(注)いつも書いてるのとは違う同居設定です。 ご飯を美味しそうに食べる様を見るのは、気分が良い。その点、目の前の男は合格だと思う。あんまり美味そうにラーメンを食べるものだから、ふらふらと吸い寄せられる客がたまに居るのだと、いつだったか一楽の店主が言っていた。 同期で一番食いっぷりが良いのはチョウジだが、殺気立っている時がしばしばある上に、見ているこちらが胸焼けを起こしそうになるほどの大食らいなので、申し訳ないが同席したいとは思えない。箸の使い方がやや不得手で、食べ物をぼろぼろとこぼしたりもするが、ナルトはやはり合格点だ。 「あんたさ、ほんっとウチの母親が作った煮物好きよねぇ……」 テーブルの真向かいで白飯をがつがつと食べているナルトを眺めながら、サクラが言う。本日はナルトの帰宅がだいぶ遅かったため、サクラは先に食事は済ませていた。ナルトに合わせて食べていたら、あっという間に目方が増えてしまう。そのあたり、残業時の食事時間もマメに調整するほどの徹底ぶりだった。 「ふん、ふぁっへふぉれ、」 頬に食べ物をパンパンに詰め込んでいるため、発音がはっきりとしない。 「あー……返事は食べ終わってからでいいから……」 サクラが手を振れば、ナルトは味噌汁の入った椀を口に運び、咀嚼したものを飲み下す。 「だってこれ、マジうめぇし」 「舌は、ちゃんとしてんのよね」 「んー?」 何言ってんのかわかんない。そんな顔で、ナルトは首をかしげた。カップラーメン愛好家のため、仲間からはバカ舌だと思われているナルトだが、美味いものとそうじゃないものの区別は、意外とできている。一楽のラーメンは里でも有名だし、気に入っている甘味処だって美味しいと評判の店だ。 味わう舌を持っているにも関わらず、サクラが作った料理の数々、たとえば火を通しすぎた炒め物だの、味つけの薄い煮物だの、焦げ目のついた焼魚だの、べちゃっとしている揚げ物だのを、ナルトは実に美味そうに平らげる。「これって、そんなに美味しいのかしら?」と作った本人が勘違いしそうになるほど、食いっぷりがいい。 その煮物と、私が作った料理、どっちが好き? そんな問いかけが、頭を過ぎった。ただし、口にする度胸はない。そうしている間にも、母お手製の煮物はどんどんナルトの胃袋の中へ消えていく。もし残ったら弁当箱に詰めて職場に持っていこうと思っていたのだが、この分だと皿の上は綺麗に片付きそうだ。卵焼きの練習は、明日以降に持ち越しとなった。 「ここ、ついてる」 誰も横取りなんてしないのに、急いでかきこむものだから、米粒が口の脇に引っ付いている。つい、と口元を指差すサクラだが、ナルトの指は小さな米粒を器用に避けてしまい、一向に取れない。 「そこじゃないって」 手を伸ばして米粒を取ると、指についたそれをナルトの唇に押し付けた。ナルトは目を丸くして驚いたが、やがて頬を緩めてぱくりと米粒を口に含む。その嬉しそうな顔を眺めながら、サクラはもう少し上手に餌付けができないものかとつくづく思った。ナルトが見せる表情と釣り合いが取れるだけの料理が作れたら、最高なのだが。上達の兆しがない自分の料理の腕が、恨めしい。 「あー、美味かった!ごっそさん!」 おそまつさま、と口にしかけたが、慌てて飲み込む。その言葉を発していいのは、煮物を作った母親だけだ。白飯を炊いて味噌汁を作っただけの自分が口にしていい台詞ではない。 「……美味しかったのなら、何より」 茶碗をまとめて台所に運ぶナルトの背中に、もそもそとサクラは呟く。 「明日も食事当番、サクラちゃんだっけ?」 「うん、そう」 蛇口から出てきた水が、器に溜まっていく音がする。洗い物をすぐに済ませる癖をナルトに仕込んだのは、サクラだ。 「何作んの?」 たらふく食べた後に、どうしてご飯の話題が出せるのか。サクラにはその感性がよくわからないのだが、「まだ決めてない」とだけ返しておく。 「そっかー、早く食いてーなー」 「……またまた」 声の調子が少し自嘲気味になったことは、自覚している。世辞ならいらない。本当に美味いと思った時に、「美味しい」と言ってくれればいい。 「なんだよ、またまたって」 「んー?別に、深い意味はないわよ」 「オレ、サクラちゃんの作った料理が一番好きだよ?」 「一楽より?」 「うん」 なんと、即答だ。これにはサクラも驚いた。一番の好物は、今も昔も、イルカ先生におごってもらう一楽ラーメンだったはず。生涯変わることのない不動の一位だとばかり思っていたのだが、ナルトが嘘をついているとは思えなかった。 「……あんた、相当な物好きね」 「いやいや、普通でしょ」 間髪入れず、ナルトは当たり前のように反論する。その声は胸の奥にカツンと当たり、サクラがこれまでずっと避けてきた選択肢を、急速に浮上させた。それは、折り合いの悪い母に頼み込み、料理を教えてもらうこと。この物好きを満足させるには、それが最も確実な方法だった。喧嘩をせずに最後まで話を聞けるかどうか、まったく自信がないのだが、一番好きな料理を一番美味しい料理に格上げするためにも、重い腰を今こそ持ち上げなければならない。 荷物を取りに行く用がなければ帰らない実家の玄関扉を、たくさんの食材を抱えたサクラが潜る日は、そう遠くない。 2014/01/13
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