(注)いつも書いてるのとは違う同居設定です。 サクラと一緒に暮らしはじめて、一番変わったのは何かといえば、ナルトが持ち歩くペンや巾着袋がやたらと可愛らしくなったということだった。そもそも持ち物が少ないナルトと、実家にまだ荷物が残っているというのに用意した棚はすでにいっぱいというサクラ。二人の持ち物が混同しているわけではなく、家を出る前に「あれがない、これはどこだ」と大騒ぎをするナルトにサクラが私物を貸すということがしばしば重なり、そういった現象が起こるようになった。 木ノ葉ベストの巻物ポーチに花柄のペンをさしたり、報告書をまとめる時に前髪がジャマだからとピンで留めてみたり、鹿の子柄の赤い手ぬぐいを持ち歩いたり。折りしも上忍師になったばかりのナルトは、教え子絡みの事務仕事が急に増えたおかげでサクラに筆記具を借りることが多くなった。そうすると自然、日を追うごとに持ち物が可愛らしくなる。受け持ちの教え子たちはそういうナルトの姿をずっと見ているわけで、しかも財布は年季の入ったガマちゃん。 自分が周囲からどう見えるのか、もう少し気にした方がよかったとナルトが思うのは、上忍師になって一ヶ月が経ってからのことだった。 「サックラちゃーん!帰ったってばよー!」 壁に床に天井にと、弾みに弾んだ声が跳ね返り、リビングの扉に向かって突き抜ける。ずいぶんと上機嫌な様子に、サクラはソファに寝転んだ身体を起こして、読んでいる途中だった本にしおりを挟んだ。 「はいはい、おかえりなさい。一楽の無料券でも貰ったの?」 そう問いかけながら玄関に向かえば、ナルトはサンダルを履いたまま、紙袋を腕に抱きしめて立っていた。そしてサクラの姿を認めると、紙袋を大仰にかかげて、満面の笑みを浮かべる。 「うちの子たちから、プレゼントもらっちゃったってばよ!」 月初の今日は、給料日だった。下忍になりたての見習い忍者でも、任務をこなしていれば微々たる額ながら給料は入る。プレゼントをまさかもらえるとは思っていなかったらしく、ナルトは完全に有頂天だった。 「はじめての任務金でね?ナルト先生にプレゼントを用意したんだって!いいでしょ!いいでしょ!」 このまま踊りだしそうなのだが、この家の玄関にはそんな空間がない。そもそも、サンダルも脱がずに突っ立っているのが不思議だった。踊りたいなら、リビングでどうぞ。 「……とりあえず、中、入れば?」 「オレってばこの紙袋、片時も離したくないから、サクラちゃん、サンダル脱がして!」 そう言って片方の足を上げて、ふらふらさせる。酒に酔ってもここまでひどくはならないのに、一体どれだけ浮かれているのか。それでも、教え子たちへの愛情を常日頃から聞かされている身としては、そうなるのもやむなしかと思う。サクラは床にぺたんとしゃがみこんで、サンダルの踵部分をつかみ、すぽんと勢いよく脱がせた。右足の次は、左足。 「あんがと!」 サンダルを脱がせてもらったナルトは、紙袋を胸に抱いたまま、リビングに向かってずんずん進む。サクラは砂埃のついた手をパンパンと払ってから、その後姿を追いかけた。 「もうね、オレってばね、一生大事にしちゃう!ほんと、教え子ってかーわいいの。サクラちゃんが言ってた『育てる喜び』っていうの?ええ、もう、日々実感してますよ!」 ナルトは、ソファにぼすんと座り、紙袋の外装を嬉しそうに眺める。 「開けちゃおうかなー、どうしようかなー」 遅れて隣に座るサクラをちらっと見て、楽しみを共有しようとするのだが、そこに乗るかどうかちょっと迷う。サクラは上忍師に任命をされたことがないし、白羽の矢が立つかどうかもわからない。医療忍者なら何人か引っ張り上げたが、いずれもアカデミーを出たての下忍ではなく、才能のきらめきを感じる中忍クラスばかり。 正直なことを言ってしまうと、サクラは内心、とても羨ましかった。 「明日、お礼言わないとでしょ?中を開けて実物見たほうがいいわよ」 「だよね!だよね!何くれたんだろー、超楽しみ!」 ナルトは鼻歌まじりで、紙袋の上部に貼られたテープをそーっと開く。紙袋を大事にとっておこうという意図が見受けられた。紙袋の中に収まっていたのは、大きな絞り袋。ピンクのリボンが巻かれている。 「お、サクラちゃんとお揃いの色!うわー、すごい偶然!」 絞り袋を丁寧に広げると、サマーセーターが出てきた。これからの季節、肌寒い時なんかに重宝するだろう。身体を壊さないでください。そんな子供たちの声が聞こえてきそうだ。 「……ほんとに偶然なの?」 「偶然だって!二人のことは言わないって約束じゃんか!でも、オレってばわかりやすいみたいだし、とっくにバレてっかもねー。だからこそのピンクのリボンだったりして。さーて、どんなセーターかなー!」 ナルトは肩の部分を大事に持って、はらり、とセーターを目の前に広げる。一見すると紺色で無地のセーターだが、広げてみると、中央にかわいらいしいクマの柄が現れた。 「か、かわ、かわいい〜!!」 声を上げたのは、サクラだった。なんというキュートなセーターだろう。サクラは笑いながら、教え子たちと一緒にいるナルトの姿を思い起こす。最近、サクラの持ち物ばかりを身につけていたから、「ナルト先生はかわいいものが大好き」と推察したに違いない。 「そうやって笑うけどね、着ると案外……」 ナルトは、木ノ葉ベストを脱いで、ずぼっとセーターを着る。 これがまた、びっくりするほど似合った。サクラはこらえきれずに身体を折り、ソファの縁をバンバン叩いて笑う。10人集めて意見を請えば、10人揃って「かわいい」と答えるだろう。教え子たちの見立ては、大正解だったというわけだ。ナルトが密かにクール系を目指していると知ったら、どんな顔をするだろう。 「そんなに笑うこたねーだろ!」 そう言い残して、ナルトはリビングを出ていった。行き場所は決まっている。サクラはソファから立ち上がると、ゆったりとした足取りで寝室を目指した。そっと顔を覗かせると、姿見の前に、黙りこくっているナルトが立っていた。 「笑ってごめんね。うらやましくなっちゃったの」 ナルトは、サクラの声に反応をみせず、姿見の前で真横に立ってみたり、身体を傾けたり、背後を確認したり。 「……あいつらの見る目、確かだな」 「あんた、わりと何でも似合うからね。サイズもぴったりだし、大事に着なきゃ」 無理にフォローしてるわけでもない物言いに、ようやくナルトはサクラと視線を合わせた。笑われたことは、やはり不愉快だったらしい。サクラは、ごめん、と口を動かした。 「サクラちゃんの隣歩いても、笑わない?」 「笑わない。約束する。だって、似合ってるもの」 「だよなぁ、似合うもんなぁ。クマ柄をフツーに着こなせちゃってるオレって、すごくない?」 「すごい、すごい。私はたぶん無理」 だよなぁ、ともう一度ナルトは繰り返し、姿見の真正面に立つと、クマ柄がよく見えるように裾を軽く引いた。 「あー、似合うねー」 「うん、すごい似合ってる」 「これは、ほんっと大事に着ねーとだな!明日、一楽でラーメン奢っちゃろう!」 その季節、朝晩の気温差がやたらとひどかったせいで、サクラは一度風邪を引いた。そんな日々の中、サマーセーターは大活躍し、ナルトは風邪ひとつ引くことなく快適に上忍師の任務をこなし続けた。 2015/6/1
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