私の王子様



私の王子様




 アカデミーの受付所に任務報告書を提出して、五日間の里外任務は無事終了となった。サクラの小隊はすでに解散し、今頃は全員自宅に帰り着いているだろう。門が見えたところでサクラは一度足を止め、ぐっと伸びをした後、身体を弛緩させる。背嚢が肩に重く圧し掛かった。
「歳取ったかなー」
 十代の頃は背嚢の重さなんて少しも感じなかったのに、最近では肩と腰にずしりと来る。木ノ葉ベストを着込んでいるのも、背嚢の肩ベルトが身体に食い込むのを避けるためだ。任務のたびに、自分の年齢を実感してしまう。
「よう、遅かったな。お疲れさん」
 耳に飛び込んできた涼しげな声に、しゃきりと背筋が伸びる。声の主を探して首を左右に振れば、板塀に凭れかかるサスケの姿があった。サクラの顔はたちまちパッと輝き、十二歳だった頃の心持ちが身体中に蘇る。
「留守中によろしく頼むって、あの野郎からきつく言われてる。家まで送るぞ」
「もー!サスケくんが待ってるって知ってたら、もっと綺麗な格好したのに!ちゃんとした着替え持ってくればよかった……」
 久しぶりにサスケに会えたというのに、任務帰りのくたびれた姿なんて見せたくなかった。せめて化粧室で身支度を整えたかったが、今からアカデミーに引き返しても、奇異な目で見られるだけだ。額宛てがずれていないか気にしながら、サスケの元に駆け寄る。
「そういうのは、自分の男にだけ見せりゃいいんだよ」
 つい、と人差し指を右に向けて、サスケが言う。サクラの自宅がある方角だ。サスケは板塀から身体を離すと、サクラの隣に並ぶ。二人は、夜の道を歩き出した。
「わかってないなあ。サスケくんは、私の王子様なの。王子様の隣を歩く時は、いつだって綺麗にしていたいの」
「王子様って、お前なあ……」
 眉根を寄せて怪訝そうな声を出すサスケの顔を、サクラはおかしそうに眺めた。
「いいでしょ。本当のことだもの」
「そういうのは、ウスラトンカチじゃねえのか。あいつが聞いたら泣くぞ」
「ナルトは、私の人生の相棒」
「あいつ、それ聞いて喜ぶか?」
 相棒という言葉は、男女の間ではあまり使われない言葉だろう。それはサクラにもわかっている。だが、ナルトと自分を繋ぐ言葉は、それしか思い浮かばなかった。伴侶という表現もあるが、相棒が一番ふさわしいように思える。今までずっと、背中を預け合いながらやってきた。これからもきっと、それは変わらない。
「じゃあ、人生の片割れ、かな」
「色気ねえな。お前、嫁だろ」
「そうですよー、お嫁さんですよー。うちの旦那さんは、どんな私を見せても可愛いって言ってくれるからいいの」
「手ぇ抜くと逃げられるぞ」
「逃げられないよう、常々気をつけてます」
 ま、あいつが逃げるわけねえか。サスケは胸中でそう呟く。サクラの方が逃げ出すことは……ないだろう、うん。一人で納得して、一人で頷く。その時、隣から視線を感じた。サクラがニコニコと嬉しそうに笑いながら、サスケを見ていた。
「なんだ?」
「やっぱり格好いいねぇ、サスケくんは」
 何が嬉しいのかサスケにはサッパリわからないが、必要とされないよりはずっといい。今までサクラにしてきた仕打ちを考えれば、縁を切られないのが不思議なほどだ。サクラとナルトがずっと掴んだまま離そうとしなかった絆の一端を、今ではサスケもしっかりと握っている。このままオレを繋いでいてくれ、と強く願うほどだ。
「なんなら腕でも組むか」
 すっと差し出されたサスケの右腕に、サクラは「いいの?」と様子を窺う。サスケが腕を引っ込めないことを確かめてから、そっと手のひらを添えた。
「へへー!浮気だ!」
「そうだな、浮気だ」
 子供みたいにはしゃぐサクラに、サスケは苦笑をしながらも、言葉を続ける。
「写真、撮ってもいいぞ。喧嘩したら、あいつに見せろ。最後の切り札になるはずだ」
 二人が喧嘩をすると、たとえどんな理由でも、サスケは必ずサクラの味方をした。ナルトに全く非がない場合も、「お前が折れろ」と必ず言う。写真を見せて、うかうかしてたらブン取るぞと言い添えれば、絶対に逆らえまい。サスケにその気は全くないが、ナルト相手ならこれ以上なく有効な脅迫だ。
「いいなあ、写真。撮りたい、撮りたい!こっそり眺めて楽しみたい。でもこの格好じゃ嫌だな。全然可愛くない」
「お前、こだわるなあ」
「それが女心なのよ、王子様」
「だから……」
 隣を歩く幸せそうな顔に、サスケは続きの言葉を飲み込んだ。添えられた手をちらりと見た後、違う台詞を口にする。
「……オレだって、歳を取る」
 今だってギリギリの年齢だというのに、いつまでも王子なんて言ってられない。言外にそう匂わせれば、サクラはニコリと笑った。
「サスケくんは、歳を取っても格好いいの。というかね、歳を取れば取るほど素敵になるのよ。それは絶対!いつだって、その時その時が一番格好いいんだよ」
 ああ言えば、こう言う。口が達者とはとても言えないサスケでは、勝負できる相手ではなかった。
「いい歳の取り方をしてね」
「……努力はする」
 そう返すのがサスケの精一杯だ。いい歳の取り方なんて、見当もつかない。何も残らない人生になりそうな気さえする。それでも、真っ暗な海の中に沈んでいく自分の手を、必死にもがきながら引き上げてくれた二人が共に居てくれるのなら、きっと顔を上げて生きていける。もう迷うことはない。道しるべなら、ここにある。
「お前も頑張れよ」
「まっかせなさい!」
 自信たっぷりにサクラが言うので、サスケは堪えきれずに吹き出した。
「お前ら二人、ほんっと似てきたな。あのウスラトンカチそっくりだぞ」
「ど、どこが!?似てないよ、全然!失礼なこと言わないで!」
 サクラは「訂正して!」とひっきりなしに訴えてくるが、サスケはそれを笑って受け流した。右腕に添えられたサクラの手は、離れない。




※春野さんはきっと、サスケのことがずっとずっと好きだ。そんでサスケは、春野さんのことがずっとずっと大事だ。普通におしゃべりして普通に笑い合える二人になるといい。




2013/01/13