わざわざ送ってくれなくてもいい。そう言ってサクラは断ったが、散歩代わりにちょうどいいからとナルトは大門までくっついて行くことにした。これから任務に向かおうというのだから、見送りぐらいはしたい。今日は非番で、この先一週間ほど里内で待機をする予定だった。食料を買いだめしておけば家でゆっくりできるし、一石二鳥だ。 「お、大根安い」 商店街を突っ切る途中、八百屋の店先で並んでいる大根が気になった。 「買うのはいいけど、ひとりなんだから。腐らせないでね」 「でも、野菜食わないと怒るでしょ」 「そりゃあ、ね」 葉物より大根の方が保存がきく。生はともかく、浅漬けならばペロリと平らげるし、頑張れば料理本を頼りに煮物だって作れる。頭の片隅で大根の使い方を考えながら何やかやと話をしていると、大門まであともう少しというところで、サクラの足がピタリと止まる。 「あ、ここでいい。ありがと」 「なんで」 「いい。ほんとにいい」 背中をぐいぐい押すので、なんだろうと首を捻る。きょろきょろ見回すと、大門の脇には木ノ葉ベスト姿の人影がふたつ。この任務でサクラが組む班員だと推察できた。 「わかった。冷やかされるんだろ。仲が良くて羨ましいですねーなんつって」 背中を押す力が、ほんの一瞬緩む。 「照れ屋さんだなーサクラちゃんは」 「……そういうんじゃない」 「じゃあ、そういうことにしときましょ」 「別に、一緒に行ったって……」 「無理すんなって。任務、頑張れよー」 サクラの頭をくしゃりと撫でてから、飄々とその場を駆け出した。身体を捻って手を振れば、ちょっと気まずそうな顔で手を振り返す。どうせなら、笑った顔が見たい。ナルトがニッと笑みを作って自分の口元を指差すと、サクラはようやく表情を明るくして、「行ってくるね!」と笑った。 帰り道に細々とした日常品を買い込むと、なんだかんだで両手が塞がった。玄関の鍵を開けるのにもたつきながらも、無事に家の中へ入る。荷物を持って台所へ行くと、そこには書置きが残されていた。 冷蔵庫の中に、煮物があります。食べてください。 ビニール袋を置いて紙片を手に取り、ナルトはその足で和室に向かった。押入れの前にしゃがみこんで、スタンと開ける。それから奥に手を伸ばし、サクラに見つからないように隠している缶を見つけ出す。元は土産の菓子が入っていた缶なのだが、洒落た感じの模様が入っていて、木ノ葉ではちょっと見当たらないデザインだった。それを捨てるには惜しいと、ナルトが引き取ったのだ。そうっと膝の上に乗せると、缶のフタをあける。中には、形の不揃いな紙片が入っていた。今日の書置きは、この缶の中に収められる予定だ。 ナルトは、サクラが日常の瑣末な伝言を記したメモを、すべて残らず手元に置いている。最初は難しい漢字を書けるようになろうと教本代わりに使っていたのだが、なんだか愛着が沸いてしまって、処分できなくなった。ひとりぽつんと残された家で、ちょっと寂しいなと思った時、この缶を開ける。すると、サクラが側にいるように感じるのだ。今回は里に戻るまで長くかかる予定で、この缶を開ける回数も多くなりそうだった。今日の書置きを収める前に、缶の中に入っている紙片を広げてみる。 雨が降りそうだから、洗濯物お願い。 入れ違いになるけど、気をつけてね。任務お疲れさま。 仕事遅くなるので、先に寝ていてください。 お風呂掃除、やっておきました。 どの漢字も書けるようになったし、文字の大きさも気を使うようになった。そのおかげで報告書に記す漢字の正確さが著しく向上し、カカシを何度も驚かせた。積み重なるメモの束は、二人が過ごした時間の長さと絆の深さに直結する。それを忘れたくないと、手が自然に文字を覚えようとした。 次にめくったメモを見て、ナルトはほのかに笑う。喧嘩をした次の日、どうにか搾り出したのだろう、「行ってきます」と殴り書きになっている。他のものより筆跡が荒く、珍しいメモだ。 「へへ、あん時、大変だったな」 独り言をこぼして、目を細める。サクラが帰ってきた後、ぎこちない空気をどちらが崩すか、負けず嫌いがぶつかった。折れたのはサクラで、つまらない嫉妬だったと可愛いことを言うその口をそっと塞いだ。 どのメモを手に取っても、それに纏わる思い出がつらつらと出てくる。今回仕舞うメモは、照れるあまり素っ気ない態度になった後、はにかんだように笑ったサクラに繋がるだろう。 ナルトはメモを読み返し、ひととおり思い出をなぞってから、大事にフタを閉じた。 2015/3/8
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