「うっごかないわねー」
 枝の上に腰を落とし、サクラがうんざりした声を出す。眼下に広がるのは、何部屋あるのか数える気にもなれないほど大きな屋敷だ。弓矢を持った護衛が立派な門を取り囲み、物々しい雰囲気を醸し出している。この屋敷の主が操る組織の背後には、お抱えの忍者集団が控えているはずだった。どの里にも属さないはぐれ者だが、かなりの手練らしい。情報部からは、血継限界の一族だと伝え聞いている。
「あんたの影分身、何やってんのよ」
「そう言わないでよー。オレも慎重に行動するようになったって証拠なんだから」
「ま、そうなんだけどさ。慎重すぎて後手に回るのも困るけど」
 ふーっと前髪を吹いて、サクラは幹に背中を預けた。そして護衛の配置を確かめながら、頭の中に屋敷の図面を思い浮かべ、突入のシミュレーションを繰り返す。
「ねー、サクラちゃん」
「何よ」
「彼氏できた?」
 進入路を発見したところで、イメージがふつりと途切れる。ナルトが投げつけた質問のせいだ。サクラは呆れ返った表情で、隣にだらりとしゃがみこんでいる男を見た。
「……なんで私の恋愛事情をあんたに晒さないといけないわけ?」
「そりゃ、ツーマンセルの相棒だもんよ」
「それとこれと、どう関係すんのよ。馬鹿らしい」
「私生活のトラブルが、任務に影響するかもしんないでしょ。忍ってのは、先の先まで読んでないとな。あ、オレは、今んとこフリーだから安心してね」
 最後に付け加えた主張を聞いているのか、いないのか。サクラはぶんむくれた顔で前を向く。
「……作る時間ないのよ」
「ふーん。そっかそっか」
「なんっか引っかかるのよね、あんたの態度」
「被害妄想だってばよ。サクラちゃんの幸せを一番に考えております」
「だったら、この忙しさはなんとかならないのかしらね。こうもあちこち飛び回ってたら、里でゆっくりするどころか、おちおちデートもできやしない」
「じゃあ、オレとのツーマンセル、解消する?バァちゃんに直訴してさ。サクラちゃんならできるでしょ。いっそのこと病院に戻っちゃうとか」
 組んだ両腕の上に頬を乗せて、ナルトはサクラをじっと見る。その視線に気づきながらも、サクラは顔を隣に向けることなく、鼻で笑った。
「あんたの相棒なんて、私以外に勤まりゃしないわよ」
「サスケは?」
「……後始末に呼ばれるの、絶対に私だもの。勘弁してよ」
 忌まわしいものでも目にしたかのように、サクラは顔をゆがめる。その件に関しては前科があるので、ナルトも深くは突っ込まない。自分とのツーマンセルを本当に嫌がっていないのかを、確認したかっただけだ。
「あんたときたら、放っておくと何しでかすかわかんないし。しっかり手綱引いてないとね」
「オレ、暴れ馬?」
「馬の方が全然マシよ。馬は忍術使わないもの」
「あはは、そりゃそうだ」
「笑ってる場合じゃない!」
 任務中ということもあり、小声で怒鳴るサクラの横で、ナルトの眉がピクリと跳ねた。影分身の一体が消えたのだ。
「うし、準備オッケー。いつでもどーぞ。タイミングは合わせるよ」
 屋敷を指さし、ナルトが言う。その言葉に、サクラの顔が引き締まる。おお、なんつー凛々しい横顔。だからこのツーマンセルはやめられない。湧き上がる高揚感を楽しみながら、ナルトは額宛の端をぎゅっと結びなおした。
「それじゃ、行きますか」
「おうよ!」
 緋色の影に続いて、金色の太陽も木の枝を蹴り飛ばした。びゅっと風が二筋に流れ、緑がざわめく。瞬間、屋敷の護衛がばらばらと四方に散っていくのが見えた。陽動成功だ。隣のサクラにニッと笑いかけると、サクラもまた、軽く笑みを返して移動速度をぐんと上げる。
 私生活でもツーマンセル、いいんじゃないすかね。
 家紋の入ったサクラの背中を眺めて、胸中でこっそり呟いた。




※一人で何でもできちゃう万能忍者と、里No.1の怪力凄腕医療忍者の最強ツーマンセル。「あの二人組と出くわしたら、ケツまくって逃げろ」というお触れ書きが目下浸透中。




2013/01/23