その双眸が、窓ガラスに乱反射する陽光を受けて、うっすらと開かれる。柔らかな視線をサクラに注いだまま、ナルトはサクラが言葉を発するのを待った。叱られたっていい。なんなら照れた顔だって見たい。サクラが感じ取れる程度に気配を残していたので、起き抜けに驚かせることはないだろう。 「……寝ちゃってた」 薄く目を開いたサクラは、額に片腕を乗せて、ナルトに視線を寄越す。流し目、とでも言おうか。その瞳は、いつもより色っぽい。 「疲れたろ。ありがとう」 ナルトは、労わりと感謝の言葉をサクラに贈って、先ほどまとめた書類に目を遣った。 「ん、ちょっと大変だった。ここ最近、考えるのは、そのことばっかり」 「だろうな。ホント助かった」 「いつか埋め合わせしてもらえたら、それでいいわ。火影さま相手の切り札は、しっかり握っておかないとね」 悪戯なその笑みは、ナルトの心にじわりと熱を伝えた。弱ったな、と思わず顔を伏せる。 「今日は、いつもより優しい気配」 「そう?」 「ずっとピリピリしてたから。下忍の子たちが怖がって、火影の部屋に入れなくなっちゃうくらい」 「そりゃ、悪いことしたな」 「威厳がないって言われるよりはいいんじゃない?」 ナルトは肩を竦めて、同期の男ども相手にこぼしていた愚痴の数々を思い返す。 「今、何時?」 「12時40分」 「んー、最後に時計見た時は、11時半だったんだけどなー」 ソファの上で、サクラはしなやかに身体を伸ばした。場違いなことに、その細い腰を抱きたいと思ってしまう。まだ、口付けどころか手を取り合うことすら許されてないというのに。 ナルトは椅子から立ち上がると、ソファの傍らに片膝をついて、サクラの手をそっと取る。大事に大事に着ている火影の羽織は、サクラの上。裾が汚れるのを気にする必要はない。何をする気だろうと様子を窺うサクラの視線を、黙って受け止める。 「サクラちゃん」 「ん?」 「デートしようってばよ」 周囲の人間が抱えている印象ほど、ナルトはこの台詞を口にしていなかった。実際誘ったのは、三度だけ。波の国から帰ってきた時、中忍試験が終わった直後、病室にいるカカシにサスケ奪還任務の失敗を報告した帰り道。サクラと二人で挑んだ鈴取り演習が終わった後は、最後まで言わせてもらえなかった。邪険にされた一回目より二回目、修業があるからと断られた二回目よりも三回目、とサクラの表情や反応はどんどん柔らかくなっていった。軽妙な口調を装ってはいたが、いつだってナルトは本気で、日々の修業や任務の合間に気安く口に出せる言葉ではなかった。 「……本気?」 唐突な誘いだったにも関わらず、目を合わせたまま、サクラは動じない。 「サクラちゃんが思うよりも、ずっと」 真摯な声を返し、愛しさを湛えた視線を注ぎ込めば、その瞳に迷いが孕んだ。 「休みなんか取れないでしょ」 「一日は無理でも、夜だけなら。できれば、朝まで」 ナルトは、掴んだままのサクラの手に顔を近づけて、甲の部分に恭しく口付けた。 「春野サクラさん、デートをしてくれますか?」 「……お昼、終わっちゃうわよ」 「返事をくれたら、すぐに戻る」 サクラは顔を天井にまっすぐ向けて、目元を腕で覆った。 「困るわ、そういうの」 「今日の夜、アパートで待ってる」 「……勝手なのね」 「そうでもしないと、動けないでしょ、オレたち」 時折訪れるサクラと心が通い合ったような甘い錯覚は、ナルトの拠り所になっている。ソファの傍らでじっとサクラの寝顔を見つめる最中、もうそろそろ時計の針を動かす時期が来たんじゃないかと思いを深めていった。 「返事は?」 「夜になれば、どうせわかるでしょ?」 サクラはナルトを見ない。諦めてサクラの手を解放すると、代わりに羽織の襟元に手を差し入れ、サクラの肩に触れる。するりするりと厚手の生地がサクラの身体を滑り、さながら服を剥いでいくように羽織は取り払われていく。色情を感じさせるその手つきに、サクラは目を瞑って顔を逸らした。たまらなくそそる艶っぽい仕草に、口付けようかと思案する。 「それは、ダメ」 「残念」 この場で乱暴にサクラの唇を奪うのは簡単だが、機嫌を損なうのは得策ではない。ナルトは羽織に袖を通して、窓ではなく扉に向かう。 「じゃあ、今日の夜、アパートで」 返答はない。乗るか反るかの賭けをする場面ではないのかもしれないが、サクラが倒れていると勘違いした時の狼狽ぶりを考えると、やはり今、この場所で口にするのが正解だったように思える。もしサクラの身に何かが起こったなら、自分が側にいてやりたい。それを許してもらおうとすれば、生涯の伴侶になるしか道はない。 「……さて、どうでるかな」 ナルトは羽織の裾を翻して、火影室へと歩きはじめた。 2015/4/27
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