「よーし、全員揃ったわねー。サクッとやっつけて、サクッと帰るわよー」 今回の任務で隊長に指名されたテンテンが威勢良く声を出すと、キバの隣で尻尾を振っていた赤丸がワオンと返事する。キバの足元では、サクラが赤丸の頭をいい子いい子と撫でていた。 「無理やり日帰りにしなくてもいいんじゃないスかね。今回、行程ぎっちぎちなんスけど」 キバはあくびを噛み殺した顔で、ぶつぶつと文句を言う。陽が昇りきらない時間に出発というのが、大いに気に食わないと見える。 「日をまたぐとお金掛かるからって、先方に却下されたの」 「その皺寄せがオレらに来るって、なんかおかしいっしょ。なー、赤丸」 「私に言われても知んないわよ。というわけで、日程キツいからさっさと出発しまーす」 「ねー、あのさー、ちょっと待ってー」 三人揃って振り返れば、ナルトはこちらに背中を向けて、首を項垂れていた。手元をがちゃがちゃ弄っていることから察すると、忍具に不具合でもあったか。 「ったく、あのバカ。すみません、すぐ戻ります」 サクラはテンテンにぺこりと頭を下げると、木の下で突っ立っているナルトに駆け寄った。 「出発だって言ってんでしょ」 「や、それがさ、ベストの留め具が調子悪くって……」 歯がうまく噛み合わず、引き手だけが上にずるずると滑っていく。部品が磨耗したのかと思うのだが、支給されてからそれほど時間が経っていないことを考えると、その可能性は低かった。 「……なんか変ね。ちょっと貸してみなさい」 サクラはナルトの前で膝を折ると、留め具を弄りはじめる。 「オレ、前の忍服でこんな風になったことないんだけどな」 「じゃあ、前の忍服に戻る?」 「……うーん、まだもうちょっと、これ着てたい」 自来也に見立ててもらったオレンジ色の忍服も大のお気に入りだが、数々の困難を潜り抜けて、ようやく支給された木ノ葉ベストは、ナルトにとって特別な意味を持っていた。みんなが持っているのに、一人だけ下忍の自分は持っていない。密かに抱えていた疎外感が、ようやく解消されたのだ。額宛てを支給された時と同じぐらい、湧き上がるものがあった。意味もなくベスト姿で外を出歩いたり、使いもしない巻物を胸のポーチに忍ばせたりと、ナルトは木ノ葉ベスト生活を大いに満喫している。 「ねえ、直りそう?」 難しい顔で格闘し続けるサクラに気を使いながら、そっと声を掛ける。 「……前からだとなんかやりにくいな。ちょっとごめん」 留め具から手を離すと、サクラはナルトの背後に回った。 「両腕、少し上げてみて」 サクラに言われた通り、両腕を軽く持ち上げる。何をするのかと大人しく待っていたら、後ろから抱きつかれた。 あ、この体勢、すごくイイ。 脇から顔を出し、忙しげに留め具を弄っているサクラの手元なんて、全然見ていない。滅多に味わえない至福の体勢にふさわしい黄金シチュエーションを探すべく、ナルトの頭の中では、めくるめく妄想が流れはじめた。 任務の都合で何年も会えなくなった後、里の外で偶然ながらも感動的な再会。うん、イイ。オレはまだ任務の途中だからあっさり別れるんだけど、サクラちゃんの方が堪えきれなくて、後ろから抱きついちゃうの。イイ。とてもイイ。「任務中だから、また後でな」、とか何とか口に出してみちゃう。しかし、何年も会えないのはたとえ妄想の中でも絶対にイヤなので、泣く泣く却下だ。 じゃあ、こういうのはどうだろう。かなり危険な任務に向かう際、「行かないで!」と涙ながらに縋りつかれる。鉄板といえば鉄板だが、一度は経験してみたいというのが本音だ。サクラちゃんに行かないでって言われたら、オレってば断れるかなー。ニヤニヤ笑みを浮かべながら妄想するのだが、サクラが背後から縋りついたところで、絵が止まる。その先がうまく描けない。 サクラだったら、「一緒に行く」と言ってきかない気がしてならないのだ。ダメだと言っても、ついてくる。下手すると、首根っこを掴まれて「行くわよ」って言われそうだ。なんで妄想の中でさえ情けないの、オレ。ガックリ項垂れていると、留め具を弄る音が大きくなる。サクラの手元を注視すると、歯が噛み合ったはいいが、今度は上に引っ張れなくなったらしい。 「……もういいや、上げちゃえ」 投げやりな口調で言うと、サクラは引き手ごとベストを思い切り上にあげる。ビリッ、と耳障りな音が響き、サクラの手には根元から千切れた留め具が残った。短いながらも内容の濃い沈黙が広がった後、ナルトがギャー!と悲痛な声を上げる。 「サクラちゃん、なんだってこう雑なの!思い切りやったら千切れるに決まってるってばよ!ああ……オレのベスト……」 「わ、私のせいじゃないわよ!これ、絶対壊れてるって!」 「そこの二人ー。イチャついてんなら置いてくわよー」 二人の言い合いを他所に、時間を気にしているテンテンが、キバと赤丸を伴って大門を出て行く。 「別にイチャついてないですよ!ああ、もう、着替えに戻る時間なんてないし……」 「どうすんだよ、サクラちゃん」 「仕方ない。安全ピンで代用するか……」 「やだよ!そんな格好悪いの!」 「時間ないんだからしょうがないでしょ!」 イヤだイヤだとふんじばるナルトを押さえつけて、サクラは前が開きっぱなしのベストを安全ピンで留めた。留め具を壊された上に、なんとも締まらない格好で任務に向かわなくてはならない。ゲラゲラ笑いながらこちらを指を差すキバの姿が、くっきりと脳裏に浮かんだ。ベストの解れを手でいじりながら、ナルトは拗ねてしゃがみこむ。やる気はしゅるしゅるとしぼみ、立ち上がる気力もない。最悪だ。そんなナルトの前に、すっと手が差し伸べられる。 「……壊してごめんなさい」 ナルトはムスッとした顔のままサクラの手を取り、無言で腰を持ち上げる。ナルトが立ち上がったのを見て、手を引っ込めようとするサクラだが、ナルトはその手を掴んだまま離そうとしなかった。首を傾げるサクラに、ナルトは告げる。 「手ぇ繋いだままあいつらと合流してくれるんなら、許す」 サクラは喉をぐっと詰まらせ、顔をそらすと、ひとしきり悩む。時間に余裕はないし、早く二人に追いつかなくてはならない。サクラはナルトの手をぎゅっと握り返すと、背を向けて歩き出した。 「……行こ」 ぐしゃりと潰れてチリほどのサイズになってしまったやる気が、元の大きさ以上に膨れ上がる。こうなると、ふらふら揺れる安全ピンも気にならない。壊れた留め具は、あとで直せばいい。時間がかかるようなら、元の忍服に戻るのも手だ。 人気のない早朝の大門を、サクラに手を引かれながら潜った。 ※春野さんって、仕事は丁寧にやるんだけど、それ以外だと雑なところがあるように思えてならない。 2013/01/09
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