拍手御礼短文(3)



◎ 春野さんといのちゃん



※ [ 同居設定のナルサク ] 項目、「贈」の後日談です。


「ん?何それ、初めて見た」
 話題がふと途切れた隙間を縫って、いのが問いかける。サクラは、いのの視線を辿って手首をちらりと見遣った。すぐに気づいたようだ。さすがに目聡い。
「さては喧嘩でもして、仲直りに買わせたか?たっかそー」
「さあ、どうでしょう」
「それとも他の男から……はないか」
「ふふ、せいかーい」
 サクラは時々、あの時の贈り物を手首に着けていた。するとなぜだろう、魔法が掛かったみたいに気分が上向きになる。自分は、まだやれる。そう思うことができた。装飾品を好んで身に着けるタイプではないのだが、このブレスレットは別だった。
「とーってもイイ男からのプレゼント」
「聞き捨てならないわねー」
 どんな外見に成長したのかはわからないが、そのまっすぐな性根は女性を惹きつけることだろう。現にサクラも、ナルトの口から語られた彼の想いに感動した。彼の奥さんになる人は、幸せ者だと思う。あれだけ情の深い男の人に愛されるなんて、女冥利に尽きるというものだ。
「ナルトには内緒でつけてるの。目の届かないところで、こっそりね」
「うわ、悪い女だわ」
 その通り。悪い女だ。今では許婚のいる男からの贈り物を、こっそり隠し持つだけでは飽き足らず、落ち込んだ時には頼りにさえしている。
「イイ男ってのが誰だか知らないけど、センスいいわね、その人。よく似合ってるじゃないの。でもあいつ、それ見たら怒るわよー。浮気だーって騒ぎ立てるかも」
「それでいいのよ」
「ん?」
 サクラの返答が意外だったのだろう、いのは片方の眉を軽く持ち上げた。
「嫉妬させておくのがいいの」
「あのぼんやりが、嫉妬なんてするのかしらね。昔はよくサスケくん相手に突っかかってたけど、あれは完全に子供の張り合いだったもの。あんたが絡んでも絡まなくても、喧嘩ばっかりだったものね」
 そうなのだ。ナルトはどこかぼんやりしている。他所の男に目移りすることはないと思い込んでいるのか、あるいはよっぽど自信があるのか。同期連中、医療班の同僚、任務を共にした班の仲間。誰と話していても、特に感情を苛立たせることなく普通の顔をしている。それが別に面白くないというわけではないのだが、慌てる顔を見てみたいのも確かだった。
「今度さ、『見慣れないアクセつけてたけど、奮発したわね』って言ってみてよ。あいつの反応が気になるから。あ、こっそりどっかから覗いてようかな。どんな顔するか、見てみたい」
 笑みを浮かべながらサクラが言えば、いのは目を丸くした後、おかしそうに吹き出した。
「あんたもわるーい女になったもんだ」
「愛されてる実感が欲しいものなのよ」
「女ってめんどくさーい」
 昔馴染みの口ぶりを真似て、いのはけらけら笑う。情報部の一角での立ち話は、まだもう少し続きそうだった。



◎ 春野さんとはたけ



※ナルトが修行に出ている間の話です


 鼻先に美味いニンジンを垂らされているわけでもないのに馬車馬のように働かされて、昼も夜もなく里外を飛び回る日々が続いていた。忙しい方が性に合っているので、文句はない。力を行使するのは、忍ならば当たり前。そういう姿勢でカカシは任務についている。
 そんな激務の中、谷間のようにぽっかりと時間が一日だけ空いた。午前中は身体をゆっくり休めて、午後は待機所詰め。自宅から待機所を目指す道行きさえ、なんだか懐かしく思える。上忍師として動いていたのはごく短期間だったというのに、いつのまにか里心を植えつけられたようだ。雑多な里の空気を吸いながら、ぼんやりと歩く。
「あ、カカシ先生!」
 明るい声が、前方から聞こえた。懐かしさが、胸の内で大きくなる。空に向けていた視線をまっすぐ前に戻せば、大きな封筒を手に抱えた元教え子が、弾けるような笑顔を見せて手を振っていた。軽く手を上げてそれに応えると、こちらに駆け寄ってくるのをじっと待つ。
「久しぶりだねぇ、サクラ。相変わらず、修行漬け?」
「すっごいしごかれてる。身体中、痣だらけだもの。先生は、これから待機所ですか?」
「うん、そう」
「私も、アカデミーまで届け物」
 中身は書類だろうか。サクラはひらひらと封筒を振ってみせた。
「せっかくだから、待機所までデートしたげる」
「あらまあ。大サービスじゃないの。お願いしようかしら」
「だって、カカシ先生が女の人と歩いてるとこ、見たことないんだもの。たまには楽しいでしょ?」
「そうねえ、そわそわしちゃう」
「ま、夜はどうだか知らないけど」
 にやにやと笑うその顔は、噂話が大好きな年頃の女の子のものだった。カカシは、自分の教え子のそういう年相応な顔を見るのが好きだった。ひよっ子を一人前の忍に仕立て上げるのが自分に課せられた仕事だというのに。自分の世話を焼いてくれた恩師の気持ちが、今になってようやくわかる。柔和な笑みを絶やさなかった恩師は、きっと仏頂面の教え子に笑って欲しかったんだろうと思う。
 先生、オレは大丈夫ですよ。
 カカシはそう心の中で呟いて、頬を緩ませた。
「そうね。モテちゃってモテちゃって大変よ」
 軽口に乗ってやると、サクラはからからと腹を抱えて笑い出す。それでいい。里に居る間ぐらいは、存分に笑うといいのだ。そのことを、この教え子には忘れないで欲しかった。
「すっごい気になるなー、夜の先生」
「尾行しないでね、恥ずかしいから」
「尾けたところで綺麗に撒かれちゃうもの」
「どうだろうね。お前も腕上げただろうから」
「えー、じゃあ今度試してみようかなー」
 懐かしい道を、懐かしい部下と会話を交わしながら、並んで歩く。




2013/05/10