春の嵐が、木ノ葉を通り過ぎていた。若葉はびゅうびゅうと風に吹かれるまま揺れていて、色とりどりの可愛らしい花びらは踊るように舞い散っている。
 上忍待機所につめているのは、ナルトとサクラの二人きりで、待機が解けるのもほぼ同時。とはいえ、こんな嵐の中を無理に自宅へ戻る気にもなれず、大きな嵌め殺しの窓から人っ子ひとり通らない里の景色をぼーっと眺めていた。アカデミー付近にある食い物屋はすべてシャッターが下りていて、看板は店の中。シャッターもしっかり閉じている。サクラとしては、商店街の様子が気になるところだった。
「非常食、あったかなあ」
「カップラーメンぐらい、家にあるでしょ、フツー」
「あんたを基準にしないで」
「えー、そういう言い方、傷つくなあ」
 ナルトは上半身をぐいっと屈めてから、立ち上がった。
「どうしたの?」
「ん?一応、巡回しとこうと思って。アカデミーの中、たぶんからっぽでしょ?」
「あ、そっか」
 今日は、運悪くアカデミーの宿泊演習で、教員も全員出払っている。窓割れや雨漏りなど、気にしなければならない箇所があった。どうせ外に出られないのだから、異常がないか確認して回るのもいいかもしれない。
「じゃあ、付き合うわ」
「え?オレと?」
 自分の顔を指さして笑うナルトに、バーカと一声浴びせて、サクラはすたすたと待機所を出る。窓を叩くのは、水圧の高いシャワーというよりは、勢いよくぶちまけたバケツの水だ。ちょっとでも建て付けの悪い箇所があれば、水浸しになってしまう。アカデミーの巡回は、なるほど良案だった。




 よく整頓された教員室、水漏れが一番気になる資料室、アカデミーの生徒は出入り禁止になっている忍具保管室に、いくつもある洗面所。一通り見て回った後は、生徒が使う教室に入った。アカデミーの施設は、図面が残っていたので、里が再建された後も、ナルトとサクラが過ごした教室と少しも造りが違わない。
「オレ、ここだった!」
 ナルトは、教室の後方に駆け寄って、席にどっかりと座る。机も椅子も、昔はあれだけ大きかったのに、今では少し窮屈なくらいなのがおかしかった。
「私は、ここだったな」
 サクラは靴音を響かせながら、一番前の席に座る。くノ一とは基本的に別のクラスだったが、合同の授業はもちろんあって、その時、サクラはいつもいのと隣りあわせに座っていた。
「遠かったなー」
 思わずナルトは、ぽそりと呟く。
「イルカ先生、いつも大変そうだったわよ。あんたの席まで遠いから」
 おかしそうにサクラが笑えば、そういう意味じゃねぇんだけどな、とナルトは思う。あの頃、サクラは本当に遠かったのだ。声を掛けてもろくに喋れなくて、目が合うだけで幸せだった。
 授業は寝て過ごしてばかりのナルトだが、くノ一クラスとの合同授業だけは別だった。隣に座ってるいのと喋ると、横顔が見えてドキっとした。もっといのと喋ればいいのに、授業中だからか、サクラは前ばかり見ている。せっかく同じ教室にいたって、ここからだと、見えるのは頭と肩だけ。そんなのでは、全然満足できなかった。
「雨、すっげえな」
「さっきよりひどくなってる。こんなんじゃ帰れないわよ」
 他愛もない話を投げると、サクラは声を返してくる。ナルトの顔が、おもしろいくらい、にやける。
「このあと、どうすっかな」
「医務室で寝ちゃおうかしら」
「お?添い寝しちゃろうか」
「バカじゃないの」
 激しい雨音の中、離れた席に座ったまま、二人は笑い合う。医務室で一晩過ごすのもいいな、とナルトは思うけど、ここは影分身を出すことにしよう。忍術の私用は褒められた行為ではないが、この場合は許されるはず。自宅待機は静養だと言い訳が立つし、濡れ鼠で帰れば風邪を引いてしまう。実際、指を十字に構えて影分身を出しても、サクラは何も言わなかった。
 現れた影分身に向けて小さく手招きをすると、こそっと耳打ちをする。
「なるべく遠回りしろよ」
 こんな小声では、雨音にまぎれて、サクラに聞こえるはずもない。影分身は、わが意を得たりとばかりに、ニッと笑みを返して、ひゅうっと教室を出て行く。
「影分身って、ほーんと便利」
「ねー、ねー、そっち行ってもいい?」
 振り返ったサクラは、いまさらなによ?とばかりに、眉を持ち上げた。声を張り上げるのが面倒だし、と言いたげだ。本当に、たまらない。
「どーぞ」
 とん、と椅子の隣を叩くので、ナルトは立ち上がり、たたっと走り寄ってサクラの隣に腰掛けた。そして二人は、影分身が戻ってくるまでの間、薄暗い教室で肩を寄せ合いながら、思い出話を訥々と語り続けた。




2015/5/13