その日、いのはシカマルを探していた。どうしても今日中に、というわけではないのだが、胸に抱えた一大決心を話すのは、できるだけ早い方がよかった。自分がすっきりしたいという気持ちもあるにはあったが、第三者からの情報で知る前に、自分の口からちゃんと伝えておきたかった。それは、いのにとってのけじめだった。
「あ、シカマル。いたいた〜」
 アカデミーに程近い垣根の角からシカマルがひょこりと現れたので、駆け寄りながら声を掛ける。しかしシカマルは一人ではなく、その後ろには砂の忍がいた。カンクロウとテマリだ。
「おっと失礼。ごめん、ごめん。またあとでね」
 取り込み中ならば仕方がない。間が悪いこともあるものだ。いのはくるりと踵を返し、出直すことに決めた。告げる機会は、また作れるだろう。
「どうした、何かあったか」
「大したことないから、大丈夫」
 首だけ後ろに向けて答えれば、シカマルはほんの少し考える間を置いて、背後の二人を見た。
「すまん、少し抜ける」
 思いもよらないシカマルの言葉に、いのは面を食らった。他里の忍を連れているということは、間違いなく任務絡みだ。それを中断させるほどの重大事ではない。
「ええっ?大丈夫だって、そこまでするようなことじゃ……」
 いのは顔の前でぶんぶんと手を振るが、シカマルはいのの訴えに耳を貸す気はないらしく、砂の忍の答えを待っている。
「別にいいじゃんよ。あとは道なりだろ?」
「お前一人いないぐらい、たかが知れる。おい、いの。こいつを連れて行け」
「だとよ。場所、移動しようぜ」
 テマリとカンクロウに向かって片手をあげて、シカマルはすたすたと歩き出した。そして、困惑しているいのの横を通り過ぎると、アカデミーとは逆方向の道を進んでいく。いのは砂の忍にぺこりと頭を下げてから、シカマルの背中を慌てて追いかけた。
「困ったな、そこまで大げさな話じゃないんだけど……」
 弱りきったその声色に、シカマルはがしがしと頭をかく。
「ああ、ありゃお前をダシに使っただけだ。ただの息抜き。気に病むことはねえよ。どっか店に入るか?」
「あのね、シカマル」
「おー」
「私、医療忍者になることにした」
 本題をいきなり切り出すと、シカマルは歩みはピタリと止まった。間を置いて、いのを振り返る。その顔は、最近では滅多に見られないほど、驚きに満ち溢れていた。
「……そりゃまた思い切った決断だな」
「心転身もまだまだ未熟だし、山中の力を使いこなせているわけでもない。あんた達に迷惑かけるかもしれない。それでも、決めた」
 きっかけは、サスケ奪還任務だった。綱手様がいなかったら、チョウジは命を落としていた。その事実に触れた時、いのの目の前に、分岐路ができた。ひとつは、今まで通り山中の術を磨くこと。もうひとつは、医療忍者を目指すこと。分岐路が現れたタイミングは、絶妙だった。五代目が里に戻ってきたことをきっかけに、医療忍者の数を確保する動きが広がったからだ。門戸が大きく開かれたこの機会を逃せば、医療忍者に転身する道はさらに困難になるだろう。
 不安なら、山ほどある。モノになるかどうかさえ、全くわからない。それでも、何もできずに待っているのは、もうイヤだった。大事な仲間が死んでいくのを黙って見ているなんて、まっぴら御免だ。あがくだけあがいて、やれることを見つけたかった。自分に少しでも可能性があるというなら、それに賭けてみたかった。
「話は、もう通ってるんだ。やるだけやってみる」
「ふーん……チョウジには話したのか」
「うん。ここ来る前につかまえて、一応。あんたら二人に言うのが筋だと思ってさ」
「あいつ、なんて?」
「そうなんだ、頑張ってね、だって。お菓子ボリボリ食べながら」
「はは、新作食ってたろ。赤い袋のやつ」
「うん。何箱も買い込んであるって」
「最近あいつ、あればっかなんだ。なんかハマったらしい」
「味なんてどうでもいいように思えて、ちゃんとこだわりあるのよね、あいつ」
 下忍のスリーマンセルが発表になった時、シカマルとチョウジの三人で組まされることはわかりきっていた。新鮮味がない上に、どうせならサスケ君と組みたかったのに、とさえ思ったりした。しかし今では、シカマルとチョウジの二人と組めたことは幸運だといのは思っている。術の相性は元より抜群。そこに信頼関係が加われば、怖いものなしだ。自分が医療忍術を体得すれば、もっと任務の幅が広がる。なにより、二人を命の危険に晒す確率が少しでも減るはずだ。悩みに悩んで下した決断は、間違っていない。いのにはそう思えた。
「ねえ、何か言うことないの?」
 いのは少しだけ茶化しながら、シカマルの顔を見る。
「ま、頑張れ」
「そう言うと思った」
 シカマルとチョウジから感動的な言葉が返ってくるなんて、端から期待していない。やると決めたら、迷わず応援してくれる。そういう二人だからこそ、一番最初に伝えておきたかった。同じスリーマンセルという枠組みを超えて、二人に寄せる信頼の証だった。
「時間作ってくれて、ありがと」
「おい、オレぁ別に……」
「でも、ありがと」
 重ねて感謝の言葉を口にすれば、シカマルは、ふいっと顔をそむけた。耳がほんのり赤い。
「照れてる」
「うるせーな。お前にそういうこと言われんの、慣れてねーんだよ」
 団子食うぞ、団子。ぶっきらぼうにそう言って、シカマルは足早に商店街を抜ける。いのはシカマルに駆け寄ると、甘栗甘に向かう道のりを並んで歩いた。




※アニメでいのちゃんが医療忍術への道に進むきっかけをやってたけど、チョウジが死にかけたことがきっかけでいいんじゃないかと思う。




2013/06/08