いのは、昔から花の知識が豊富で、特に生け花の腕前は群を抜いていた。そりゃあ、花屋の娘なんだから。そう言い切ってしまえばそれまでだが、いのは元から優れた審美眼を持っていて、パッと見ただけで良し悪しを判断してしまう。それは花に囲まれたからといって培われる類のものではなく、いのが持つ才能とも言えた。 そういうわけでサクラは、いのが店先で花束を手際よくササッと作っている姿に憧れていたりする。病院の一角に自分の仕事部屋が割り振られた時、センスがあるかどうかは疑わしかったが、花でも置いてあると気が休まるかなと思って、物は試しと花束を作ってみた。花に関する書籍を図書館で借りてきて、どうにかこうにか形にしてみたが、何か違うなと自分でもわかったので、それは自室にこっそりと飾った。それでも、試行錯誤を繰り返しながらこつこつと地道に花束を作り続けていれば、たまに気に入った色合いや組み合わせに仕上がることもある。そういう時、サクラは仕事部屋の戸棚に隠している花瓶を出して、窓辺に飾っていた。自己満足だとわかってはいたが、出来がいいと思うものは陽の当たる場所に置いておきたかった。 そんな、ある日のこと。 昼飯を食べそこねて、机の引き出しに備えてある非常食をポリポリ齧っていると、ノック音もそこそこに扉が開いた。おそらく急いでいるのだろう。そういう振る舞いを許してしまうのは、旧知の仲だからだ。ただし、憎まれ口は忘れない。 「入るわよー」 「……もう入ってるじゃないの」 「固いこと言わないのー」 最後の一口を齧って、いのを出迎える。あいにくと、もてなしをする余裕はない。手短にしてね、と目で合図を送った。 「……あれ?この花、ウチのじゃないわね」 当たり前だが、すぐにバレた。いのの母親だって、もちろん花屋を生業としているわけだから、見事な手並みで花束を作り上げる。やまなか花店の仕事かどうかを見抜くなんて、雑作もない。 「プレゼント」 自分で作ったとは言いにくいし、かといってやまなか花店で購入したものではない。そういう理由とちょっとした見栄とが交じり合い、ちらりと男の存在を匂わせてみた。私にだって言い寄る男の一人や二人ちゃんといるのよ、と言っておきたい。まあ実際いるのだから、100%嘘ではなかった。いのを相手にすると、どうも昔の自分が前面に出てきてしまって、こんなことばかり繰り返している。 「ふーん、いい色合いね。ウチも負けてらんないわ」 さらりといのは言ってのける。その受け流し方が実に自然で、これはお世辞じゃないと確信する。それは、これ以上にない褒め言葉だった。花屋の娘に、自作の花束を認められた。おおげさな表現だが、自分の価値を証明できたような気がした。 私だってこんぐらいできんのよ!しゃーんなろー! サクラは、心の中でひっそりと十六連コンボを決めた。いのに差し出された煩雑な書類も上機嫌でやっつけて、「相変わらず仕事早いわね」などと言われると、有頂天になる。いのが出て行った後も書き物は捗り、書類の山はどんどん確認済の箱に消えていった。こんなに気分の良い日は滅多にない。 それから、30分ほど経った頃だろうか。廊下を駆け抜ける気配が、この部屋に近づいてくるのを察した。そりゃもう忍者とは思えないほどバタバタとした足取りで、下忍でもこんな音はさせない。 ノックもおざなりに扉が開き、金髪の男がきょろきょろと部屋を眺め回す。 「ほ、ほんとだ!」 叫び声の主は、探るまでもなくナルトだった。視線の先には、窓際に置いた花瓶がある。ノックをしろと叱りつけるより先に、ナルトが畳みかける。 「これ、誰から!」 花瓶をビシッと指し示して、詰問口調だ。 「……私だって、プレゼントぐらいもらうわよ」 いのに見栄を張った手前、引き返せない。もごもごと口ごもる。言い訳がましい呟きを聞くなり、ナルトはバタンと扉を閉めてどこかへ走り去った。何の用だったのかと問いかけるまでもなく、いのに聞いた花瓶の存在を確かめに来たのだろう。 大戦が終わると、ナルトを命がけで守った熱量はどこへやら、二人はすっかり戦争前の状態に戻ってしまった。どんな種類の愛情かわからないが、ナルトはサクラを気にかけている。サクラもナルトが、妙に気になる。そんな曖昧さは、日々の雑事に容易く埋もれていった。 書類仕事に戻って集中していると、また廊下から足音が近づいてくる。今度はアカデミー生でもここまで酷くないだろうというドタバタぶりで、そんなに急ぐなら瞬身の術でも使えばいいのに、と思う。今度は忙しげにノック音が響き、扉が開いた。その腕には、なんと花束が抱えられている。ずんずんとサクラがついている机に近づくと、むっつりと口を引き結んで花束を差し出した。 「ん!」 怒っているのか、顔が怖い。 「なんで受け取れねーの!他の奴からもらったのは、受け取ったのに!」 「あー……うん、はい、ありがとう……」 「今度から、オレが持ってきたの以外、飾らないでね!確かめに来るからね!」 まったくもう!とぶつくさ呟きながら、ナルトはどすどすと足音を響かせて部屋を出て行った。ナルトの頑固さと行動力を誰よりも知っているのは、サクラだ。ナルトがやると言ったら、絶対にやる。確かめると言ったら、毎日でもここに来る。 なんだか、変なことになってしまった。いのに褒められてすっかり満足してしまったので、花束を作る予定はない。花瓶は、再び棚に仕舞うつもりだった。 両手に抱えた花束を持て余し、サクラは天井を仰ぐと、困ったように息を吐いた。 2015/3/1
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