「一足遅かったか……」
 歯噛みするサクラの眼下では、キラービーのタコ足みたいな形状のものが六本、バタバタと洞窟の中をうねっている。状況から察するところ、封印を解除したと同時に地面から生えてきたのだろう。土が隆起し、石畳がめくれ上がっている。あんな勢いで暴れていたら、壁が崩壊して全員生き埋めだ。村を襲った盗賊団は、叫び声を上げながら四方八方に散っている。財宝目当てに祠の封印を解いたはいいが、出てきたのは金銀ではなく化け物だったというわけだ。盗賊団の身を守るのは任務に入っていないが、人死にが出ては目覚めが悪い。こういったケースに出くわすことの多いナルトとサクラは、「ああ、またか」と項垂れるだけだ。今回の任務はとことん骨が折れる。
「埋まってるのが財宝だって、どうして思い込むんかね」
「さあ。隠せば隠すほど掘り返したくなるのが人間の性なんでしょ」
「しゃーない。ちょっと探ってみるってばよ」
 ナルトは仙人モードになって、暴れる化け物をじっと観察する。その間、サクラは地形を頭に入れ、どう動くべきかを考えていた。六本のタコ足もどきの暴れ方に意志は感じない。動き回っている盗賊団に狙いを合わせているわけではなく、壁を壊したり地面を叩いたりと、不規則だ。攻撃を加えようとすれば、また別なのだろうか。
「うーん、本体は隠れてんな。頭だけ出た状態で地面に埋まってる。六本の根元に黄色い頭が出てんだけどさ、見える?」
「……確認した」
「んで、周りでうねってるヤツはダミーだ。中央から、すんげえ強い力を感じる」
「じゃあ、黄色いやつを引っこ抜いて叩くしかないか」
「そうなるね。まあ、任せとけって」
 自信満々の笑みを浮かべてナルトは指をすっと十字を切るが、影分身を出す前にサクラが口を開いた。
「私が囮になる」
「なっ!」
 サクラの言葉に印は崩れ、チャクラが乱れる。影分身は一体も出ることなく終わった。
「そんなんダメに決まってんだろ!」
「薬師カブトの術、覚えてる?術を食らう前に治癒をはじめるやつ」
「……覚えてっけど」
「あれ、使ってみる」
「できんのか?」
「まあね。こないだ試した。埋まってる本体を引っこ抜いて、そのまま捕まえておく。たぶん反撃食らうだろうけど、治癒しながらだから、問題ない。まあ、見た目はかなり派手にやられてるように感じるかもしれないけど、ダメージ自体は大したことないから。私が本体を抑えてる間に、数で一気に叩いて」
「囮なら、オレがやる」
「ダメ」
「なんでだよ」
「影分身だとダメージ食らうと消えるから、あいつを捕まえてらんない。あんた自身が囮ってのは却下。不測の事態に対応できない。私が適任。反論は?」
 こうも畳み掛けられると、ナルトの頭では対処できない。でもさ、でもさ、といつもなら食い下がるのだが、一刻の猶予もないことはナルトにもわかっていた。
「……周りのダミーは、オレが食い止める」
「任せた。あと、今回はかなりチャクラ使うから、たぶん空になる。終わったら、あんたのチャクラ分けて」
「いくらでも分けてやる!」
 ナルトは指を十字に組み合わせて、今度こそ影分身を出す。
「おめーら、行くぞ!」
 オウ!と影分身が一斉に吼え、ダミーに飛び掛った。その隙間を縫って、サクラは六本の根元に駆け寄る。頭を鷲掴みにしてずるりと引き抜こうとするが、びくともしない。チャクラを一点集中させて、さらに力を込める。力勝負の最中、じりじりと出てきた頭がふっと引っ込んだかと思えば、目にも止まらぬスピードで伸びてきた。
「そうくるか!」
 腹に強烈な体当たりを食らうが、治癒をはじめているのでダメージは浅い。本体は捕まえたものの突撃は止まらず、壁が一気に近づく。身体が壁にめり込む前に衝撃をチャクラで緩和させようとするが、そんなのは気休めにしかならなかった。あ、これ結構キツいな。頭の芯に残っている冷静な部分が、残された体力を計算する。最初に食らった猛烈な一撃による傷は治りつつあるが、全身をしたたかに打ちつけた痛みは消えていない。気が遠くなって、脂汗が出る。内臓ごと全部吐きそうだ。視界の隅で、ナルトが顔を歪ませてこちらを見る。そんな顔するんじゃないわよ、バカ。
「放すわけ、ないでしょーが」
 遠くなる意識も、捕まえた本体も、手放すことはしなかった。なんとか逃れようと暴れる本体を、力ずくで押えつける。全力で抵抗を続ける本体は、まるで巨大ミミズだ。腕をめり込ませて頭を潰してやろうかとも思うが、もし分裂するタイプだったら作戦自体が失敗になる。咄嗟に思い浮かぶのは、師匠が契約する口寄せ動物だ。おびただしい数の影分身が、六本のタコ足もどきに振り回され、どんどん消えていく。
「さっさと叩きなさいよ!バカナルト!」
「わかってらぁ!」
 大きな青い光が、本体めがけて突っ込んでくる。それもひとつではなく、光源は数え切れない。いくら分裂タイプだったとしても、ナルトの螺旋手裏剣をこれだけ食らえば一溜まりもないだろう。本体は無数に千切れ、ぼてぼてと残骸が床に落ちる。タコ足もどきも動きが止まった。
「サクラちゃん!」
 焦った声が、どこからか響いてくる。足音が近づくのを感じながらずるずると壁をすべり、地面にへたりこむ。
「……あー、しんどかった」
 後頭部を壁に預けて、小さくぼやいた。手足に力が入らない。起き上がるのも億劫だ。腹の傷はまだ治癒が足りてないのだが、練るものが何もない。カラッカラだ。カカシ先生はいつもこんな感じなのかしら。頭の隅でぼんやり思う。
「お疲れ」
「んー」
 こつん、と拳を合わせるとナルトのチャクラが流れ込んできた。くたびれた身体には、気付け薬にもなる。
「相変わらずチャクラ量少ないなー、私は」
「よく知んねーけど、治癒と怪力って、一気に減るんだろ?」
「考えて使ってるつもりなんだけど、絶対量が足りないから。使いどころを考えないと、行き倒れになっちゃう」
「そのために、オレがいる」
 どん、と自らの胸を叩いて、ナルトが力強く言い切った。
「そうだろ?サクラちゃん」
「……助けてもらってるわ、あんたには」
「そりゃお互い様」
 差し出された手を掴んで、サクラは起き上がる。村に報告をするにせよ、このまま投げっぱなしで帰るわけにもいかない。ある程度の後始末も自分たちの仕事だ。
「さて、何からやろうか」
「洞窟の修復は……無理だよな。天井、崩落すっかな?」
 ぐるりと周囲を眺めながらナルトが言った。壁には暴れ回った跡があちこち残っているが、地響きは収まっている。
「どうだろ。そうなったら手に負えないな。入り口の瓦礫くらいは、片付けとく?」
「そうすっか。あ、サクラちゃんは休んでてね」
 ナルトは影分身を出して、瓦礫撤去に早速取り掛かった。あれだけ影分身を出したというのに、まだ出せるのか。まったく、こいつは底知れない。羨望と驚嘆の入り混じった視線に頓着することなく、ナルトはサクラの隣に腰を落とした。
「あんたはやらないの?」
「オレは現場監督」
「うわー、影分身、かわいそー」
 サクラが笑うと、ナルトもおかしそうに肩を揺らせた。
「チャクラ、足りてる?」
「ん、へーき」
「カブトの術、モノにしたんだな。また一歩バァちゃんに近づいたんじゃねーの?」
「まーだまだ。必死で追いかければ追いかけるほど、遠ざかっていく気がする」
「それ、わかる」
 影分身が瓦礫に躓いて、一体消えた。相変わらずドジねぇ、とナルトをからかい、また笑う。瓦礫撤去が終了するまで、だらだらと話をした。




※相棒設定で、もういっちょ。春野さんは、ナルトに負けず劣らず無理をしがちな人だと思う。




2013/01/31