普通



普通




「うわ、もうこんな時間か。悪いけど、そろそろ帰るわ」
 甘味処でだらだらしゃべっていただけなのに、ずいぶんと時間が経つのが早い。時計を見ることをすっかり忘れていたので、今の時刻に気づいたサクラは、少しだけ慌てた。悠然とカップを口に運ぶいのを他所に、サクラは会計の札を見て金額を確かめると、隣の椅子に置いたバックの中身を探って財布を取り出した。
「こんな時間って、まだ五時よ?家に仕事でも持ち帰ってるわけ?」
「あいつ、今日帰ってくるのよ。だから、料理の支度」
「あーらら、甲斐甲斐しいことで」
 何でもないことのように答えるサクラを、いのは笑って揶揄する。その反応に、サクラは小銭を数える手を止めて、目を瞬かせた。
「何よ、その顔」
「えーと、いや、別に……」
 サクラはテーブルの上に勘定を置きながら、もごもごと口ごもる。
「嫁でもないのに、そこまですることないんじゃないって言ってるの。忍稼業を続けるつもりなら、一緒になった時、辛くなるかもよ?今のうちから手を抜くことも考えておいたら?」
「……うん、そうね」
「まあ、あんたら二人の問題だから、私が言うこっちゃないんだけどさ」
 いのはカップをソーサーの上に置くと、ひらひらと手を振った。




 甘味処を出たサクラは、その足で大通り沿いの商店に入り、買い物かごを片手に商品棚の間をのろのろ歩く。品揃えと値段を確かめながら、いのの言葉をずっと思い返していた。
「……甲斐甲斐しい、か」
 棚に並べられている特価品の塩を手に取りながら、サクラは首を傾げる。自分が世話焼きであるなんてことは、特に思ったりしない。だいたいそんなのは、自分の柄ではなかった。こうした方がいいか、と思うからするだけだ。それで万事が上手く回るのなら、やる意義はあるだろう。
 家の片付けだって、同じ家に住まう者としての義務というか、礼儀というか。二人で決めたわけではないが、互いに気がついたらやることにしている。実家の母がその様子を見たら、「家にいる時もそれぐらいやってくれたらね」と文句を言うはずだ。普段は散らかし癖のあるナルトだが、大掃除の時には協力的な姿勢を見せてくれるし、サクラが任務で出払っている時には当然のように家事全般を担っていた。だったら自分もやろうかな、と思う。ただ、それだけのことだった。洗濯物にしたって、自分の汚れ物だけ洗うのも妙な話だし、ナルトの分を一緒に洗うのは、言ってみれば単なるついで。水道代の節約にもなる。他の家のことなんかサッパリわからないが、サクラとナルトの生活は、そういう回り方をしていた。
「……普通だと思うんだけどな」
「何が?」
 耳に馴染んだ声が、すぐ上から降ってきた。首を捻って仰ぎ見れば、お菓子の袋をいくつも抱えたナルトが傍らに立っていた。
「それ、蝦蟇用の?」
「うん。あいつら、スナック菓子の味覚えちゃったから、買っておかないと文句言うんだよね」
「あんた、契約主じゃないの?」
「……ほんとね。オヤツあげないと帰ろうとしないのは、一体なぜだろう」
 複雑な表情で、ナルトは腕の中のお菓子をじっと見つめる。威厳のなさを、気にしているらしい。サクラとしては蛙にスナック菓子という取り合わせがよくわからないのだが、なにしろ妙木山については謎だらけなので、そこはあえて踏み込まないことにした。
「あんたはさ、私が家に帰ってくるってわかったら、料理するよね」
「うん、するよ。だって、飯食うだろ?任務明けの飯が弁当じゃ味気ねえじゃん。サクラちゃん、白メシ好きだもんな。となると、自分で作るしかねえし」
「そうよねぇ。そうなるわよねぇ」
 自然と浮かび上がる選択肢に、身を任せる。それが二人の暮らしだ。サクラはそれで上手くいっていると思っているし、ナルトもまた今の生活に疑問を持っているようには見えない。
「え、もしかしてオレのメシがまずいとか、そういう話?」
「違うわよ、誰もそんなこと言ってないって。あんたの作るご飯、私、好きよ」
「そう?へへー、オレもサクラちゃんの作るご飯、好きー」
 やっぱり、間違ってないような気がするんだけど。だらしなく顔を緩ませるナルトを見ながら、サクラは思う。手に持った塩の袋をカゴの中に置くと、腰を持ち上げて、とん、とナルトの肩を軽く叩いた。
「おかえり。任務お疲れ様」
「ん。ただいま」
 砂漠でも走ってきたのか、金髪には砂埃がついている。手を伸ばして髪を混ぜ返すと、ナルトは気持ち良さそうに目を細めた。
「ちょうど居合わせたことだし、今日はあんたの好きなものを作るとするか。何食べたい?」
「オレね、肉!絶対、肉!パサパサしてんのじゃなくて、ジューシーなやつ!」
「……うん。肉はわかったから、メニューを言ってね」
 そして二人は肩を並べて、精肉売り場に足を運んだ。今日は何が安いかな。切らしているストックはあったっけ。そんな会話を交わしながら、サクラは何とも言えない心地良さを感じていた。洋服を買いに来たわけでもない。装飾品を見ているわけでもない。スーパーの品揃えを確かめて、今日の献立を一緒に考えているだけなのに、この幸福感は一体なんだろう。
 いのの話を聞く限り、自分たちの価値観は世間一般のものとどうやらズレがあるらしい。共有できないのはなんだか解せないが、二人の間で通用するのなら、問題はあるまい。これが我が家の普通。それでいいじゃないの。サクラはひとまず、そう結論づけた。




2013/05/19