暮らし



暮らし




(注)いつも書いてるのとは違う同居設定です。




 ここしばらく内勤生活が続いていたサクラは、夕食を自分で作ることに凝っていた。いくら母親と折り合いが悪いとはいえ、幼い頃から慣れ親しんだ料理の味は恋しく、自分の舌で再現をしてみようと試みているのだ。料理の作り方を教えてもらえばいいと誰もが言うだろうが、開始三分も経たずに喧嘩に突入するのは確実な上に、素直に頼るのが悔しかった。そんなことでは、自活した意味がない。毒見には慣れていると自分を揶揄しつつ、己の舌を信じて、どこまでやれるかを日々探っていた。
 仕事を上がると、その日作る料理に必要な分の野菜をスーパーで調達する。洗って皮を剥いて切るまでは、問題ない。そこから先は、文字通りの匙加減を繰り返して、ああでもない、こうでもないと調味料の配分を毎回微妙に変えてみる。この作業は、サクラにとってなかなか楽しいものだった。薬を調合する過程と、少しだけ似ている。会心の味に仕上がった時などは、台所で一人はしゃいで、サイやカカシにおすそ分けをしてやろうかと思うぐらいだ。
「いただきます」
 両手を合わせると、天の恵みと農業を営みにしている人々に感謝をする。下忍の頃は田畑の世話や稲刈りに駆り出されることもあり、作物を育てる難しさを少しは知っているつもりだ。
 今日のメニューは、サラダに鶏肉の照り焼きとパックの刺身。一品手を抜いた代わりに力を注いだのは、きんぴらごぼうだった。ちょっとずつ、ちょっとずつ。醤油、酒、みりんを細かに調合し、汁気を飛ばした。もぐもぐと食べながら物足りなさの理由を分析するのも欠かさない。片づけをしたら、ノートにその日の調合と味を記しておこう。ノートも、ずいぶん埋まってきた。目標を作り、そこに向かって努力をするのは楽しい。この作業はつくづく自分に合っているなと、鶏肉を頬張りながら実感した。




 ナルトが家に帰ってきたのは、空が白んできた明け方だった。かすかな物音に反応するのはもはや職業病で、ベッドから起き上がると、カーディガンを羽織って玄関に向かう。
「ただいまー」
「おかえりなさい」
 あくびをかみ殺しながら、同居人をねぎらう。少し早いが、二度寝をするほどでもない。寝過ごすぐらいなら、このまま起きてしまおう。
「あ!廊下、すげえ綺麗になってる!ありがとう!」
「別にすごくないわよ」
 大げさな感謝の声に、サクラは苦笑する。廊下に置いてあった雑誌の束を、ごみ置き場に運んだだけだ。
「だってさ、家帰ってきたらさ、全部やってあんだもん!」
 トイレが掃除してある。洗濯がしてある。切らしていたソースが買ってある。ナルトは、そういった日常の細々としたところに、いちいち反応する。サクラにとっては当たり前のおだやかな暮らしも、ナルトにとってはひどく新鮮に映るらしい。感謝されるのはとても嬉しいが、それと同時にチクリと胸が痛むのも確かだった。改めて、自分たちの生い立ちには、天と地ほどの差がある。
「待ってて。お風呂、入れるわ」
 サクラがそう言えば、ナルトは目を輝かせたが、次の瞬間には喜びを押し込めた表情で首をぶんぶん左右に振る。そんな贅沢、バチが当たる。たぶん考えているのは、そんなところだ。
「いいから、あんたはソファで休んでなさい。私、出勤まで時間あるから」
 病院勤務のいいところは、先の見えない任務とは違って、一応時間の区切りがついているところだ。加えて野営の必要もなければ、敵襲もなく、仮眠を取っていても寝首をかかれる心配はない。激務なことに代わりはないが、環境は良い方と言える。
 風呂を張っている間に、サクラは昼の弁当作りに取り掛かる。これもまた、最近凝っていることだった。昼に外へ出るのも億劫で、握り飯だけでは味気ない。そんな時、夕食の残りをちょっとアレンジすれば、立派な弁当になる。創意工夫が苦にならない性格でよかった。
 風呂が沸きそうな頃合をみて、ソファでうつらうつらしているナルトを起こすと風呂に入らせて、弁当作りを続ける。汁気のないおかずは、弁当に詰めるのにちょうどよかった。狙い通りだと、ほくそ笑む。今日の夜はナルトもいることだし、新しい料理を作りたい。たしか、作り置きのおかずを保存するのに重宝していた容器が余っていたはず。戸棚からごそごそ取り出して、弁当箱代わりに詰めてみると、昨日の残り物は綺麗になくなった。皿を洗う手つきも軽快で、朝から気分がいい。
「お風呂、ありがとー。すげえ気持ちかったー」
 風呂上りのナルトは、とろんとした目をしている。野営をしないで里まで飛ばしたのか、とても眠そうだ。
「これ、あんたの分ね」
 サクラはくるりと身体を反転させて、蓋をした容器をテーブルに置く。ナルトは、椅子を引いた格好できょとんとした顔をすると、それをじっと見つめた。
「お弁当、作ったから。お昼ごはんがあったら、今日ゆっくりできるでしょ?」
 ナルトは、何も言わない。ただ、肩が震えているのが気になった。湯気の立っている身体で、寒いわけでもあるまい。
「……お昼に好きなもの食べたいなら、別にいいんだけど」
 サクラが空気を探りながら言うと、ナルトはぼろぼろと大粒の涙をこぼした。玉のような涙だ。これにはサクラも驚いて、目を見開く。
「わ、私、そんな料理下手だった!?そういうのは早く言ってよ!」
 どうして泣いているのか、皆目見当がつかない。自分の舌を信じてあれこれ味を変えていたが、口に合わなかったか。泣き出す理由なんて、それぐらいしか思い浮かばない。
「こんなことされたら……オレ、もう一人に戻れないってばよ」
「……何、言って……」
「お弁当まで用意してあるなんて、夢みたいだ。どうしよう」
 これには困った。どうにも困った。弁当も詰め終えて、これから朝ごはんだというのに、こんな風に泣かれたら、とことん甘やかしたくなる。限られた時間内で、何ができるだろうか。
「オレね、サクラちゃんの料理、大好き。だから嬉しいんだ。ありがとう!」
 ナルトは肩に引っ掛けたタオルで顔も拭かずに、泣き続ける。
「これ、今、食べていい?」
「それは……いいけど……」
「じゃあ、食べる」
 ようやくタオルを取り払うと、ごしごしと顔を拭って、椅子に座る。箸がないことにすぐ気づき、引き出しから箸を取り出すと、ナルトの前に置いた。しかしナルトは、弁当に手をつけない。そうか、一緒に食べようという合図か。サクラは慌てて朝ごはんの支度に取り掛かる。
「今から寝るんだよね?」
「……うん」
「外に出るの面倒だったら……お昼もそれ、食べる?」
「もらう。くれるんなら、全部もらう」
 また涙腺が緩んだのか、しゃくりあげた声だった。自分の昼は、適当に済ませればいい。ナルトが欲しいものを与えられるなんて、こちらの方が夢みたいだ。気づかれないように眦をこっそりと拭って、フライパンに卵を落とす。パンをあたためて、フライパンの端っこでハムを焼き、コーヒーを淹れる。
 この音が、この匂いが、どうか、ナルトの暮らしの一部になりますように。




2014/12/22