(注)「ROAD TO NINJA」の特典CDで判明した四代目似メンマ設定で書いた話です。 ベッドの上には、暗部のプロテクターと、四代目火影と背中に縫い取られた羽織が並んで広げられている。サクラは自室の椅子に座り、その二つをぼんやりと眺めていた。 今回の任務に適応できる人員が、あなたしかいないのです。 綱手師匠は少しのためらいの後、サクラの目を見つめてそう言った。穏やかなその瞳には、振り切れない迷いが浮かんでいた。きっと、最後の最後まで決めあぐねていたのだろう。この里の五代目火影は、優しくて思慮深い人だ。そんな師匠の隣で、姉弟子はいつもと変わらず凛としていた。 請けるか請けないか、最終的な判断はお前に任せる。やりたいと思うのなら、やってみろ。 姉弟子は、いつも力強い。暗部の現状を知ることは、火影になるために通るべき道だとわかっている。サクラの夢を知っているからこそ、師匠も姉弟子もこの任務を与えてくれた。選択肢を作ってくれた。そしてサクラは迷うこともなく、この任務を受け入れた。そのはずだった。 「……重いな」 我知らず、そんな言葉が唇から漏れ落ちる。父が見てきた里の闇を、今、ようやく垣間見る。優しく微笑んで最期の任務に向かった父の目には、一体どんな光景が広がっていたのか。同じものを見てみたいと希えど、覚悟が足りない。膝の上に乗せた拳をぎゅうっと強く握る。 ピンポーン。 不意に鳴った呼び鈴に、肩が跳ね上がった。時計の針は、22時を指している。出立予定は、0時。時間には余裕がある。この遅い時間帯に呼び鈴を鳴らす人間は、サクラにとって大切な友人だと予想ができた。どうでもいい人間に限って、ベランダから入ろうとする。誰とは言わないが、窓を開けた試しがない。 自室を出ると玄関に向かい、扉を開ける。いのだとばかり思っていたのだが、そこに立っているのは意外な人物だった。 「……メンマ」 「うん。こんな夜遅くにごめんね?」 申し訳なさそうに眉尻を下げて、メンマが言う。常識人のメンマがこの時間に、しかも一人住まいの女の子の家を訪れるということ自体、想像ができない。火影の勅令を預かっている身だ、任務の呼び出しは有り得なかった。 「たださ、ちょっと気になっちゃって」 「何が?」 「今日のサクラちゃん、ちょっと様子が変だったから」 メンマの鋭い一言に、ぎくりと胸を突かれる。動揺を隠すのに、サクラは必死だ。 「困ったことがあったら言え。オレはいつもお前の味方だ」 「……どうしたのよ、いきなり」 それは、サスケがいつも口にする決まり文句だ。その言葉を掛けられるのが、サクラは何より嫌いだった。誰に対しても同じ台詞を吐くので、誠意がない。侮蔑の視線を送るのが常だ。しかし、そこまで毛嫌いしている言葉でも、メンマの声で聞くと、なんだか違う響きになるのが不思議だ。 「なんでサスケがいっつもこれ言うか、わかる?」 「なんでって……癖みたいなものでしょ?からかってるのよ、私のこと」 「違うってばよ。サクラちゃんがいつもと変わらないか、気にしてるからだよ。少しでも困ったことあったら、様子が変わるでしょ?だからさ、サクラちゃんがいつも通りなのを確認して、サスケはホッとしてるんだ」 そんなはずはない。だって、サスケはいつもチャラチャラと女の子を連れて歩いているし、女と見れば口説かないと気がすまないのだ。任務先だってその姿勢は変わらず、隙あらば女性を口説こうとする。 「オレたちは、七班だ。大事な仲間だ。何か困ったことがあったら、頼って欲しい」 「困ったことなんて……」 ただ、初めての任務を前に緊張しているだけだ。里の闇を受け止める覚悟が本当にあるのかと、自分自身に問いただしている。 「本当に?」 メンマがサクラの内側に踏み込んでくるのは、極めて珍しいことだった。そしてそれは、サクラが本当に弱っている時と決まっていた。まっすぐな青い瞳が、サクラを見る。ああ、好きだな、と改めて実感する。物腰は柔らかいけど、その瞳には強い意思が宿っている。頼ってしまいたくなる。たまらなく不安なのだと、弱音を吐いてしまいたくなる。 「メンマ、ありがと」 ぐらりと揺れる心を抑えて、サクラは笑った。こういうのは昔から得意だ。自分が笑えば、周囲は安心する。英雄の娘は、常に笑っていなければならない。 「すこーし気になってることがあったんだけど、大丈夫。すぐに解決するから」 これから待ち受ける長い夜が明ければ、いつもの生活が待っている。明日は一日休みだ。頭を空っぽにして、ゆっくり身体を休めよう。次の日からはまた、七班の面々で、忍のくせにやかましく任務をこなすだろう。 「そんな……無理に笑わないでよ」 メンマはそう言って、寂しそうな顔を見せた。完璧に作り上げた笑顔なはずだったのに、メンマはすぐに看破する。上辺だけじゃなく、その心を見てくれる。 「サクラちゃんは、いつも無理をする。何でも自分一人で解決しようとするだろ?オレは、それが寂しいんだってばよ。オレって、そんなに頼りないかな…………うわあ!」 思い切り抱きつくと、メンマはふらふらと後ろによろけた。それでもサクラは離れようとしなかった。 「ごめんなさい。ちょっとだけ」 たとえそれがどんなつまらないことでも、メンマに「ごめんね」と断られると、胸が苦しくなる。もし嫌がられたら。あるいは、避けられたら。いつもならそんな想像をしてしまうのだが、この時は何も考えられなかった。 メンマは、そうっとサクラの背に手を回す。その手の動きは、メンマらしい労わりに溢れていて、サクラの強張った心を和らげた。気負いや心細さが、一瞬にして消えてなくなる。 「明日は……いつもの場所で修行してるから」 「……うん」 「話、いつでも聞くから」 「ありがとう」 ずっと告げ損ねている恋心は、メンマの優しさに触れるたび、隙あらばサクラの心を占拠する。拒絶の意思を示されることがこんなにも恐ろしい人を、サクラは他に知らない。今のような強い衝動がなければ、抱きつくなんて絶対にできない。 あと二時間で、サクラは里が抱える闇を目にする。黒い影に引きずり込まれることを、いまだ恐れている。しかし、今、全身で感じているメンマの温度を思い出せば、何だって乗り越えられそうな気がした。 2012/06/16
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