腕に子供をぶらさげるのは、まわりに子供が集まった時にナルトがよくやる遊びだった。一番人気は肩車なのだが、木ノ葉ベストの襟は子供を乗せるには不安定すぎる上に、座り心地が悪い。昼すぎまで待機所詰めだったおかげで、特等席はからっぽのままだ。普段着だったら、肩に二人ぐらい乗せて遊んでいるだろうな、とサクラは思う。 今、サクラはナルトとデートらしきものをしている最中だった。サクラの予定を聞き出したナルトが、それに合わせて休みをもぎ取り、里の中をぶらついたり、ご飯を食べたり、図書館でのんびり過ごしたり。互いの家に行くという選択肢がないのは、まだ肝心な話をしていないからに他ならず、二人はつかず離れずの距離を保ったまま、こうして今日も公園に来ている。 ナルトの周囲には膝ぐらいの背丈の男の子たちが押し合いへし合いをしていて、ナルトの腕には子供が二人。ぶらーんと子供をぶら下げた後、その場でぐんぐん回る。あれをやれと言われたら、何人いけるかしら、とサクラはふと思うのだが、子供がつかめる場所がないので、四人が限界といったところか。 子供から声をかけられると、ナルトは嫌な顔ひとつしない。本当に時間がなくて忙しい時以外は、目線を合わせてしゃがみこんだり、こうして公園で遊んでやったりする。武勇伝には事欠かないので、特にアカデミー生には大人気。今もこうやって、彼女らしき女をベンチに置いたまま、子供の相手をしている。子供と遊んでいる時のナルトをぼんやり眺めていると、自分が女という生き物だからなのか、この人に子供ができたらどうなるんだろう、とサクラは想像をしてみたりする。 うんと甘やかすかしら。それとも厳しくしつけするのかしら。それを隣で眺めるのは、どんな気分かしら。 「忍者ごっこやる人ー!」 離れた場所にいる男の子が、指をぴんと上にのばして声を出すと、ナルトのまわりでわちゃわちゃしていた子供たちは、瞳を輝かせてと我も我も手を上げる。ナルトは、遊びの順番待ちをしていた男の子を後ろから捕まえると、身体をぶんぶん振り回し、「忍者ごっこ楽しめよ!」と笑って送り出した。 「ナルト兄ちゃんまたねー!」 全員満足しきった顔でぶんぶん腕を振り、ナルトの元を離れていく。ナルトは子供が見えなくなるまで佇み、サクラのいるベンチに戻ると、どさりと座った。さすが一流の忍者というべきか、疲れはまるで見えない。 「いやー、あいつら元気だなあ」 「みんな栄養状態がよくて、医者としては安心だわ」 「……いつもそういう目線で子供見てんの?」 ナルトは、ベンチに置きっぱなしの缶入りしるこを手に取った。しること一緒に買ったお茶は、すでに飲み終えていて、くず入れの中だ。 「ねえ、ナルト」 「んー?」 好物のしるこを前にニコニコ顔でプルトップを立てると、ごくりと一口。 「子供作ろうか」 口に含んだしるこは、味わう暇もなく、地面にブーッと吹き出されてしまった。気管に入ったのか、ごほごほと咳き込み、ナルトは喉をさする。 「……犬か猫でも飼って……っていう話?」 ナルトは、ガラガラ声で遠まわしに真意を探る。一緒に暮らしているわけでもないのに、犬猫を飼ってその子供を産ませる相談なんてするはずもないのだが、それぐらい突拍子もない解釈をしないと咀嚼ができないのだろう。ナルトの胸中を、サクラはそう分析した。 ナルトは、もたくさと手ぬぐいを探すと、忍服についてしまったしるこを拭く。サクラの顔など、とてもじゃないが見れなくて、ちらっと視線を飛ばすが、目を合わせるには至らない。 「私とあんたの子供」 サクラは逃げ道を綺麗に塞いで、ナルトの答えを待つ。 だいたい、成人して二年も経つというのに、互いの部屋さえ行き来できない子供のままごと以下のデートらしきものを繰り返しているのは、ナルトが慎重に慎重を期してサクラとの仲を築こうとしているからだった。積み方をひとつ間違えてしまうと、根元からガラガラと崩れ落ちてしまう。そう信じているのだろう。サクラに気を遣いすぎているおかげで、二人の仲はちっとも前に進まない。 「そういうのは……こう、順序をちゃんと、踏んでから……」 「あんたは私のことを好いてくれてるんだと思ってた」 手ぬぐい片手にもごもごと呟くナルトに向けて、サクラはキッパリと言い切る。面を食らったナルトは驚きを顔いっぱいにひろげて固まった。 「だから、」 なおもサクラは続けようとするのだが、ナルトはその口に手のひらを押し当てる。 「ちょーっとだけ黙っててくれる?」 サクラがこくんと素直に頷くと、ナルトは手を離し、缶入りしるこの隣に手ぬぐいを置いた。 「あのさ、オレはさっき子供に砂引っ掛けられてドロドロだし、膝んとこにおしるこのシミもついてるし、仕切り直しさせてくんねーかな。夜に、また会えない?」 「一楽?」 「オレにも一楽以外の選択肢くらいあるってばよ。さっきサクラちゃんが聞いたことも含めて、オレも考えてること、あるからさ」 「……今だっていいのに」 「そこは、心の整理をさせてくださいってことで」 ナルトは、ぺこんと頭を下げる。 「ねえ、ひとつだけはっきりさせておきたいことがあるんだけど」 「な、なにかな?」 何を聞かれるのかとドギマギしているナルトを隣で、サクラは膝の上に肘をついて、その顔をじっと見つめる。 「これって、デート?」 「デ、デートに決まってるじゃんか!そりゃさっきは子供の相手してたけどさ、わざわざ非番合わせて遊びに行くって、デート以外にある?ないでしょ?」 「ふーん、そっか」 サクラはほのかに笑って、ベンチの下で足をふらつかせる。その表情と仕草があまりに可愛すぎて、このまま勢い任せにがっついてもいいんじゃないかとナルトは思ってしまった。 ナルトがおしるこを飲み終わると、二人はそこで別れた。 ふたたびの待ち合わせ場所は、アカデミーの前。ナルトは、知っている一番高い食事処の個室にサクラを連れて行った。それがナルトなりの覚悟なのだろう。そして、昼間に言っていた順序というやつをきちんと踏んで、二人は今後のことを話し合った。 2015/7/20
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