妙木山デート



妙木山デート




 任務が終わって里に戻ったのは、出発日から28日後のことだった。遠征のはずが先方の都合で尻切れになり、結果として中途半端な日数になった。里を出発してから、二人は班長と医療上忍として、常に気を張った状態を保ち続けていた。ナルトが妙な誤解を与えてしまった部下たちから好奇な視線を注がれないようにと、いつも以上に上司部下の関係性を強調し、少しの隙さえ許さない。なにせ、まだあどけなさが残る部下たちは、どうにかして二人の仲を探ってやろうとうずうずしている。それなのにナルトときたら、だらしない顔で「サクラちゃん」と呼びかけようとするので、そのたびにナルトのわき腹を突いて注意を促した。気苦労をするのは、いつだってサクラ一人だ。
「みなさん、お疲れ様でした。また後日、火影様より呼び出しがあるかと思いますので、それまでは各々身体を休めておくように。以上、解散」
 顔を引き締めたサクラが号令をかけると、部下たちは三々五々に散っていく。しかし、そう見せかけて近くの茶屋に集合し、噂話に興じることだろう。幼かった頃の自分たちがとった行動を思い返せば、それぐらいの予想はつく。伝言ゲームは、こうして里の隅々まで広がっていくのだ。
「ねえねえ、サクラちゃん」
 一歩、二歩とカニ歩きをして、ナルトがそばに擦り寄ってくる。
「報告書、どうすんの?オレが書く番だっけ?」
「私、野営の途中で仕上げておいたから。あとは表紙つけて提出すれば終わり」
「おおー!さっすが!」
 少し前までは、報告書なんて黙っていれば他人が書いてくれるものだとばかり思っていたのだから、どちらが担当するのかを気に留めるまでに成長したことを喜ぶべきかもしれない。以前、腹に据えかねてナルトに丸投げをしたのだが、提出期限を過ぎても報告ひとつないのはどういうことだと受付から苦情が来るわ、アパートに怒鳴り込めば一文字も書いていない報告書を前にナルトが泣きそうな顔で背を丸めているわで、押し付けたこちらが悪かったと思わず反省をしてしまった。
「次に組む時は、あんたの番だからね」
「うん、それはいいんだけど、さ」
「何」
「ちびっとだけ、手伝ってくれる?」
 眉を八の字にして、ナルトはそっと顔を覗き込んでくる。お伺いを立てる時のナルトは、どこまでもしおらしい。仕方ないな、と相手に思わせてしまう才能がある。それを愛嬌と呼ぶのなら、自分には一生縁のないものだとサクラはため息を吐きたくなる。正直に言ってしまえば、うらやましい。人の手を頼ったり、誰かに甘えり。そういうのが、とてもとても苦手なのだ。
「……いつになったら一人で書けるようになるのよ」
 こういう言い方が、まずよくない。そう頭ではわかっているのに、ナルト相手だと考える隙もなくポンポン言葉が出てしまうので、会話のスピードがやたらと速くなる。
「オレ一人でも書けるってばよ?」
「あきれた。だったら何でやらないの」
「でも、サクラちゃんが手伝ってくれると、すっごく早く終わっちゃうから、付き添って欲しいんだ。やっぱりサクラちゃん、頭いいからさー。手際がいいっつーの?いつも完璧に仕上げるもんな。すごいってばよ!」
「……それは、どうも」
 素直に謝辞を送ると、ナルトはじっとこちらを見つめたまま、いつまでたっても視線を動かそうとしない。最近、ナルトはこういう顔をするようになった。何を言うでもなくサクラへ視線を注ぎ、穏やかに笑う。そんな風に笑われると、サクラはどうしていいかわからなくなる。いつもは饒舌なはずのナルトが、その時に限っては妙に静かで、一緒に過ごす時間や空気を大事にしているようにも思える。おしゃべりだけが楽しい過ごし方ではない。そういうことを理解するようになったのかもしれない。
「これからデートしようか」
 サクラの口からこぼれたのは、そんな言葉だった。何か、話してよ。本当はそう言うはずだった。しかし、考えるより先に声が出てしまった。これはきっと、素直な感情だ。この先、妙ちくりんな伝言ゲームに煩わされるのならば、デートのひとつぐらいして、選択肢を慎重に吟味したい。
「おー、一楽でも行くかあ。腹減ったもんな」
 ナルトは木ノ葉ベストの上から腹をさすって、情けない顔をする。
「オレ、味噌とんこつで決まり。サクラちゃん、何にする?いつもみたいに、野菜てんこもり?なんかさー、スープに野菜が混じると、味が変わっちゃうような気ぃすんだよねー」
 その後もナルトはだらだらとラーメン論を打ち続け、メンマとナルトの絶対比率を力説した。デートという単語を気に留めることもなく、ただの言葉遊びだと勘違いしている。サクラは膨れ面で歩く速度をあげた。
「ありゃ?サクラちゃん、どったの。やたらと静かじゃない」
「……今日は帰る」
 ぷいっと顔を背けて、サクラは家に向かって黙々と足を運び続ける。
「え?え?一楽は?ラーメン食うって……」
「私は!デートしようって言ったのよ!」
 苛立ちまぎれに言葉をぶつけると、ナルトはぱくぱくと金魚みたいに口を開けた後、目をまん丸に見開いた。
「い、一週間!」
「はあ?」
「一週間、オレに時間ちょうだい!だって、デートすんだろ!?だったら綿密にプランを練って、忘れらんねーぐらい強烈なデートにしちゃる!」
 手足を使ってわたわたと説明をするナルトは、すっかり舞い上がっている。強烈なデートって、どんなのだ。素敵だとかロマンティックだとかそういう表現が思いつかないのがナルトだとわかっているのだが、とても気になる。
「里の外……は出らんねぇよなあ。ちくしょー!すげえ綺麗な海岸知ってんだよ!もう絶対そこに連れて行こうって決めてたのに!任務の通過地点に組み込めるかなぁ……」
 頭をがしがしとかいて、ナルトは悔しがる。海岸という極めてスタンダードな場所が真っ先にあがったのは、かなり意外だった。強烈というからには、どこかとんでもない場所に連れて行かれると思っていたのに。そして、ナルトが寄越した「強烈」という言葉は、とあるイメージをサクラの中に呼び起こした。いつもいつもナルトが逆口寄せをされる、あの場所。名物は、虫料理。
「じゃあさ、妙木山に連れて行ってくれる」
「へ?なんで?」
「そういえば、改めて挨拶したことないのよね。ナルトをどうかお願いしますって、蛙の子たちに言っておこうと思って。私、四代目様からあんたのこと頼まれてるし」
「あのさ、あのさ、それって……」
「別に、あんたと付き合うとは決めてない」
 キッパリ言い切ると、ナルトはあからさまにガッカリと肩を落とした。
「まあ、顔合わせっていうの?私にもさせてよ」
「妙木山でデート、かあ……」
「やっぱり私は入れない?ダメかな?」
「ダメってこたぁないんだけど、こう、イメージが違う」
 デートに海岸を思い浮かべるロマンチストが、蛙の里を選ぶわけがない。それでもサクラは、できるならば一度行ってみたかった。木ノ葉どころか全世界にその名を知られる英雄であるナルトが、「ナルトちゃん」と子供みたいに可愛がられている貴重な場所で、自分のことを「彼女さん」と噂をする蛙たちに挨拶をしてみたかった。
「なんなら、デートは次でもいいし」
 これは、かなりの譲歩だった。ナルトの顔が、パッと輝く。
「デート、してくれるの?」
「人生に一度ぐらい、いいでしょ」
「一度って!この先、何度でもするってばよ!なんなら『デートしよう』ってサクラちゃんから言わせちゃうもんね!」
 こうなると、ナルトは止まらない。負けず嫌いの火がついて、燃え盛っている。このままシカマルのところに直行して、アイデアをくれとしつこくねだった末に、粘り勝ち。そんな筋書きがサクラの中で浮かんだ。たぶん、それほど逸れてはいないだろう。
「たかだか海岸で私の心が動くと思ったら、大間違いだからね」
「上等!オレってば、すんげえデート考えちゃうからな!」
 ナルトは鼻息荒く宣言する。さてさて、どうなることやら。木ノ葉が誇る意外性ナンバーワン忍者が選ぶ初デート場所。若干どころか、かなり興味がある。一周回って海岸に落ち着く男ではない。サクラは、隣でウンウン悩んでいる百面相を眺めながら、里をゆっくり歩いた。




2014/11/13