習慣



習慣




 朝は果物中心に軽めのものを、昼は途中で燃料切れを起こさないようしっかり食べ、夜は時間が遅ければ蕎麦や雑炊ですませる。もうずっとこんな生活を続けているのだが、いったいなぜだ。サクラは机に頬杖をつき、右手でくるくるとペンを回しながら、途方に暮れていた。
「サクラちゃーん!お疲れ様だってばよ!」
 勢いよく飛び込んできた顔は、毎度お馴染み、七班の同期。ニコニコと懐こい笑みを浮かべながら、最近気に入っている菓子屋の紙袋をサクラに見せた。お茶にしようという合図だ。昼飯もろくに食べず、あたたかいお茶だけで誤魔化している腹は、菓子屋の賑やかなロゴにすかさず反応を示そうになる。しかし、咄嗟に浮かんだ考えが、空腹具合を瞬時にかき消した。
「……わかった、あんたのせいだ」
「ん?オレ、何かした?」
「あんた、いっつも私んとこにお菓子持ってくるじゃないの。それに付き合ってるせいだわ!今わかった!」
 サクラの機嫌が悪いのには、理由があった。そういや最近乗ってないなと思って体重計で目方を量ったところ、予想より大幅に増えていたのだ。一度降りて、体重計の針がゼロを示していることを確かめてから、もう一度。誤差ではない。見間違いでもない。ついでに言えば、幻術でもない。
「なんというか、こう、体重がアレなのよ!服のサイズ変わってないから、全然気づかなかった!」
 喚くサクラを他所に、ナルトは「そっかー」と呟きながら、ソファに歩み寄る。そして、紙袋を机の上に乗せると、どっかりとソファに身体を沈ませた。
「あのね、今日は栗のお菓子買ってきたから。もう、そんな季節なんだねぇ」
「人の話聞いてた!?あんたのせいで……」
「別に、いいじゃないの。ちょっとぐらい」
 のんびりとした口調でそう言うと、紙ナプキンをテーブルの上に広げて、袋の中をガサガサいじる。出てきたのは、栗饅頭だ。机の手前と真向かいに栗饅頭をそれぞれ置いて、紙袋を丁寧に畳む。
「服のサイズ変わっても、見た目がバァちゃんになっても、オレはサクラちゃんが好きだよ」
 膝の上に両手を乗せて、やっぱりニコニコと笑いながら、ナルトは言った。サクラは無言でナルトの傍らに歩み寄ると、後頭部をスパンと叩く。
「あいた」
「どさくさに紛れて、何告白してんの」
「えー、そろそろ聞きたいかなーと思って」
 叩かれた箇所をさすりながら、へらりと笑ってナルトが言う。
「オレら、落ち着いてもいいんじゃない?非番のたんびにわざわざ待ち合わせてメシ食って、休憩の時間取れたら顔見せ合ってさ、しかもこないだ、」
「言うんじゃない!」
「あんま叩くとバカになる……」
 再度引っ叩けば、さすがのナルトも文句を口にする。ややキツめの任務から帰った日、くたびれすぎて頭が回らなかったせいだろうか、優しくされたら見事に流された。一線こそ越えてはいないが、ほとんど脱がされかけていたし、熱に浮かされる感覚はいまだ身体に残っている。
「ちゃんとお付き合い、しませんか?」
 顔がわずかに赤らんでいるのを知ってか知らずか、甘えたような声でナルトは言う。サクラは喉をぐっと詰まらせて、見上げてくる視線をすいと外した。
「頷いてくれないの?」
「……体重戻ったら、返事する」
 その言葉に、へらへらと笑っていたナルトの顔が、ピシリと固まった。テーブルの端に置いた紙袋を慌てて引き寄せて、その中に栗饅頭をせっせと仕舞いこむ。フチを雑に畳むと、誰も引ったくりなんかしないのに、紙袋を懐にぎゅっと抱えて一目散にドアへと向かった。
「オレ、もうお菓子持ってこないからね!サクラちゃんも間食しちゃダメだよ!」
 去り際にくるりと振り返ってそう言うと、ドアは閉じていく。しかし残り数センチの位置でドアは止まり、もう一度開いた。ナルトがその隙間からにゅっと顔を覗かせる。
「あ!でもご飯ちゃんと食べてね!健康的に痩せてね!」
 サクラの反応なんかおかまいなしに、ナルトは自分のタイミングで一方的に釘を刺してくる。口を挟む隙などなく、サクラは完全に棒立ちだ。顔が引っ込んで、ドアが閉じかけるが、またしても開いた。言いたいことはちゃんとまとめて欲しい。
「体重戻ったら、必ず知らせてね!返事聞くからね!」
 バタンと派手な音を立てて、今度こそようやくドアが閉じた。どたどたと足音が遠ざかり、人の気配も消える。室内はいつもの静けさを取り戻した。
「まったく、慌しいんだから」
 しかもOKするなんて言っていないのだが、あの様子だと、ナルトの中ではもう答えは決まっているらしい。
 七班の解散が決まった時、任務で組む回数は激減するはずだし、ナルトとはきっと疎遠になるだろうとサクラは思っていた。それぞれが違う居場所を作り、七班のような輪をいくつも繋げていくのだ。里の中で顔を見かけた時は、軽く立ち話くらいはするだろうが、大戦前のように密なコミュニケーションを取るまでには至らない。サクラが予想していたのは、そういう未来だった。
 実際、人の繋がりは増えたし、互いに知らない友人が何人もできたのだが、ナルトとの交流は、いつまで経っても途切れることがなかった。いいことわるいこと日常の愚痴。それらを気軽に共有しあえる仲間というのは案外貴重で、喋る時間を作らないと、胸に澱が溜まるような感覚さえ生まれるようになった。
「……お付き合い、ねぇ」
 サクラはそう呟いて、首を傾げる。その胸中はといえば、本当にはじめるのかという気持ちと、そろそろ落ち着く頃じゃないかという気持ちが、半々の比率で転がっていた。
 そもそも、ことナルトに対しては口より先に手が出てしまう自分が、服を脱がされかけてもブン殴らなかったのだから、ナルトが確信を持つのも無理はなかった。それを考えると、比率がぐっと変わり、やはり頃合じゃないかと思えてくる。
「とにかく、体重戻そう」
 体重が戻らない限りは、何もはじまらない。テーブルの上に取り残された紙ナプキンを屑篭に捨てると、体を絞るための修行メニューを考えることにした。



2013/09/22