「あー……ダメだ、眠い」 サクラは弱りきった声でそう言うと、ダイニングテーブルの上に肘をついて、手の甲でごしごしと目をこすった。書類仕事は、先ほどからほとんど進んでいない。意味不明の文字列で書類を汚さないうちに、さっさとペンを置くのが正解かもしれない。 ちなみになぜ台所で書類を広げているかといえば、持ち帰りの仕事が増えたせいで書斎に閉じこもりがちになったサクラが、これでは家庭内別居と同じだと気づき、書斎を使うのをやめたからだ。集中力が切れた時には、気分転換にナルトと会話ができるし、お互いに良いこと尽くしだった。現在、書斎はただの資料置き場になっている。 「コーヒー、淹れようか?」 ソファからひょいと首を出して、ナルトが声を掛ける。カフェインでどうにかなる問題かと自分の身体に相談してみるのだが、突如襲ってきた眠気は強烈で、振り払えるものではないと判断する。なにせ目を瞑ると、一瞬で意識を持っていかれそうになるのだ。 「ちょっとダメそうだから、一時間だけ寝てくる」 書類をまとめてテーブルの端に置くと、サクラはよろよろと立ち上がる。するとナルトもまた、寝転がっていたソファから起き上がった。トイレにでも行くのかと思えば、そのままサクラの後を黙ってついてくる。 「……何よ」 「オレも寝る」 「えー。あんたに起こしてもらおうと思ったのに」 「そんなの、目覚ましかけりゃいいじゃん」 「そうなんだけどさ……。一時間で起きられるかなー。なんか不安になってきた」 「最近、やたら眠いって言ってるもんな。仕事も増えてるみたいだし、疲れてんじゃないの?」 会話をしながら寝室のドアを開けると、ナルトはサクラに続いて中に入り、そのまま窓際に移動してカーテンを閉めた。サクラは布団を持ち上げ、のそのそとベッドに身体を横たえる。そのままヘッドボードに手を伸ばして、目覚まし時計を引き寄せると、ぴったり一時間後に鳴るように時計の針を合わせた。音量調節ができればいいのだが、ベルの鳴動は調整不可だ。買い換える時は、大音量の設定ができるタイプにしようと心に決める。 「お昼寝なんて、贅沢だってばよ」 幾分はしゃいだ様子で、ナルトが布団の中に潜りこんできた。一方のサクラはといえば、気づいたら夜だったという未来がちらりと見えた気がして、ますます不安が加速する。 「……やっぱり寝るの?」 「そーんなこと言わないでよー。一緒にいるのが大事なんだからさー」 それを言われると、サクラも強い態度には出られない。書斎に閉じこもっている間、ずいぶん寂しい思いをさせたんじゃないかと思う。ナルトが我慢強い気質だったからこそ、愛想を尽かされずにやってこれたのだ。一緒にいる時間が大事。当たり前のことを、今更の様に噛み締める。 ぼすんと枕に頭を沈ませるナルトをちらりと見てから、サクラは頭を持ち上げると、無言でナルトの右腕を掴み、自身の首の後ろに回した。腕枕だ。そのまま枕に頭を横たえて、ナルトに背中を向ける。 「こっちのが落ち着く」 ナルトの手首をすりすりと撫でながら、サクラは満足げな笑みを浮かべた。これなら、一緒に寝るのも悪くない。なるほど、贅沢な昼寝だ。 「サクラちゃん、大変だ」 「何よ」 「ムラムラしてきた」 ほとんど眠りに落ちかけていた頭と身体が瞬時に覚醒し、ナルトの腹部に肘鉄を食らわせた。 「サクラちゃん、痛い」 「バカじゃないの!?寝ないなら出て行きなさいよ!私は眠いの!」 「えー……ちょびっとくっつくだけでも……」 ベッドの端ギリギリに移動するサクラだが、懲りないバカは擦り寄ってくる。ベッドから突き落としてやろうか。 「ねーねー、カーテンも閉めたしさー、眠気覚ましにさー」 「せめて夜まで待ちなさいよ!」 やかましい、とばかりに振り返って言葉を投げつければ、ナルトはいたずらに成功した子供みたいな顔になる。しまった、してやられた。 「じゃあ、夜まで待ちまーす」 ナルトは天井に顔を向けて、首元まで布団を引き上げた。先ほどの一言でどこかに吹き飛んだ眠気だったが、布団にくるまっているせいか、猛烈な勢いで戻ってくる。こうなると、いよいよ目覚まし時計の活躍を期待するしかない。 「私も努力はするけど、目覚ましに気づいたら、絶対起こしてね」 「うんうん」 「あと、右手」 「うん?」 サクラは返事も待たずにナルトの右腕を引き上げると、先ほどと同じように首の後ろに回し、今度はがっちりとその手首を掴む。左手がサクラの身体に触れようとするのだが、それはパシリと跳ね除けた。 「夜まで待つんでしょ」 しょぼくれる空気を背中越しに感じ取りながら、サクラは今度こそ目を閉じた。思うのは、ただひとつ。 どうか起きられますように。 2013/10/05
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