「で、どの野郎だってばよ。サクラちゃんにプロポーズしたっていう役人は」
 壁の脇から半分顔を覗かせて、じいっと見つめる視線の先には、忍者ではなく明らかに一般人だとわかる八人の男たち。五代目とその付き人であるシズネが応対をしている。屋敷で定期会合を持った後、そのまま外へ一緒に出てきたのだろう。
「くそ、背中向けてる奴、こっち見ろ!顔わかんねってばよ!」
 ナルトが探している顔は、確かにあの中に混じっていた。シカマルはナルトの問いかけに何も反応を返すことなく、一生分の溜息を出し尽くした顔で、その背後に立っている。
 厄介事の発端は、サクラだ。ある役人の仕事ぶりをやたらと気にしていたので、妙なところに興味を持つもんだと思いながらも放っておいたら、今度はナルトが騒ぎ出した。なんとも要領を得ない説明だったが、長年の経験から話を繋ぎ合わせたところ、サクラが気にかけていた役人が、婚姻届を手に結婚を迫ったのだと理解した。
「お前、顔知ってんだろ?」
 いつもより当たりの強い口調でシカマルに問いかける。視線は、集団に釘付けだ。
「早く教えろって!」
 焦れたナルトが振り返り、シカマルを見る。気配こそ消しているものの、その目は血走っている。面倒が起こりそうな予感しかしない。
「お前、教えたら殴りかかるだろ」
「んなことしねえよ。いいから教えろってばよ」
 木ノ葉病院で探りを入れようとしたら、患者のプライバシー云々という理由により門前払いを食らったらしい。事情通であろういのは、「シカマルがよく知ってるわよー」と面白がってこちらに投げてきた。七班の揉め事は、七班内で解決して欲しい。身辺の平穏をこんなにも願っているのに、いつも巻き込まれるのはなぜだろう。
「あの、メガネか」
「さあな」
「今バァちゃんと話してるオッサンか」
「どうだかなあ」
 ナルトはその場にいる人間を数え上げて、シカマルの反応を確かめる。のらりくらりと適当にはぐらかしていたが、屋敷の奥からサクラが出てきたことで、その努力は徒労に終わった。なんだこのタイミング。ありえない間の悪さに、シカマルは頭を抱える。
 サクラの姿に反応したのは、八人の内、ただ一人。男は、今すぐ駆け寄りたいところをぐっと堪えています、と言わんばかりの表情でサクラを見つめていた。サクラはその視線に軽く会釈を返すと、病院の方角へ去っていく。これから勤務に入るのかもしれない。
「あー!あいつか!ンのやろ、でれっでれに顔緩ませやがって!見るんじゃねえ!減るだろが!」
「減るって、何が」
「サクラちゃんの可愛さ……は減らねえな!なんだろうな!でも、なんか減るな!よくわかんねえけど!」
 お前がよくわかんねぇよ。会話を重ねるごとに、シカマルの表情は目に見えてげんなりとしたものになっていく。
「でも、大したことなくてホッとしたってばよ」
「あ?」
「顔だってばよ、顔。サクラちゃんが気にするぐらいだからよっぽどいいツラしてんのかと思ったらよ、超フツー。サクラちゃんの理想はサスケだから、あれじゃダメだってばよ」
 その超フツー男が押し付けた婚姻届に記名をしかけたという危うい話を知っているはずのナルトだが、すっかり安心しきった様子だ。これでサスケに少しでも似ているパーツがあれば、止める隙もなく飛び出していっただろう。ともあれ、まだ油断はできない。ナルトのことだ、何をしでかすかわからない。まさかいきなり脅しをかけるほど馬鹿ではないと思うが、話がこじれても困る。
「なあなあ、オレのが断然イイ男じゃね?」
 ナルトはくるりと振り返り、真顔で自分を指差した。
「オレに振るなよ。んなこと知るか」
 眉を顰めて手を振ると、ナルトは正面に顔を戻す。オレのがぜってーイイ男だってばよ、とまだぶつぶつ言っていたが、その声はすぐに途切れた。サクラが去ってから間を置かずして、標的の役人が動いたのだ。隣の男に何事かを伝えると、集団からすっと離れていく。
「……まさかあいつ、サクラちゃんのこと追っかける気か?」
 ちりっと肌の焼ける感覚。ナルトの殺気だ。ここから様子を探っていることは、五代目にきっと気づかれているだろう。こちらに視線を寄越さないが、お前が手綱を握っておけ、とその気配が言っている。こんな面倒ごとは本来なら放っておくのだが、あの役人が手がける仕事を考えると、何が問題が起これば窓口役のシカマルにとばっちりが来ることは確実だ。
「オレ、ちょっと話つけてこようかな!」
 勢いよく飛び出そうとするナルトの首を、シカマルは慌てて引っつかむ。
「っにすんだよ!シカマル!」
「話だけじゃ済まねぇだろが!そもそも忍者が敵意剥き出しで話しかけてくること自体、脅迫みてぇになんだよ!」
「大丈夫だって!穏やか〜な顔して話しかけっからよ!」
 そう言ってナルトは、ニッと笑みを作ってみせる。口角が奇妙な具合に釣り上がり、こめかみは引きつっている。何より目が笑っていない。
「信用できるか!」
「とにかく、心配すんな!話聞くだけ!なっ!」
 武器ポーチは腰にぶら下げているし、袖にはクナイを隠し持っている。追わせるわけにいかない。馬鹿馬鹿しいが、足止めに忍術を使うのも手だろうか。クソ、と口の中で呟いて、シカマルは印を結ぼうとする。
「わりぃな、シカマル」
 ナルトは不敵にニヤリと笑う。今度は感情をきちんと形どった笑みだ。そして、煙を残してさっと消える。
「ちっくしょ、影分身か!」
 影分身を複数張らせて、様子を見ていたに違いない。どこかで待機しているであろう本体は、すぐにでも役人を追うだろう。影分身の情報蓄積で裏は取れている。早速、話し合いという名の脅迫行為に勤しむはずだ。感知タイプではないことが恨めしい。
「早まるなよ、バカが!」
 そう口走ると、シカマルはいつになく慌てた様子で屋根の上にのぼり、ナルトの姿を探した。




2013/04/24