特等席



特等席




 第四次忍界大戦が終結した後、ナルトの生活はガラリと変わった。
 まず、右腕の欠損により、任務を請け負うことができない。おびたたしい数の忍者が失われた結果として、五大国全体の体力が落ち、木ノ葉崩しの後よりも、ずっとずっと厳しい戦力で任務を捌かなくてはならなくなった。同期は皆、次から次へと飛び込む任務に飛び回り、里に留まっているのは最低限の忍者だけ。そんな状況の中、印も結べないナルトは、口寄せの蝦蟇を使っての情報収集さえも難しい。もどかしい気持ちを抑えきれず、「右腕がなくてもやれることはあるってばよ!」と何度もカカシに直談判をしては、火影の執務室から追い出された。
 今の自分にできることをちょっとずつ見つけながら、悶々と過ごし続けること数ヶ月。ようやく柱間細胞をベースとした義手が完成し、ナルトの右腕にいよいよ義手がつけられることになった。これで任務に出られるぞ、と意気込むナルトだが、そうもうまく事は運ばず、調整につぐ調整とリハビリに始終追われ、ようやく口寄せできるようになった蝦蟇を使役する手間すら惜しい。歯がゆい思いを抱えるナルトの清涼剤になっているのは、非番のサクラにくっついて図書館に行くことだった。
「……本なんか読まないくせに、なんでついてくんのよ」
「えー、だってさー、ちーっともサクラちゃんと会えないし、修業続きもケッコーだが少しは休めってバァちゃんが言うし、カカ……火影サマも身体を休めるのは大事だって言ってたし」
 図書館の廊下を歩きながら、二人はぼそぼそと話を続ける。
「寝てたら起こすっていうか、追い出すからね?」
「……え?」
 いつものように何をするでもなくサクラの隣に座る気だったのだが、話の行方がどうも変わってしまった。
「他の人の気が散るでしょ?みんな、ここでは集中したいの」
「……そんな、修業じゃないんだから」
「修業みたいなものよ。この先必要なスキルを吸収するために本を読んでるんだから」
 みんな、そこまで真面目な顔してたか?と思いながら、サクラの後ろをついて、書架に入る。ためしに注意深く周囲を見渡すと、確かに誰も彼も任務かと思うほど真剣な様子で本を探している。そうこうしているうちに、サクラがどこかの書棚に消えてしまったので、医療系の図書が集中している場所に先回りして、サクラを待つことにした。
 気配を薄くしてぼんやり待っていると、サクラはすでに本を二冊抱えていた。それでもまだ足りないらしく、専門書を手にしては棚に戻し、目当ての本を探している。サクラが上方に向けて手を伸ばすと、すかさず近寄って、ちょっとの差で届かない専門書の背表紙をスッと引いた。「これ?」と目で合図すると、サクラは「……ありがと」と口の動きだけで感謝の意を伝える。その、ちょっと照れた仕草が可愛いなあと眺めていると、サクラはちょいちょいと手招きをする。お礼にキスでもしてもらえるのかと、サクラにブン殴られそうなことを思っていたら、違う書棚に連れて行かれた。そこは児童書のコーナーで、背表紙にはひらがなが多様されている上に、ルビまで振ってある。なんでこんなとこに、ときょろきょろしていると、サクラは一冊の児童書をナルトに差し出した。サクラが手にしている専門書とは、明らかに系統が違う。
「オレ、こんな幼稚なのやだってばよ!」
 ひそひそ声で抗議をするも、「読まないなら帰りなさい」とピシャリと返される。ぶすくれ顔で本を受け取ると、二人は窓際の閲覧席まで移動した。サクラが椅子を引き、ナルトもまた隣に座ろうとすれば、サクラは向かい合わせの席を指さす。さては、監視をするつもりか。机に乗るのは、三冊の医学書と、一冊の児童書。こんなことなら帰ろうかとナルトは思うのだが、本を捲るサクラの冴えた表情がナルトを引き止めた。戦場で見せる厳しい顔つきよりもちょっと柔らかで、たぶん「凛々しい」というのだろう。そんなサクラの顔を見放題とは、なんて特等席だろう。じっーと見ていたら叱られるので、本を捲るタイミングでチラリと見ることにしよう。読書の理由付けをしたナルトは、中身がどんな内容でも構うものかと、一ページ目をそっと開いた。




 調べたかった項目をノートにすべて書き付けると、ふっと息を吐く。担当する忍によってクセのある文章になりがちな報告書とは違って、読みやすいのが論文のいいところだ。自然、読むスピードは早くなる。他の項目も適当にさらって有益な情報を二つほど探せたし、今回の本は当たりだった。満足げに本を閉じて集中を切ると、そういえばナルトはどうしたかとようやく思い出す。ヨダレで机や本を汚している姿を脳裏に浮かべながら顔を持ち上げれば、なんと、ナルトはサクラが押し付けた児童書を優等生のように読んでいた。
 その児童書は、サクラが幼い頃に繰り返し読んだ本で、ファンタジー要素の強い設定だが、世界観がよく作りこまれていて、児童書の中では逸品だと思っている。作品の中で掲げられたテーマは、いずれも奥が深かった。人間の根底は、善か悪か。正しく生きるとは、どういうことか。生きていく上で誰もが壁にぶつかるであろう疑問に触れて、主人公なりの答えを出していく。今のナルトには、ぴったりのテーマだったかもしれない。
 左手でページをゆっくり捲ると、視線が本の右上部分に移り、じいっと文章を辿る。サクラは、ナルトが黙って集中してる姿を、あまり見たことなかった。何をするにも騒がしい男で、手足が動かないほど疲れていても、へらず口は止まらない。それが今は、任務で見かける真剣な表情に、精悍さと少しの知的さが加わって、黙っていればなかなか男前じゃないの?と思ったりもする。読んでいるのが児童書だということを差し引いても、惹かれる顔だ。
 そのままもう少し見ていたかったのだが、さすがにサクラの視線に気づいたのか、二ページを捲ったところでナルトはゆっくりと視線を持ち上げた。
「どしたの?」
「……面白い?」
「うん、すごく」
「そ、ならよかった」
 まだまだ集中して読んでいたい。そんな気配を感じて、サクラは会話を切り上げる。そして、二冊目の医学書を手に取り、自分もまた外界からの情報を遮断して、調べものに集中した。



 その日以来、サクラがナルトを連れて図書館に行くことが増えた。かつて自分が夢中になって読んだ本をナルトに与えて、特等席とも言える真正面に座らせる。そして、少しだけ男前に見えるナルトの表情を眺めるのがサクラの楽しみになった。




2015/7/12