お披露目



お披露目




 好きな女にカッコイイと言われたい。それは、どの時代でも変わらない男の夢だろう。ナルトにも勿論それはあって、下忍になったばかりの頃は、修行でスゴイ技を開発してサクラちゃんを颯爽と助けたら、オレのこと好きになっちゃうかも!と毎日のように夢想をしたものだ。とはいえ実際のところ、螺旋丸を会得しても、仙術をマスターしても、九喇嘛と絆を深めようとも、カッコイイの一言はサクラの口からついぞ聞かれず、思わぬ再会を果たした父からサクラのことを彼女かと問われた時、「そんな感じだってばよ」と返せば、気絶するかと思うほど強烈な頭突きを食らった。
 だが、そんな日々とも、とうとうお別れかもしれない。真新しいビニール袋に包まれた木ノ葉ベストを穴が開くほど眺めながら、ナルトは思う。セロテープを丁寧に剥がし、そーっとベストを取り出す。支給されたばかりとあって、癖がついていない分、羽織るとごわつきが目立ち、生地が硬かった。着心地が良いとはまだ言えない。使い慣れたファスナーとは違う留め方なので、引き上げる時に若干苦労したが、きっちりと首元まで閉めて、裾を引っ張る。姿見など部屋にはないので、ガラス窓に写る自分の姿を確かめながら、額当てをきっちりと巻き直して、「うおっし!」と両手で頬を張った。
「待ってろよ、サクラちゃん!」
 精悍な表情を意図的に作って、ずんずんと玄関に向かうと、勢いよく扉を開ける。そしてナルトは、一目散に木ノ葉病院へと突き進んだ。




 サクラが病院に詰めている時に使う部屋は、本棚がスペースの大半を占めていて、実に素っ気無い内装だ。私物をほとんど置いていないのがサクラの生真面目さを現していて、任務絡みで初めて訪れた時には、少し笑ってしまった。「なんかサクラちゃんだなー」と思ったのだ。
 扉をノックすると、やや間が空いた後、「はーい」とぼんやりした声が返ってくる。あの感じだと、きっと書き物をしている最中だ。「入るよ」と声を掛けてから扉を押し開き、ナルトはつかつかと窓辺に近寄る。サクラは手が離せないらしく、資料と書類を交互に見ながら、ひっきりなしに手を動かしてる。ナルトが部屋に入ってきたことに気づいてはいるのだろうが、今片付けている仕事が一段落するまで、その存在に頓着しなかった。
「……これでよし、と。で、何の用?」
 サクラはペンを置いて、資料を閉じる。ナルトは窓のサッシに腰を預けていたが、サクラの手が止まったことに気づくと、シャンと背筋を伸ばして窓辺に立った。
「どう?」
 そう言って、ナルトは両手を軽く広げる。はじめて見る木ノ葉ベスト姿に、サクラの目がほんのわずか見開いた。もしかして見とれちゃってるのかな?とちらりと思う。この調子だと、いい反応が期待できそうだ。ナルトはワクワクしながら、サクラの第一声を待つ。
「……あんたが隊長って、大丈夫かしら」
 数秒の間を置いて、サクラはぽつりと呟いた。「えー、それだけ?」と口にしかけるが、ぐっと飲み込み、唇を引き結ぶ。そういう物言いは、ガキっぽさが滲み出るだけだ。もう中忍になったのだから、落ち着いた物腰を身に着けたい。
「初任務は?」
「……一週間後」
「連れて行くのって、新人?」
「新人二人と、ベテランさんが一人」
「そっか。最初っから新人二人か。期待されてんのね」
 椅子に座ったまま、サクラはナルトが立つ窓辺に身体を向ける。じーっと視線を注いでくるものだから、なんだか照れてしまって、ナルトは視線を床に落として一歩後ろに下がった。窓のサッシにそのまま凭れかかる。
「そっかー、とうとう隊長かー」
 伸びをしているのがわかる声で、サクラは言う。視線を再び持ち上げると、サクラは顔を傾けて、やっぱりナルトをじっと見ている。眼差しはいくらでもくれるけど、欲しい言葉は、一向に貰えない。
「あんさ」
「ん?」
「……これ、似合う?」
「そうね」
 焦れたナルトは、聞きたい言葉を引き出そうと試みる。だが、サクラは言葉少なに頷くだけだった。サクラから褒め言葉を貰うのは、本当に難しい。小言を受けているイメージはいくらでも思い浮かぶというのに、自分のことを褒め称える姿となると、てんで想像ができない。ナルトは眉尻を下げると、こめかみを人差し指で擦る。
「まあ、前の忍服もあんたらしかったけどねー。派手なオレンジ色。あれ、似合ってたよね」
「……そう?」
「あんたの趣味?」
「や、師匠の見立て」
「あはは、お揃い。私もそう。弟子入りして二年目だったかな?動きやすくて気に入ってたんだけどね。まあ、正規服も悪くないけど」
 サクラちゃんも、良く似合ってた。そう言いたかったのだが、壁掛け時計がちらりと視界に入り、やや慌てる。この後は、初任務の打ち合わせだった。支給されたベスト姿を最初に見て欲しいという一心で、サクラの仕事部屋にわざわざ立ち寄ったのだ。
「わりぃ、そろそろ行くわ。これから打ち合わせなんだ。時間に遅れたら、示しがつかねぇ」
 椅子に座ったまま送り出されるかと思ったのだが、サクラは立ち上がって、ナルトの後ろをとことことついて歩く。
「そんじゃあね」
 扉の横に立って見送りをしてくれるサクラに手を振り、ナルトは廊下を歩き出す。その背中に、声が掛かった。
「ナルト!」
 振り返ると、扉の脇からサクラが顔をひょこりと出している。
「それ着てると、五割増しで男前!初任務でドジ踏むんじゃないわよ!」
 すぐにバタンと扉が閉じた。棒立ちのままぽかんと口を開けて扉を見ていたが、やがて後からどんどん喜びが湧き上がってきて、「よォし!」と思わず声が出てしまった。その場をじたばた暴れ回りたくなるのを何とか堪えて、ぐっと強く両手の拳を握る。
「よし、よし、よぉ〜〜し!やってやるってばよォ!」
 今だったら、どんなにムチャクチャな任務だってこなせるし、D級任務をあてがわれても絶対に文句など口にしない。男前は、愚痴など零さず、どんな任務もさりげなくこなしてみせるものだ。
 隊長任務をこの先もガンガンこなして、今度こそサクラの口からカッコイイの一言を引き出してやる。新しい目標を作ったナルトは、窓をがらりと開けて病院から飛び降りると、アカデミーに向かって駆け出した。




2014/03/28