早朝五時の召集に何事かと急いで馳せ参じれば、アカデミーの資料室にまっすぐ通された。扉を開ければ、シカマルが眠そうな顔で椅子に座っている。資料室と、シカマルと、自分。その組み合わせに気づくなり、サクラの表情は一気に暗くなる。 「今回、あんたと私の二人きり?他に誰もいないの?」 「ああ、そうらしいぞ」 「すっごい嫌な予感がするんだけど……」 「奇遇だな。オレもだ」 「遅くなってすみません!」 扉の隙間から聞こえてきたのは、シズネの声だった。その両手は山盛りのファイルによって塞がれ、ファイルの上部を顎で押さえている。サクラは慌てて駆け寄ると、ドアノブを掴んで扉を開けるのを手伝った。シカマルも遅れてやってきて、ファイルを半分持ち上げる。二人に礼を言うシズネは、弱り顔だ。サクラは扉を閉めながら、おそるおそるシズネに問いかける。 「シズネさん、もしかして今回の任務って、」 「ごめんね、サクラ。綱手様がどうしてもって……なにしろ時間がないんです」 抱えたファイルを机の上に置きながら、シズネが答えた。サクラは自身の予感が的中してしまったことを嘆き、ガクリと項垂れる。 「お二人にやってもらえれば、時間がだいぶ短縮できますから」 「今日中っすか?」 「できれば、の話です」 「だとよ。あきらめろ、サクラ」 サクラとシカマルの二人は、人より読むスピードが数倍速いという理由だけで、資料読みにあてがわれることがたびたびある。もちろん推論を立てたり、見落としている事象を攫ったりというのも得意だが、時間短縮のために白羽の矢が立つ場合が圧倒的に多かった。 「忍の素行調査っすか?」 「任務経歴の洗い直し。これ全部繋がってるとは思えないけど、裏に誰かがいるのは確実。そういう判断です」 一番上に乗せられたファイルを開いて、シカマルが顔を顰める。糸を引いていると思われる人物は、火ノ国の大名が信頼を寄せている側近だった。 「この人……結構な大物じゃないすか」 「その分、慎重に事を進めないとね。で、実は、まだ資料があるのよ。運んでくるから、少し待っててくれる?」 そう言い残してシズネが部屋を出て行くと、二人は揃って重いため息をついた。 「とりあえず、手分けするか」 シカマルはファイルの中身を見ることなく、適当に山を分ける。これからはじまる憂鬱な時間を前に、うんざりしながら椅子に腰掛けるサクラだが、積まれる資料の量に「ん?」と眉を潜めた。 「ちょっと。私の分、あんたより多いんだけど」 「お前の方が、読むの早いだろ」 サクラはいかにも不服そうな顔でファイルを数冊取ると、パラパラ捲って内容を確かめる。その表情は、ページを進めるにつれてどんどん倦んだものになっていった。 「S級、S級、A級……しかも、エグいのばっか!これ全部読んだら、いったい私はどうなんのよ!」 「家に帰ったら慰めてもらえばいいだろ」 「それ前提で話してるに決まってるでしょ!?あいつがいなかったら立ち直れないわよ!」 サクラは大声で思い切り喚きながら、机の上に顔を突っ伏した。 「それでもダメージでかいの!しばらく引きずるの!血なまぐさいS級任務をこんだけ追体験すれば、誰だってボロ雑巾確定よ!」 前回の資料読みで、終わった後に団子たらふく食って帰ったのはどこの誰だ。シカマルは心中でそう返しながら、資料の山を選別する。 「まあ、早く終わらせて帰ろうぜ」 サクラは両腕で顔を囲ってしばらくためらっていたが、ようやく腹を決めると、上半身を起こした。拒否権などないことは、端からわかっている。椅子を引いて姿勢を正すと、資料の一番上にあるファイルを手に取った。 「積まれた分はちゃんと読むから、お昼奢ってね」 「メシ食う気力があればな」 その日の昼休み。二人は一緒に天ざるをモリモリ食べて、六時まで資料読みをした。その後は、火影の執務室で報告兼打ち合わせ。解散となったのは、七時前だ。こういう実績があるからこそ、綱手はますます二人を頼りにする。火影直々の命令に手を抜くことなどできるはずもなく、全力で期待に応え続けた結果、忍社会の残酷さを凝縮した任務の数々が頭の中を暴れ回っていた。執務室を出た二人の顔は、嫌悪の域を超えて無表情になっている。 建物の外に出ると、サクラは「早く顔が見たいから」と足早に大門の方角へ去っていった。恋人を迎えに行ったのだ。独り者は寂しく家に戻ることにしよう。首の後ろを手のひらで擦りながら、シカマルは家路に着く。 「おっつかれー」 疲れの滲む背中に、聞き慣れた高めの声が掛けられる。シカマルは足を止め、振り返った。 「資料読みやったって、小耳に挟んだからさ」 「おっまえ、相変わらず情報はえーな」 「飲みに行くなら付き合うよ」 「酒で誤魔化すのも、情けねえ話だけどな」 「じゃあ、このまま歓楽街に直行して、綺麗なおねーさんに優しくしてもらう?」 「……酒にしとく」 シカマルの言葉をきっかけに、二人は大通りに続く道を歩き出した。行きつけの店もいいが、たまには新しい店を開拓するのも面白い。どこに行くかと考えながら、シカマルは口を開く。 「チョウジはいねえのか」 「今日はね、里の外なんだって。だからさ、デートしようぜー、シカマルくーん」 いのは作り声でそう言うと、バシバシと肩を叩いてくる。痛ぇよ、と文句を言いながらも、シカマルの心はいくらか浮上した。頭のそこかしこにこびりついている真っ黒な断片が、ぼろぼろと剥がれ落ちていくのがわかる。 「お前、飲むならとことん付き合えよ。頭ン中、忘れてぇことばっかりだ」 今の台詞は少し情けなかったか。ちらりと隣の様子を窺えば、ニッと笑顔が返ってきた。 「そういうの、得意よ。考える暇もないくらい笑わせてあげる」 「おー、頼もしいねぇ。そんじゃ、情報部の話術に丸め込まれるとするか」 「チョウジもいればいいのにねー」 「そうだな」 昔馴染みってのは、やっぱりいいもんだ。柄にもないことを考えながら、シカマルは幾分軽くなった足取りで、大通りを目指した。 ※こんな任務もあるかなー、と思って。いくらメンタル強い忍者だって、面倒くさい上に辛いだけの任務はやりたくないでしょ。頭脳派の二人は、いつも貧乏くじを引きそう。 2013/01/20
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