伝言ゲーム



伝言ゲーム




「よーし、みんな揃ったな。そんじゃ、はじめるとすっか」
 ナルトは長机の上に広げた書類をまとめると、トントンと端を揃えて、その軽快な音を開始の合図にした。ここは、アカデミーの中にある会議室。長机がコの字型に配置されていて、一列はサクラの部下、真向かいのもう一列はナルトの部下がパイプ椅子に座っている。
 一週間後に控えた遠征にともなう打ち合わせを取り仕切るのが、ナルトとサクラの役目だった。この状況に、サクラはずっと違和感を抱えている。カカシがいくら説明しても上の空で、ドジばかり踏んでいたというのに、まさか仕切る側に回るとは。不安混じりに隣を見ると、ナルトは精悍な表情で部下を眺めている。木ノ葉の英雄を前に、皆が皆、背筋をピンと伸ばしていた。威風堂々とした態度は立派だが、徐々に威圧感が身につきつつあるのだと、そろそろ自覚した方がいいかもしれない。この分だと、そのうち部下は萎縮してしまうだろう。それをサクラは、一足先に経験として知っていた。
「まずは今回の行程について。えーと、」
 ナルトの声を遮るように、ぼふんと煙が立ち上がる。サクラが用意した書類の上にちょこんと乗っているのは、チビ蛙だった。全員が目を丸くする中、チビ蛙は喉を鳴らして、ナルトに用事があるのだとアピールする。どうやら、妙木山からの呼び出しらしい。その子蛙は、契約を結んだばかりなのか、あまり見ない顔だった。
「あ!」
 チビ蛙はサクラと目を合わすなり、幼い声を出すと、器用に頭をペコリと下げた。
「ナルト兄ちゃんの彼女さんですね。ボク、ガマ助っていいます。以後お見知りおきを」
 のんびりとした口調で、丁寧な物腰。普段ならば、小さいのにしっかりしてるのねぇ、なんて感想を抱いただろうに、その発言があまりに突飛過ぎて、サクラはもちろんのこと会議室中が固まった。
「フカサク様が、ナルト兄ちゃんに伝えたいことがあるそうです。なるべく早くとのお達しですので、準備ができたらボクを口寄せしてください。それでは!」
 妙な雰囲気もどこ吹く風、子蛙は伝言を残してドロンと消える。会議室は、耳が痛くなるほど静まり返った。
「うずまき上忍の都合もあるので、一旦休憩を挟みます」
 サクラは冷静な声でそう告げると、すっと立ち上がる。そして、だらだらと冷や汗を流している隣の男の腕をむんずと掴むと、肩が抜けんばかり勢いで引っ張りあげて、会議室の外へと連れ出した。扉をピシャンと閉めると、残された部下があからさまに沸き立っているのがわかった。「あの二人って、やっぱそういう関係なの!?」と口々に言い合っている。サクラは、ため息を吐くしかない。
「さて、どういうことか聞かせてもらおうじゃないの」
 少し前のサクラならば、問答無用で拳をゴツンと落とすか、下手をすれば会議室でぶっ飛ばしていた。わざわざ部屋の外に連れ出して、怒鳴ることなく事情に耳を傾けようというのだから、気が長くなったものだ。大人になったことを、ナルトにはぜひとも感謝をしてもらいたい。
「ご、ごめんなさいってばよ!」
 高速で頭を下げたものだから、その勢いでサクラの前髪がびゅうっとたなびく。
「妙木山にガマ吉って蛙がいんだけど、サクラちゃんが、その、オレとそういう仲だって勘違いしててね?それが他の蛙にもなんとなーく伝わっちゃって、引くに引けない状況になったっつーか……」
「つまり、勘違いをさせたまま、ずっと放置していた、と」
「オレもいつか言わないとなーと思ってたんだけど、あいつら呼び出す時ってたいがいこっちも切羽詰ってるから、こう、うまくきっかけが掴めなくて、その、」
「私、アンタの彼女になった覚えはないんだけど」
「うん、だから、ごめんなさい」
「謝るだけなんだ」
「へ?」
 サクラは、腕を組んだ格好で、じーっとナルトを見る。無言の視線にナルトはたじろぎ、悩み、がしがしと髪をかく。沈黙がそのまま三分続き、ナルトは観念したように口を開く。
「あの、好きです。付き合ってください」
 人気のない廊下では、扉の向こうでざわついている部下の話し声が、よく聞こえた。沈黙が、またも続く。ナルトもサクラも視線を逸らさない。そろそろ部下がこちらの様子を伺いに来るだろう。サクラは、ナルトの頭に手を伸ばすと、わしわしと混ぜ返した。最近はナルトも背が高くなり、頭を撫でるのも一苦労だ。なにせ、背伸びをしないと手が届かない。
「で、その、返事は……?」
 青かったその顔は、すっかり血色がよくなっている。茹ダコとは言わないまでも、頬や首筋が赤いのは隠し切れない。
「要検討案件として、持ち帰らせていただきます」
「えー!何それ!オレってば、いつまで待てばいいの!?」
「こんだけ長くあんたと顔突き合わせてんだから、今でも明日でも一年後でも変わんないでしょ」
「ちょ、ちょっとその言い草はないってばよ!ていうか、一年後!?オレってば、そんなに待たされんの?」
「じゃあ、諦める?」
 この場で主導権を握っているのは、サクラだった。私は、それでもいいけれど。つんと澄ました顔は、ナルトに有無を言わせない。口を開けては閉じるを繰り返した後、ナルトは肩をがっくりと落とした。
「……おとなしく待つってばよ」
「それでよろしい」
 頭を垂れているので、今度は容易に手が届く。柔らかい金髪は、意外に手触りがよく、離すのが惜しい。
「でも、それまでは、あいつらに勘違いさせたままでいい?」
 何言ってんの!とその訴えを退けてやりたかったが、しょんぼりしすぎてナルトが小さくなっているので、追い討ちをする気も失せる。間抜けな伝言ゲームをこれ以上続けるのは、サクラも面倒に思えた。だいたい、その場でお断りという選択肢を消去した時点で、答えは見つかったようなものだった。
「ま、いいでしょ」
「やった!」
 ナルトは小さくガッツポーズをする。デキの悪い弟分というのは、どうしてこう可愛いのだろう。頭を撫でる手を、なかなか止められない。
「あんさ、オレ、妙木山に顔出してくっから、説明はサクラちゃんに任せていい?」
「うまくやっとくから、さっさと行きなさい」
 サクラは一歩後ろに下がると、サッと手を払い、ナルトは先ほどの子蛙を口寄せする。
「あ、早かったですね!では、妙木山へ行きましょう!」
「よろしく頼むってばよ。そいじゃ、サクラちゃん。よろしくね」
 煙と共に、ナルトは妙木山へと消えていった。
「さて、どうするかな」
 腰に手を当てて、サクラは会議室の扉を見つめる。部下たちの興味は、きっと削がれない。隙をついて話題を擦りかえられるかもしれない。もしそんな素振りを見せようものなら、ニッコリ笑って「任務と関係ある?」の一言で場を収めるしかない。打ち合わせの中断は妙木山からの使いがあったから。蛙の言動を説明する責任は、ないはずだ。
「よし、この線でいこう」
 筋書きをひととおり作ると、扉の取っ手を掴んでカラリと開けた。想像通り、どの子も目をキラキラさせてこちらを見てくる。この先、ずっとこの手の興味本位な視線と付き合い続けるのか。どっと疲れが出る。
「うずまき上忍は所用で席を外します。代わりに、私が説明をしますので、各自頭にいれておくように」
 医療上忍として日ごろ立ち回っているおかげで生まれた威厳を発揮すると、部下たちは一人残らず忍の顔に戻った。まだ年若いとはいえ、木ノ葉の教育は行き届いている。この調子なら打ち合わせ中はもつだろう。問題は去り際と、任務が終わった後。冷静に説明をする一方で、この先の筋書きを組み立てる。
 ひとまず、遠征から帰ったら、持ち帰り案件に取り掛かるとしよう。




2014/10/29