへーん!先生、気づいてなかったのかよ!もう二年になるかんね!……あれ?サクラちゃん、手は?」 「もういいでしょ」 「えー!いいじゃん!手ぇ繋いだままおしゃべりしようってばよ!」 「うるさい!10分しかないんだから、サスケくんとお話がしたいの!」 火影室に集結した第七班は、下忍時代の賑やかさをあっという間に取り戻し、新米下忍と上忍師の顔になる。そして、サスケは自分が見た景色を機密情報に触れない程度の範囲で語りはじめ、ナルトとサクラはつかの間、サスケと一緒に旅をしている気分を味わった。 2015/08/20
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