貯金



貯金




(注)木ノ葉隠れの給料日が月初一括だった場合の話




「……そろそろヤベぇな」
 ナルトは、スーパーで購入した日用品を買い物袋に詰めながら呟くと、頬がこけて悲壮な顔をしているガマちゃんをポケットにしまった。すっかり重みもなくなり、「ごはんちょうだい」とお願いされているような気分になる。来月になったら、もうちょっと食わせてやるからな。ガマちゃん財布をポケット越しにポンと叩いてから、スーパーを出た。
 ナルトが持ち歩いているガマちゃんは、任務金が入った直後こそ頬をぷくーっと膨らませて愛くるしい姿を見せるのだが、月末に近づくにつれて痩せこけていってしまう。ナルトはころころと太って可愛いガマちゃんを連れて歩くのが大好きなので、やせっぽちになってしまうと、心にぴゅうっと空っ風が吹き抜けるばかりだ。
 ガマちゃんが痩せ細るのは金遣いが荒さが原因ではなく、月頭にガッツリと貯金をしているからだった。貧乏暮らしは昔から慣れているし、お金のない生活なんてラクショー。数ヶ月前、そんな浅はかな考えで挑んだ結果がこの困窮状況で、自分がいかに明日のことを考えずに暮らしてきたかを、現在進行形で思い知っている。もっと考えてお金を使わなければ、ナルトの計画は進まない。
 ナルトは、ひとり暮らしをそろそろやめようと考えていた。言ってしまえば、嫁さんが欲しいのだ。上忍にようやく昇進して、給料がグンと上がったところに、大通りの不動産屋が新婚向けの人気物件を貼り出したので、すっかり運命を感じてしまった。ナルトにとっての引越しとは、「誰かと一緒に暮らす」という意味を持ち、貯金生活もそこに繋がっている。
 一楽に足を運ぶ回数を減らしてはいるが、もっと考えなければならない。あとは、スーパーで値札をきちんと見て、それが安いのか高いのかを理解してからレジに運ぼう。そんなことを考えながら帰路についてると、背後から「ナルト!」と声をかけられた。ガマちゃん顔負けにげっそりしていた頬が、一瞬にして紅色に染まる。
「いたいた、探しちゃったわよ。これ、うちの両親から、差し入れ」
 サクラが差し出したのは、風呂敷に包まれた重箱だった。
 日持ちのするおかずが入った一の重、近日中に食べ切るように言われている二の重、そして三の重にはおにぎりが並んでいる。それが時々おいなりさんや赤飯になっていて、重箱を開けるのはナルトにとって楽しみなイベントだった。
「うわー、いつも悪いなあ……でも、ありがたくいただきますってばよ!」
 パンッと両手を叩いて風呂敷を拝むと、うやうやしく重箱を預かる。ずしりと重い。日用品の入ったビニール袋よりも、格段にいとおしく、幸せな重みだった。
「サクラちゃん、おうちまで送ったげる」
「えー、いいわよ、別に」
「そんな嫌そうな声出さなくても……」
 サクラは他所を向いて何かしら考えた後、じゃあ、と言って歩き出した。それが「家まで送ってもいい」の合図だと知っているナルトは、重箱を揺らさないように気をつけながら、サクラの隣に並んだ。




「今度、うちにご飯食べにきなさい、だって。食事会っていうのかしら。お父さんも、ダジャレ帳用意して待ってるから」
 そろそろ家の外壁が見えようという頃、出掛けに母親から預かった言付けを、ナルトに伝える。
「サクラちゃんは?」
「……私は、いなくてもいいかな、と」
「じゃあ、オレも遠慮しよーっと」
「三人でご飯食べればいいじゃないの」
「サクラちゃんのおうちにお呼ばれされるわけだから、サクラちゃんがいないと意味ねーの!」
 ここ数ヶ月、毎月中旬を過ぎたあたりからナルトが経済的に困窮するのを、サクラは知っていた。一楽にとんと姿を見せなくなるので、バレバレなのだ。ただ、理由がわからない。ナルトほど名前が売れている忍者ならば任務金も自然と吊りあがるし、下世話な想像だが、ひとりで生活するには十分すぎるほどの収入があるはずだ。低ランク任務ばかりだった下忍の時だってうまくやり繰りしていたわけだから、上忍に昇格した今、どうしてそこまで苦労しているのかわからない。
「……今月も苦しいの?」
「ん〜、月頭にちょっと預けすぎたかな〜」
 預けるって、誰にだろ。
 ナルトの言葉は、サクラにとある可能性を提示する。里の外にいる女の人に、仕送りでもしているのかもしれない。困っている人を見かけたら放っておけない男だし、下忍時代のまま誰彼構わず助けていれば、そういう仲になる女の人だって出てくるはずだ。そのうち里に呼んで、結婚でもするのだろうか。
「あ、でも、差し入れ目当てにわざわざ生活キツくしてるわけじゃないからね!これだけは、誤解されたくねーってばよ」
 じゃあ、なんでそこまで身を削ってるのよ。
 これもまた、口には出せない疑問だった。何か事情があるのだと察しながらも、サクラはどうしてもこの話題に触れられずにいる。もし女の人が絡んでいるとして、ナルトから紹介されたら、どんな顔をすればいいのかわからない。うまく笑える自信が、サクラにはなかった。
「ねえねえ、サクラちゃん、お食事会、ほんとに来ないの?」
「……あとで小言いわれるから、予定空けておくわ」
「ほ、ほんとに?」
「日程の調整してみる」
「そうして!オレ、お呼ばれされるの待ってるから!絶対だよ!」
 心底嬉しそうに笑うナルトを見ていると、楽しい場になりそうな気さえするのだから不思議だ。きっと近いうち、四人でご飯をたべることになるだろう。ただし、サクラが話題をコントロールしないと、母親の口から何が飛び出るかわからない。そこは注意が必要だ。
 二人は、いつものようにおしゃべりをして、いつものように家の前で別れた。サクラは階段をのぼる途中で珍しく立ち止まり、ナルトが去っていく方角に目を向ける。いくら見つめても、ナルトは振り返らない。重箱とビニール袋をさげた背中が、どんどん遠くなっていく。
「一楽に行かないなんて、よっぽどじゃないの……」
 いつの間にか単純バカではなくなった男にむけて、サクラはぽつんとこぼした。




2015/6/23