世界線の向こう



世界線の向こう




 真っ暗な空間を、ナルトとサクラは歩いていた。さながら明かりが一切ない地下室を進んでいるようで、奥行きさえわからない。右も左も天も地も、闇一色。もしかしたら天地が逆なんじゃないかと思う瞬間もあるが、チャクラも使わずに歩けているので、きっと踏んでいるのは地面なんだろう。足元には小さな提灯が並んでいて、一歩進むごとにひとつ点いては、消えていく。オレンジ色の明かりだけが、闇の中にぼうっと浮かんでいた。
 やがて、分岐路に辿り着く。右を見れば、真っ直ぐな道の先に夫婦と思しき男女と子供が二人、背中を向けて立っている。左を見れば、大きく曲がった後にぐねぐねと蛇行した道が続き、待っているのはやはり夫婦らしき男女と子供が一人。どちらの道も、提灯よりずっと大きな石灯籠が地面を照らしていて、快適に歩けそうだ。ただし、人ひとり通るのがせいぜいな道幅で、ナルトは右、サクラは左と、誰に言われなくてもどちらに進むべきか感覚的にわかった。そして、それぞれの道の行く末は、闇とはまるで無縁のあたたかな光に包まれている。
「ここで別れる?」
「うーん、どうしようか」
 サクラが問いかければ、ナルトは上方に視線を漂わせて、ひとしきり悩む。やがて、じーっと右を見て、首を唸りつつ左を見て、もう一度、右。ナルトを待っている場所は、とても居心地が良さそうだった。すうっと身体から意識が抜けてそちらに足は進みそうになるが、手の中にある温度がナルトを引き止めた。二人は、手を繋いでいた。
 どうして、手を繋いでいるんだっけ?そもそもサクラと手を繋いだ格好でいるのが不思議で、そんなことをしようとすれば、「ふざけんな!」と雷が落ちるはず。しかし今、サクラはこの状況を何食わぬ顔で受け止めていて、気にする素振りがない。ナルトは握った手を軽く持ち上げると、そこに目を落としてから、サクラを見る。
「このまま、まっすぐ進んでみない?」
「でも、道がないもの」
 肩を竦めてサクラが言う。二人が通ってきた道の延長線上に提灯はなく、真っ黒な壁が聳え立っているようにも見える。
「行き止まりかもよ?」
「そんなの、行ってみなけりゃわかんないってばよ」
「崖だったりして」
「木ノ葉の英雄ナメんなよ?オレが華麗に救出してやる!」
 ぐいっと手を引っ張ると、サクラは左の道を名残惜しげに眺めた後、ちらちらと振り返る。それが、ナルトはなんとなく面白くない。オレは、一度も振り返ってないのに。
「ほら、サクラちゃん、行くよ!」
「……うん」
 サクラは振り返るのをようやくやめて、ナルトに導かれるまま、道なき道を歩きはじめた。足を踏み外して、奈落の底に落ちてしまったらどうしよう。怪力チャクラで怖いものなしに思われがちなサクラだが、人が本来持っている得体の知れないものを畏怖する習性はしっかり備わっていて、できれば先を見通してから安全な道を歩きたいと常々考えていた。目が利かない今、おそるおそる足を運ぶ。
「あれ、なんか草の道に出た?」
「足元、さわさわしてるってばよ。気持ち悪い?」
「うーん、結構平気」
「さっすが忍者!」
「……なんか、腹立つ」
 顔も見えないのに、お互いに笑っているのがわかった。声を拾い上げる耳と、気配と、繋いだ手の感触が頼りだ。落ちても離れないように、サクラはちょっとだけナルトの方に寄って、腕が掠めるぐらいの距離まで詰めた。
「壁にぶつかったりして」
「心配すんなって。螺旋丸でブチ破ってやる!」
「そこは、私の出番じゃない?あ、水溜りだ」
「ちょっと深いかな?チャクラ使おう。忍者でよかったってばよ」
「あんた、水の上、歩けるの?」
「そんぐらいできるっつーの!」
 丁々発止の掛け合いをしながら、二人は前へ前へと進む。道なんてものは、歩いているうちに勝手にできあがるんだろう。そう思うと、恐怖心は徐々に剥がれていって、サクラの足取りが少しずつ軽くなる。
「針山は、やだな」
「オレ、修業でそれっぽいとこ歩いたことある。なんなら、抱き上げてやろうか?」
「別にいい。下心しか感じないし」
「……オレってば、走っちゃおう」
「あ、待って、ごめん、謝るから!うわっ!」
 川だか海だかわからない水面から今度は砂利道になり、転びそうになるサクラをナルトが慌てて支える。
「ありがと」
「いえいえ」
 足の裏を伝う感触は、次から次へと変わる。さくさく、つんつん、じゃりじゃり、ごろごろ。次はどんな道かと身構えつつも、ちょっと愉快だ。互いのワクワク感は、空気を伝い、その足を弾ませる。通り過ぎた分岐点の明かりは、もうはるか遠い。歩調を合わせて、焦らずに、ちょっとずつ。自分たちが歩けば、そこが道になる。それを確信した二人は、明かりもないのに顔を見合わせて、楽しいね、と笑った。




 カーテン越しの光が、瞼を貫く。
 いつものナルトならば布団を引っ張り上げて光を遮断するところだが、その日に限っては、自然と目が開いた。
「……まっぶし」
 そう呟くと、サクラも目が覚めたらしく、もぞりと寝返りを打った。二人は、じっと互いの顔を見る。
「不思議な夢、見た気がする」
「オレも。全然内容覚えてねーけど、変な感覚、まだ残ってる。つーか、いい加減カーテン買い替えようぜ。毎朝眩しすぎだってばよ」
「朝の日差しで目を覚ますのが一番健康にいいのよ。朝ごはん、お願い」
「あー、当番オレか。昨日の残りに目玉焼きでいい?」
「……最近、手抜き多くない?」
 サクラは布団から手を伸ばすと、大きなあくびをしているナルトに向かって服を放った。そして自分も服を着て、ベッドから抜け出す。
「オレ、朝弱いから、そこは勘弁」
「そのわりに、朝からよく食べるじゃないの」
「朝はしっかり食えってオレに仕込んだの、サクラちゃんでしょ」
 ナルトはそう言って、ベッド脇の出窓に並んでいる観葉植物を傷つけないように気を遣いつつ、カーテンを開ける。ご飯を作ったら、こいつらにも水を遣ろう。青々とした葉を撫でてから、サクラに続いてベッドから降りる。そして、のそのそと歩きながらTシャツを被り、二人並んで陽光の差し込む部屋を出た。




2015/2/2